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ブッシュ政権の単独行動主義の背景 (2)
持田直武 国際ニュース分析

2002年8月1日 持田直武

・国連人口基金への拠出拒否の論理

 ブッシュ政権は7月22日、国連人口基金に対して3,400万ドルの資金拠 出を中止すると通告した。理由について、国務省のバウチャー報道官は「同基 金が中国の強制的な妊娠中絶や避妊手術に使われているため」と説明。その具 体例として、同報道官は「中国の地方自治体が、政府の一人っ子政策に違反し て子供を生んだ夫婦に年収の2倍から3倍に相当する罰金を科して中絶や避 妊手術を強制している」と指摘した。そして、「この強制は中国各地で行なわ れ、同基金の資金がこれに使われている」と述べた。

 国連人口基金は発展途上国の家族計画を支援する目的で1967年に創設。 予算は各国が自発的に拠出する資金が中心で、今年度の予算総額は2億7,20 0万ドル。米政府も昨年度は2,100万ドル、今年度も2,500万ドルの拠 出を議会に要請、議会はこれを3,400万ドルに増額して承認した。その拠出 を今になって中止したのは、米国内の中絶反対派がホワイトハウスに圧力をか け、ブッシュ大統領も方針転換を余儀なくされたためだ。

 米国は1974年、最高裁が妊娠中絶を合法と判決、それ以来中絶を公認し ている。しかし、保守派はこれを覆そうとし、維持しようとするリベラル派と 熾烈な争いを展開中なのだ。保守派の目標はホワイトハウスと議会、最高裁に 中絶反対派を送り込み、中絶を再び禁止することだ。選挙はこの争いが草の根 でクライマックスに達する時である。保守を支持基盤とするブッシュ大統領が 今年の中間選挙に勝ち、さらに2年後の再選を確実にするためには、保守派の 活動家の要求に背を向けることはできないのだ。


・押し切られたパウエル国務長官

 大統領の方針転換で、国務省、特にパウエル国務長官が立場を失った。同長 官は議会の予算審議に出席し、国連人口基金が展開している「家族計画や母性 保護の活動」を積極的に評価。議会が拠出金を増額することにもなった。しか し、その時一方では、中絶反対派の急先鋒、CWA(米国の立場を懸念する女 性連合)が拠出阻止を目指して動き出していた。

 同連合は会員数50万人、米国の主権と国民のモラルの高揚を主張、妊娠中 絶やホモ、ポルノに反対して激しい運動を繰りひろげている。このグループが インターネットで全米の活動家を動員してホワイトハウスに電話攻勢を仕掛 け、同時に保守派の大統領補佐官を対象に集中的にロビー活動を展開した。そ のプラカードに掲げたのが、中国の強制的な中絶と避妊手術という刺激的なア ピールだ。

 CWAは自分たちの主張の根拠として、PRI(民間の人口調査研究所)が中 国で行なった調査報告をホワイトハウスに提出する。同報告は「中国では、強 制中絶、強制避妊手術が行なわれている」と断定。さらに「国連人口基金は、 この政策を実施する地方自治体の建物内に事務所を設け、自治体と施設を共用 している」と述べて、同基金が中国政府の政策実施に深くかかわっていると報 告していた。

 一方、国務省も5月独自の調査団を中国に派遣する。その報告は「国連人口 基金が強制中絶や強制避妊手術を知りながら中国の家族計画を支援した事実 はない」と述べて、予定どおり資金を拠出すべきだと勧告した。しかし、その 後開かれた関係省庁の会議は資金の拠出中止の方針を決める。国務省のバウチ ャー報道官は「パウエル国務長官はこの関係省庁会議の方針に基づいて中止を 決めた」と発表、同長官が国務省調査団の勧告を無視せざるをえない立場に立 たされたことを認めた。

 米国は1984年、当時のレーガン大統領が「中絶を支援する国際機関や組 織に政府資金を拠出しない」との原則を宣言。翌年議会が「強制的中絶や強制 避妊手術をしていると大統領が認定した計画や組織に国民の税金を支出しな い」という法律を制定した。しかし、クリントン大統領はこの認定を行なわず、 国連人口基金に資金拠出を続けた。だが、ブッシュ大統領は去年、この法律の 尊重を宣言、今回の支出中止に適用したのだ。


・国連に代わって人口政策を展開する構え

 国連人口基金はこのブッシュ政権の拠出中止を知らされ、困惑を隠さない。 同基金のソラヤ・オバイド事務局長は声明を発表、「この決定によって世界各 国の女性や子供の生命が失われる」と危機感をあらわにした。また、同基金の スクラグス報道官はCNNに対して「米国の拠出金打ち切りで、200万人が 望まない妊娠をし、80万人が中絶に追い込まれる恐れがある」と語り、今後 の活動への影響に懸念を示した。

 一方、ブッシュ政権はこの拠出金を国務省国際開発局の予算に配分し、同局 が世界で展開している米独自の人口政策を充実させると発表した。国連人口基 金は発展途上国を中心に世界142カ国で活動しているのに対し、同開発局は 80カ国。しかし、今年度の同開発局予算は国連への拠出金も配分された結果、 合計4億8,000万ドル余り、国連人口基金の約2倍になる。

 同開発局の人口政策は、子供のサバイバル計画と母性の健康管理計画などが 中心。望まない妊娠の予防手段として避妊を奨励し、妊娠中絶もやむをえない 場合には認めて、中絶後の母性の健康管理などを支援している。この他、HIV の予防、青少年への性教育など国連人口基金とほぼ同じプログラムだ。ただ、 国内の議論を反映して、避妊も中絶も当事者の自発的な意思を重視する点を強 調している。

 この米独自の活動強化によって、縮小する国連人口基金の活動を補えるかに ついては異論もある。ニューヨーク・タイムズ紙は7月23日の社説で「国際 開発局の活動は対象国が少なく、国連の活動に代わることはできない。それよ りも国連の活動を支援すべきだ」と批判した。米国内のリベラル派の意見を代 弁したものだ。

 ブッシュ政権は就任以来、地球温暖化防止の京都議定書から離脱して米独自 のガス削減計画を作成、包括的核実験禁止条約の批准を中止して新核戦略を構 築、あるいはロシアとのABM条約から一方的に離脱してミサイル防衛を推進 するなど、いわゆる単独行動主義を続けてきた。いずれも国内の保守派がかね てから狙っていたもので、今回の国連人口基金への拠出中止と米独自の人口政 策強化という動きもこの延長線上に位置している。


・米国の価値規準を海外に適用に無理

 ブッシュ大統領は国連人口基金の拠出中止を公表した翌日、人気俳優ブルー ス・ウイリスと共同で、恵まれない子供の養子縁組や里親を増やす大規模なキ ャンペーン計画を発表した。ブルース・ウイリスはこの運動のスポークスマン になるという。実は、この計画は米国の保守派が中絶反対運動と組み合わせて 推進している活動の1つ。生まれた子供を親が育てられない場合、養子縁組や 里親制度で養育しようというものだ。

 ホワイトハウスの発表では、2000年4月から9月までの半年間、全米で 里親制度の恩恵を受けて暮らしていた子供は56万5,000人。そのうち13 万4,000人が養子縁組を希望、約5万人の希望が実現したという。ホワイト ハウスの計画では、今後インターネットに養子、里親専用のウェブサイトを設 け、子供の写真や経歴を展示、親になる希望者を募る。また、養父や養母には、 税金の控除や養育資金の供与など金銭面での支援も計画している。

 確かに米国では、他の国には見られないくらい養子縁組や里親制度が盛んだ。 国内の子供を養子にしたり、里親になるだけでなく、外国の恵まれない子供を 養子にする例も多い。自分の子供が3人もいるのにベトナムと韓国から養子を 迎えた元軍人の例もある。

 中絶は避けるのが望ましいし、恵まれない子供を養子にするのも良いことだ。 しかし、これは豊かな米国だから可能なことだ。そこでの価値判断を世界に適 用しようとしても無理である。狭い住宅事情の日本や開発途上国では、養子縁 組をしたくても出来ない場合が多い。政府がその音頭をとって大規模なキャン ペーンを展開することも考えられない。

 京都議定書などブッシュ政権の単独行動主義の背景には、多かれ少なかれ、 このような米国だけに通用する価値判断がある。それを世界に適用しようとす るところに無理があり、単独行動主義と冷ややかに見られる理由がある。


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