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イラク攻撃と石油価格
持田直武 国際ニュース分析

2002年12月4日 持田直武

 世界の関心が国連イラク査察団の動きに集中している。戦 争になれば、一時的にせよ石油価格が上昇し、経済に打撃を 与えることは間違いない。しかし、その後は供給が増加して 価格が下落、一部産油国が苦境に立つ可能性もあるという。 世界第二の産油国ロシアのプーチン大統領がイラク攻撃の主 導権を握るブッシュ大統領に接近するのも、そのあたりに理 由がある。


・短期終結なら価格上昇も短期

 ワシントンの戦略国際問題研究所は11月12日、イラク で戦争が起きた場合の石油価格の動向を予測する報告書を発 表した。その中で、同研究所のコーデスマン研究員は、1戦 争が短期終結の場合、2やや長引いた場合、3長期化した場 合の3つについて次のように分析している。

 まず、1戦争が短期終結の場合のシナリオは次のようにな る。米軍の攻撃に対して、イラク軍はほとんど抵抗せずに数 週間で崩壊、フセイン大統領は退陣。油田地帯や石油関連施 設は無傷で残る。また、他の産油諸国の石油施設へのテロな どもない。

 この場合、イラクの石油生産は3ヶ月間停止するが、20 03年の第二四半期にゆっくりと再開、第三四半期に現在と ほぼ同じ200万バレルの生産を取り戻すとの予測だ。この イラクの生産停止期間中、他のOPEC諸国、特にサウジアラ ビアが余剰生産能力をフル稼動して不足分を埋める他、日米 など国際エネルギー機関加盟国も備蓄を放出して石油市場の 安定に協力する。

 この結果、石油価格は2002年第4四半期の1バレルあ たり30ドルから、戦火が勃発する03年第一四半期に36 ドルに値上がりする。しかし、その後は安定を取り戻し、0 3年第二四半期に25ドル、第三四半期に21ドル、第4四 半期22ドル。また、04年の第一、第二四半期24ドル、 第三、第4四半期は20ドルに下落するとの見通しである。 このシナリオは、戦闘が米軍側にきわめて有利に展開する とみる他、政治面でもフセイン政権が早期崩壊、テロもない など、米側にとってあらゆる面で幸運な展開を予想している。 それでも、戦火勃発の当初は一部消費国がパニック買いに走 ることが予想され、一時的に価格が高騰するという。


・戦争が長引いた場合は40ドルを超える

 次に2の戦争がやや長引いた場合の予測は次のようになる。 米軍はイラクの精鋭部隊、大統領親衛隊の激しい反撃を受け る。イラク軍は大量破壊兵器を使わないものの、軍と民間に 多数の死傷者が出る。激戦は数週間で終わるが、その後も散 発的な戦闘が繰り返され、油田地帯にも被害が出る。この結 果、イラクの石油生産は少なくとも6ヶ月間停止する。

 この間、中東諸国に反米感情が拡大、アラブ産油国が増産 してイラクの生産停止分を埋め合わせることが不可能になる。 石油市場は値上がり必至の情勢となり、備蓄の少ない中小諸 国がパニック買いに走る。日米など国際エネルギー機関加盟 国が備蓄を一斉に放出するが、高騰を抑えきれず、石油価格 は2003年の前半を通じて高値で推移するというのだ。

 このシナリオに基づく石油価格の動向は、03年第一四半 期が42ドル、第二四半期40ドル、第三四半期36ドル、 第4四半期30ドルとなる。そして、この30ドルが04年 の第一四半期から第4四半期まで一年間を通して続くという 予測である。


・最悪の事態の場合は80ドル

 3の戦争が長期化する最悪の場合を予想するシナリオは次 のようになる。米軍はイラク軍の大量破壊兵器による激しい 反撃を受け、大量の死傷者を出す。同時に、イラク軍はイス ラエルの都市にも化学・生物兵器を搭載したミサイルを撃ち 込む。これに対し、イスラエル軍が大規模な反撃を開始して、 戦火は拡大。アラブ諸国と米国の緊張が高まる。

 油田地帯では、イラクの大統領親衛隊が油井のほとんどに 火をつけ、2003年を通して生産は不可能になる。また、 過激派が中東の石油輸出を妨害、アラブ連盟も米とその同盟 国に対して石油戦略の発動を検討する。この結果、1日あた り500万―600万バレルの供給が停止される。

 日米など国際エネルギー機関加盟国は備蓄を1日あたり2 00万バレル緊急放出、数週間後さらに100万バレル追加 する。しかし、戦争終結の見通しが立たず、石油不足が長期 化するとの心理的な不安から価格は高騰、2003年の第一 四半期は平均80ドルになるとの予測だ。

 このシナリオに基づく石油価格の動向は、2003年第一 四半期80ドル、第二四半期60ドル、第三、第4四半期5 0ドル。2004年第一四半期45ドル、第二、第三四半期 40ドル、第4四半期にようやく35ドルに下がるという予 測である。


・戦争長期化の場合の懸念と期待

 このような石油価格の長期間の高騰が世界経済に大きな影 響を与えることは間違いない。戦略国際問題研究所の報告は、 戦争が長期化した場合、米経済にどのような影響が出るかに ついても検討している。

 それによれば、株、住宅価格は下落、消費者心理が冷え込 んで景気は低迷。失業は増加するという。ガソリンの販売は 一人8ガロン(約30リットル)に制限され、自動車の使用 も制限、乗用車からバスへの転換、屋外広告の規制、冷暖房 の温度規制などが実施され、国民は日常生活のさまざまな面 で耐乏生活を我慢しなければならないという。

 一方、この困難を乗り切る過程で、将来に向けて新しい展 望が開けるとの期待もある。まず、米政府のエネルギー政策 が抜本的に変わる。議会は懸案のエネルギー法案を可決、環 境保護のため禁止しているアラスカなどの石油開発を解禁す る。自動車業界は従来の大型車一辺倒から省エネ車への転換 を加速させ、家庭にも省エネ機器が普及する見込みだという。

 この米経済の体質改善によって国内の石油消費が抑えられ、 同時に国産石油が増産されるるため、輸入石油への依存度が 低下する。この動きと並行して、イラクでは、フセイン政権 後に登場する新政権が石油生産と輸出を再開する。その他の 産油国も増産することが予想されるため、何年か後には石油 市場が供給過剰になって価格が下落することは確実とみられ るのだ。

 戦略国際問題研究所は、イラクで戦争が起きない場合のシ ナリオも検討した。そして、その場合の石油価格として20 03年第一四半期30ドル、第二、第三、第4四半期22ド ル、2004年第一四半期20ドル、その後は16ドルに下 落すると予測している。戦争が起きても起きなくても、長期 的には価格は下落するとの見方である。


・石油価格下落を恐れるロシア

 この石油価格下落をもっとも警戒しているのが世界第二の 石油輸出国になったロシアである。ロシアの石油生産は今年 8月770万バレルに達し、サウジアラビアの790万バレ ルに次いで世界第二位、輸出も540万バレルに上り、ロシ ア経済再建の期待を一身に担っている。

 しかし、ロシア石油の弱点はコストが高いことだ。油田が 内陸部にあって輸送コストが高い上に、設備が古く効率が悪 い。戦略国際問題研究所のワランダー研究員によれば、国際 市場の価格が19ドル以下になれば、ロシア経済の成長率は 現在の半分に縮小。13ドルを切れば、ロシア石油企業のほ とんどは利益が出ない状態になるという。

 イラク戦争で石油価格が上昇することは、ロシア経済には 好都合だが、フセイン後の石油価格下落は致命傷になりかね ない。それを乗り切るため、プーチン政権はイラクに持つ石 油採掘権をフセイン後も保持し、生産費の安いイラク石油を 確保したい。同時に、同政権はソ連時代にイラクに売却した 武器の未返済代金120億ドルをこの石油代金で相殺したい 意向なのだ。また、イラク攻撃で中東石油の供給が不安定に なるのを機に、世界最大の消費国、米国の石油市場への参入 もねらっている。


・プーチン・ブッシュ会談で妥協成立

 ブッシュ大統領は11月22日、ロシアを訪問してプーチ ン大統領と会談し、エネルギー問題で両国の協力関係を強化 するという共同声明を出した。それに先立って、ブッシュ大 統領はロシアのテレビ局のインタービューに答え、「ロシアが イラクに権益を持っていることは承知しており、それを十分 尊重する」と述べた。また、同日のワシントン・ポストによ れば、ロシア政府関係者も「ブッシュ政権がロシアの石油利 権をフセイン後も尊重し、価格の安定に協力することで合意 した」と語ったという。

 米ロ両国のエネルギー面の協力は昨年の9・11同時多発 テロ事件のあと急速に進展、今年7月にはロシアのタンカー が冷戦以来初めてロシア石油を米国に運んだ。上記の米ロ共 同声明は今後両国の石油企業間の投資や技術協力を推進する 他、イラク攻撃で放出する米の備蓄の補填にロシア石油を輸 入することなどを盛り込んでいる。

 また、ブッシュ大統領は上記のロシアのテレビ局とのイン タービューで、「各国がイラクに権益を持っていることも十分 承知している」とも述べ、ロシアの他、フランスや中国がフ セイン政権と結んでいる石油採掘の権利も尊重する意向を示 した。

 ロシア、フランス、中国は11月8日国連安保理で、ブッ シュ政権のイラク強硬策に対する批判的姿勢を転換、米英提 出の強い調子の査察決議案に揃って賛成した。この背景に上 記のようなフセイン後の利権をめぐる妥協成立の見通しがあ ったことは明らかで、3国は今後米英両国が武力行使をする 場合にも容認するとみられている。  


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