メインページへ戻る

ブッシュ政権のイラク攻撃と石油戦略
持田直武 国際ニュース分析

2002年10月1日 持田直武

 ブッシュ政権のイラク攻撃が石油戦略を伴っていることはもはや秘密でなくなった。戦火は当面、石油市場の不安となって米経済を悩ますことは間違いない。しかし、同時に石油供給先をロシア、アフリカなどに多角化する契機にもなる。戦火が止めば、同政権の主導のもと、フセイン後のイラク新政権がフル生産した石油を欧米に供給。サウジ一国に依存する現在の供給体制の再編を目指すというシナリオである。


・狙いはサウジ依存からの脱却

 世界の石油生産は現在、1日6,670万バレル。世界最大の産油国サウジアラビアはこの11.9%にあたる790万バレルを生産し、そのほとんどを輸出している。しかも、スイッチの切り替えだけで、さらに300万バレルを生産する余力がある。この生産能力のおかげで、西側諸国は湾岸戦争はじめ数々の緊急事態を乗り切れたと言ってもよい。

 しかし、米の9・11同時多発テロ事件以後、このサウジ依存の供給体制への不安が米国内に高まった。テロ実行犯19人のうち15人がサウジ出身という事実が温和なイスラム教国サウジのイメージを一変したのだ。テロ捜査の過程で、イスラム過激派が同国内で組織を拡大、政府中枢の情報部門に浸透しているとの疑いが強まった。また、王室が福祉団体に与える基金が過激派に流れていることも明らかになる。

 同時多発テロの首謀者ビン・ラディンがイスラム諸国の統一を目標に掲げていることはよく知られている。各国の政府を打倒し、イスラム主義にもとづく統一政府を樹立するというのだ。 彼はその統一戦略の武器として、サウジの石油とパキスタンの核兵器 に狙いをつけていることを隠さない。タイム誌2001年10月15 日号によれば、彼は98年同誌のインタビューに答え、サウジの石油 は「まもなく出来るイスラム統一国家の基礎的経済力」と答えた。ま た、彼は98年5月、パキスタンの核実験に際して「イスラムの核」 と題する声明を発表、「アラーの敵を倒すため、可能な限りの武器を 持つのはイスラム教徒の責務」と述べ、同国の核を統一戦略の中に位 置付けている。 彼にとってサウジの王室は真っ先に打倒するべき相手である。今後、同国が混乱し、石油供給に累が及ぶことも十分考えられるのだ。

 ブッシュ政権のイラク攻撃計画はこの背景のもとで生まれた。目標はフセイン政権を転覆して大量破壊兵器を解体、フセイン後の新政権が石油を欧米に安定供給する道を開くことである。これにロシアやアフリカの石油を加えて、新たな供給体制を編成、現在のサウジに過大に依存する体制から脱しようというのだ。


・イラク新政権が利権を再配分

 ブッシュ政権はこの夏、イラク攻撃計画立案の一方で、ロンドンに本拠を置くイラク国民会議など反フセイン組織の代表をワシントンに招いて、フセイン後の政権構想を協議した。同時に反フセインのイラク人部隊1万人を組織し、米軍のイラク攻撃の際に協力して戦う計画も推進している。米側の期待は、アフガニスタンの北部同盟のような役割をこれら反フセイン組織とイラク人部隊が果たし、戦後は新政権として欧米に安定した石油供給を約束することだ。

 イラクは湾岸戦争後の国連の経済制裁で現在石油生産量230万バレル。しかし、石油専門家ヤーギン氏は経済制裁が解除されれば、3年後に350万バレル、5年後には450万バレルと湾岸戦争前以上の生産力を持つと予測している。同国内で操業する外国石油企業は現在フランスとロシアだけだが、他に中国、インド、イタリア、ベトナムなど10カ国以上の企業が進出を目指してフセイン政権に働きかけている。

 こうした動きに対し、反フセイン組織の中心人物、イラク国民会議のアフメド・チャラビ氏は米企業中心のコンソーシアムを新たに組織することを主張している。フセイン後は、これまでの利権関係を清算し、米企業指導の開発、供給体制に再編成するという考えだ。イラク攻撃に対する各国の貢献度に応じて、利権の配分をしようとの意図がありありとしている。


・もう一つの石油大国ロシアの思惑

 この供給再編の動きを側面からうかがっているのが、もう一つの石油大国ロシアだ。プーチン大統領は今年5月、ブッシュ大統領をモスクワに招いて「エネルギー協力」についての共同声明を発表。世界のエネルギー供給の安定と信頼性の確立のため協力すると宣言した。10月1日からは、ヒューストンで米ロの石油企業代表や技術者100人余りが参加して会議を開き、今後の協力について話し合っている。

 ロシアの石油生産は最近急増、今年8月には日量770万バレルに達し、サウジアラビアとほぼ肩を並べた。今後、西側の資金と技術が順調に流れ込めば、2年から3年後には900万バレルから1,000万バレルの生産は確実、ソ連時代の生産量1,200万バレルを回復するのも夢ではないというのが、専門家の見方だ。そのためには、石油生産技術の先進国であり、世界一の消費国でもある米国との協調が不可欠である。

 ロシアの石油輸出は現在日量500万バレルだが、価格が中東石油より1バレルあたり1ドル余りも割高という弱点がある。油田地帯が内陸部に多く、輸送経費がかさむことや生産設備が古く効率が悪いなどの条件が重なっている。この克服には、米国の資金と技術を導入し、生産と輸送過程の経費削減をする必要があるのだ。

 プーチン大統領はこのため油田からのパイプライン拡張計画や、ムルマンスク港にスーパー・タンカー用の埠頭建設計画など輸出競争力の強化計画をたてた。特に、ムルマンスク港からは日量100万バレルの石油を積み出す計画で、イラク攻撃があれば、その最初のタンカーがアメリカ向けに出港するという。ロシアはブッシュ政権のイラク攻撃を石油供給面でも支援し、同時に米国市場への参入の道を確保する戦略なのだ。


・ブッシュ政権はアフリカの石油にも期待

 パウエル国務長官は9月第一週、ワシントンがイラク攻撃計画で騒然としている時、ナイジェリア、チャド、アンゴラなどアフリカの主要産油国を歴訪した。来年はブッシュ大統領も訪問するという。同政権が石油供給先の多角化にいかに力を注いでいるかを示すものだ。これらの諸国から米国が輸入する石油は現在全輸入量の15%、しかも増産が続き、今後10年間に輸入比率は25%に高まるとの予想だ。

 ナイジェリアは現在の産油量220万バレルが5年後には300万バレル。アンゴラは現在100万バレルが200万バレル、チャドや赤道ギニアが今後2年から3年後に22万バレルから35万バレルの産油国になる見通しだ。これら諸国の油田はいずれもパイプラインで港まで輸送が容易、労働コストも安く、輸入には好都合な条件が揃っている。イラク攻撃時に中東石油の肩代わりをする即応力はないが、将来世界の石油供給、特にOPECに打撃を与える要因になることは間違いない。

 現在、サウジを中心とするOPEC加盟国の産油量は世界の全産油量の40.7%。全盛時の力はないが、まだ産油量や価格の動向に大きな影響力を持っている。しかし、今後ロシアが世界市場で足場を固め、予想されている通り、ナイジェリアとフセイン後のイラクがOPEC離脱を実行すれば、OPECの力は大きく後退することになる。ブッシュ政権の狙いもそこにあるとみなければならない。


・日本の他力本願は変わらず

 日本は米国に次ぎ世界第二の経済大国だが、石油も第二の輸入大国だ。全エネルギー消費の52%を輸入石油に頼り、その87%を中東諸国に依存している。中東依存度は80年代の70%弱から高まる一方である。供給多角化の対象だった中国や東南アジアの産油国が国内経済の発展で、輸出を抑えるか、中国のように輸入国に転じたからだ。

 日本が供給多角化と並行して進めていた直接採掘権による産油30%の目標も15%に止まっている。イラクからの石油輸入だけはわずか1%と減少したが、これは国連の経済制裁で輸出が規制されているためだ。代替エネルギーの原子力は新規発電所の建設の難しさや、最近の電力会社の故障隠しなど不祥事続出で2010年までに20基の建設計画が10基へと大幅に後退している。

 ただ、日本はこの供給面での弱点をカバーするため石油の備蓄を171日分も持っている。先進国の平均30日と較べ突出しているが、反面これは石油供給に対する日本の発言権の無さを象徴しているとも言えるだろう。産油地の混乱がおさまるまで、備蓄石油で耐え、問題解決まで待つ、日本がこれまで続けてきた他力本願の姿勢だ。

 イラク攻撃については、積極的なブッシュ政権に対し、フランス、ロシア、中国が批判や反論をしている。しかし、最後には妥協し、ブッシュ政権は攻撃に踏み切るとの見方が強い。反対を貫けば、今後の利権の確保にあたって不利になりかねないからだ。グローバリゼーション下の経済競争の時代、各国とも石油の確保は最重要課題である。日本が世界第二の経済を今後も維持しようと思うなら、他力本願でよいか疑問と言わざるをえない。


掲載、引用の場合は持田直武までご連絡下さい。


持田直武 国際ニュース分析・メインページへ

Copyright (C) 2002 Naotake MOCHIDA, All rights reserved.