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米ブッシュ政権がイラク攻撃に踏み切る時
持田直武 国際ニュース分析

2002年9月4日 持田直武

・チェイニー副大統領の強硬論

 ブッシュ政権のイラク攻撃が国際政治の焦点に浮上してきた。攻撃の目的はフセイン大統領を打倒し、核兵器開発を阻止することだ。強硬派チェイニー副大統領は8月26日、テネシー州ナッシュビルで演説し、「彼が核兵器を持ってからでは遅すぎる」と次のように述べた。

「フセインが生物、科学兵器に加え、もうすぐ核兵器を持つことは確実だ。この結果、彼は世界の埋蔵量の10%にあたるイラクの石油と大量破壊兵器を持つことになる。これを使って、彼が米国や同盟国を攻撃するのは疑問の余地がない。彼が核兵器を持ってからではもう遅すぎる」。

 チェイニー副大統領はこのように述べて、イラクが核兵器を持つ危険を指摘したあと、さらに「米国は、もし9月11日の同時多発テロを事前に阻止できたなら、もちろん阻止の行動を取った。今後も、壊滅的な攻撃を阻止できるなら、事前に阻止の行動をとるだろう」と述べて、先制攻撃の可能性も示唆した。

 この副大統領の強硬論はラムズフェルド国防長官やウオルフォビッツ副長官が強く支持しているが、政権内がこれでまとまったわけではない。国務省や共和党内に軍事行動の前に国連の査察や同盟国の支持を求めるべきだとの意見が強いのだ。 


・パウエル国務長官は査察先行を主張

 パウエル国務長官は9月1日、イギリスのBBCテレビのインタビューで、まず「国連の査察チームの派遣を求めるべきだ」と次のように述べた。「イラクは湾岸戦争以来11年余り、国連の査察決議に違反している。そこで、最初のステップとして、国連の査察チームを派遣し、実情を調べる必要がある。また、軍事行動をとる場合、情報を公開して国際社会の理解を得ることも重要だ」。

 一方、ベーカー元国務長官も8月25日、ニューヨーク・タイムズに寄稿した論文でまず査察を先行させるべきだと提案。「国連安保理で査察を求める決議をし、イラクがそれに応じない場合、軍事行動をとるべきだ」と主張した。そして、軍事行動の場合も「同盟国の協力を求め、米国は単独行動に走るべきではない」と強調した。

 査察を先行させる案は、ホルブルック前国連大使など民主党内からも出ている。しかし、チェイニー副大統領は26日、27日の2回にわたって1995年の査察の失敗例を引用し、「査察はフセインに時間稼ぎをさせるだけだ」と反論した。この失敗例は、国連の査察チームが同年イラクで現地査察を実施し、違反の事実はないと宣言する直前、内部告発で化学兵器やミサイルの開発計画を示す文書が大量に見つかったことを指している。


・フセイン打倒では与野党とも一致

 意見対立は顕著だが、注意すべきなのは、ブッシュ政権内部も議会の与野党幹部も「フセインを倒す」という目標で一致していることだ。核開発を阻止し、生物、化学兵器の脅威を除去するにはフセインを打倒する、それには軍事行動以外に方法はないというのだ。論争はその軍事行動の前、査察チームを派遣するのか、国連や同盟国の協力を求めるのか、などをめぐって起きている。

 国連の査察専門家によれば、イラクが現在保有する化学兵器はVXガス、サリンガスなど600トン、これを運搬するロケットが2万5000発、砲弾が1万5000発と推定されている。また、米国防総省関係者によれは、最近イラクは炭ソ菌などの生物兵器の施設を移動式にし、米軍の攻撃をかわす動きをしているという。

 イラクは1995年、炭ソ菌3万リットルを製造したと国連に報告した。しかし、米政府関係者は現在の保有量はこの何倍にもなり、これらがテロ組織に流れる恐れがあるとみている。上院外交委員会のバイデン委員長(民主党)はCNNに対して、「危険が明らかになるのを待ってからでは遅すぎる」と述べて、早期の軍事行動を支持した。

 米国民は去年9月11日の同時多発テロや、その直後の炭ソ菌事件の恐怖をまだ忘れていない。政権中枢のチェイニー副大統領や議会民主党幹部のバイデン委員長が早期の軍事行動を主張して足並みを揃えるのは、国民の多くが同じように「遅くなる前に行動を」と考えていることを反映している。


・批判的なヨーロッパ同盟国

 ヨーロッパの同盟国の中では、イギリスがブッシュ政権の軍事行動を全面的に支持する姿勢をみせているが、他の諸国は批判的だ。ブレアー首相は9月3日の記者会見で、「軍事行動に反対する人たちは、単なる反米感情からか、あるいはフセイン政権の脅威の実態を把握していないからだ」と述べた。そして、数週間以内に「脅威の実態を示す証拠」を公開すると約束した。

 一方、フランスのシラク大統領は8月27日、チェイニー副大統領ら強硬派の主張について「米単独の先制攻撃を正当化する動きで、心配だ」と懸念を表明。「いかなる軍事行動も国連安保理の決議に基づいて行うべきだ」と述べた。また、ドイツのシュレーダー首相は同日、テレビのインタビューで、ブッシュ政権が「査察よりも、フセインを倒すための軍事行動に重点を置いている」と軍事行動重視の姿勢を批判した。

 こうした各国指導者の動きの一方で、EU外相会議は8月31日、国連安保理に査察と軍事行動を組み合わせた決議案を提出する方向で検討に入った。これは、まずイラクに期限付きで完全な査察の受け入れを要求し、イラクがこれに応じない場合、軍事行動を発動するという内容になる見通しだ。パウエル国務長官やヨーロッパ諸国の主張に近いが、ブッシュ政権内の強硬派の主張も取り入れる考えだという。


・国連安保理決議は可決の可能性

 EUの決議案が安保理に提出された場合、成否の鍵はロシアと中国が握ることになる。ロシアのイワノフ外相は9月2日、モスクワでイラクのサブリ外相と会談したあと記者会見し、いかなる軍事行動も支持しないと語った。同外相は、その理由として、軍事行動は問題の解決を複雑にするだけだと述べたが、同時に「イラクが大量破壊兵器の開発を中止しない場合、ロシアのイラク支持は終わる」と含みのある発言をした。

 一方、中国の唐家旋外相も8月27日、北京でサブリ外相と会談し、軍事行動に反対する意向を表明した。新華社通信によれば、唐外相は「軍事力行使は問題を解決するより、むしろ地域に緊張と不安定をもたらす。イラクの問題は国連のメカニズムを通じ、政治的、外交的に解決するべきだ」と述べたという。

 このロシア、中国の軍事行動反対の立場表明に対し、ホルブルック前国連大使は8月26日、ワシントン・ポストに掲載した論文で、決議案が提出されれば、ロシアは今のブッシュ・プーチンの友好関係を重視し、反対はしない意向を内々に示していると述べた。また、中国も国際社会の多数の意見を無視して拒否権を行使するようなことはしないだろうという。


・軍事行動は来年1月以降か

 ブッシュ大統領は9月4日から議会指導者とイラク問題を協議、政府の今後の方針を決定する。そして、9月11日の同時多発テロの一周年を追悼する席と、翌12日の国連総会で演説するという。米国内がテロの記憶を呼び覚ましている時、大統領の演説が強い調子になるのは間違いないだろう。

 問題は軍事行動が何時になるかである。共和党のロット上院院内総務は9月3日記者団に「軍事行動を取るかどうかではなく、何時踏み切るかが問題」と語り、大統領と議会指導者の協議で軍事行動の時期が問題になることを示した。

 これについて、ワシントン・ポスト紙は軍の作戦立案者の意見として「軍事行動は早くても来年1月から」という見方を伝えている。それによれば、派遣部隊は少なくとも20万人が必要で、イラク周辺に基地を設定し、武器弾薬を配備し、各国の上空飛行許可を取り、現在アフガニスタン上空に集中している偵察衛星をイラク・シフトに変え、アラビア語の話せる要員を配置換えする、など膨大な作業が必要という。

 加えて、各国の協力を求めるための外交努力も必要だ。ヨーロッパには、ブッシュ政権が単独行動に走るとの懸念もあるが、パウエル国務長官は9月1日、イギリスBBC放送のインタビューで、「ブッシュ大統領は査察チームのイラク派遣を支持している」と語り、ヨーロッパ諸国と協調する用意を示した。湾岸戦争時のような広範な協力態勢ができるかどうかは別にして、それを目指す動きは今後活発化するだろう。


・日本の対応も問われる

 8月14日掲載の「サウジがテロの元凶論」の中でも取り上げたが、ブッシュ政権がフセインを倒す目的は大量破壊兵器の拡散阻止だけではない。フセイン後の新政権がイラクの膨大な石油を西側に安定供給するよう促がし、サウジアラビアに偏っている現在の世界の石油依存を変えることも狙いの一つだ。ロシアもこの石油供給ルートの組換えに一枚噛み、ソ連崩壊後の落ち込んだ石油販路を回復し、経済再建に役立てたい考えだ。

 イギリス、フランスなどもこれに大きな関心を持っていることは確実で、政府指導者の活発な発言の背景には、こうしたフセイン後の思惑も絡むとみなければならない。日本も中東の石油に経済をゆだねている。イラク攻撃はもちろん、フセイン後の石油供給の変化は日本の屋台骨にかかわる重要事だ。

 小泉首相は9月2日、訪問先のヨハネスブルクで記者団に対し、「いまの時点で、米国はなんの要請もしていない。・・・米国訪問の際、話せばよい」と述べ、9月12日ニューヨークの日米首脳会談でイラク問題を取り上げる考えを示した。しかし、ブッシュ政権の方針はその時すでに決まっていることは明らかだ。日本の立場を将来の石油供給体制に反映させたいと思うなら、ヨーロッパのように自国の主張を事前に発信しなければならない。そうしなければ、またブッシュ政権の決定を黙って聞くだけになるだろう。


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