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イラク戦争は不可避か
持田直武 国際ニュース分析

2002年12月26日 持田直武

米ブッシュ政権が1月末イラク攻撃を決断する可能性が高まっ た。イラクが国連に提出した申告書に意図的な欠落が目立ち、大 量破壊兵器を放棄する姿勢に程遠いとの見方が強まったためだ。 戦火を回避できるとすれば、今後フセイン政権が姿勢を急転換、 査察に全面協力するか、あるいは退陣する以外にないという状況 になった。


・国連安保理決議に対する重大な違反

ブッシュ大統領は12月20日、記者団に対して「申告書には 失望した。イラクが大量破壊兵器を自ら放棄するには程遠いこと がわかった」と述べた。これに先立ってパウエル国務長官も19 日の記者会見で、「申告書は我々を平和の道に導くことに失敗し た」と語った。国務省の19日の発表によれば、ブッシュ政権が 問題にしているのは次のような点である。

・まず、核兵器開発について、イラクがニジェールからウラニウ ムを調達しようとした事実など重要事項が申告書に記載され ていない。
・神経ガスVXについて、国連特別委員会が99年VX生産につ いて信用できる情報の提供を要求したが、申告書はこれに答え ていない。
・生物、化学兵器について、同委員会は99年マスタード・ガス が詰まった砲弾550発、生物兵器用にも使える爆弾400発 の遺失、または破壊について、イラクが信用できる情報を提供 していないと報告したが、今回もこれについて記載がない。
・ミサイルについて、ミサイル用の新燃料の生産を認めながら、 ミサイル本体については記載がない。また、国連が禁止した射 程150キロ以上のミサイルを保有していると見られるが、そ れについて何の記載もない。

 この申告書は、国連安保理が11月8日の決議でイラクに提出 を要求、その際不正確な申告は決議に対する重大な違反になると 釘をさしていた。しかし、申告書には上記のような欠落が多数あ るのも事実。ブッシュ政権は、これは手違いや偶然ではなく、事 実を隠すための意図的な隠蔽で、決議に対する重大な違反と判断 したのだ。


・イラクは強気の対決姿勢を変えず

 このブッシュ政権の主張に対して、イラクのアル・サーディ大 統領顧問は12月22日の記者会見で、米国の主張には根拠がな いと反論。その一つの例として、ニジェールから調達しようとし たのは、ブッシュ政権が主張するような核兵器用のウラニウムで はなく、平和利用目的の酸化ウラニウムだったと述べ、ブッシュ 政権が疑うなら情報機関の関係者を派遣して直接調べることを 歓迎するとの対決姿勢を示した。

 この厳しい対決姿勢の一方で、イラク国内の査察現場では、関 係者が意外と思うほど、イラク側が査察チームの活動に協力して いる。国連監視検証査察委員会(UNMOVIC)と国際原子力機関 (IAEA)の査察チームは12月19日、イラクの申告書に対して は「過去の記述に終始し、矛盾も含んでいる」との厳しい見解を 示したが、同時に現在イラクで実施中の査察については「良い進 展が得られている」と指摘し、イラクの協力姿勢を評価した。

 査察チームは1月27日、最終報告を国連安保理に提出するが、 焦点の一つは、イラク側がこの協力姿勢を今後も続けるかどうか だ。これまでの査察は98年までの前回の査察対象が中心で、イ ラク側はこれらの施設には自信があったと思われる。しかし、今 後イラクの科学者を国外に連れ出して行う事情聴取が本格化し、 査察が疑惑の核心に迫った時、今のような協力姿勢が続くか疑問 とする見方が強いのだ。

 ブッシュ政権が12月19日、米情報機関収集の機密情報を査 察チームに提供する決定をしたこともイラク側には不利だ。査察 チームが限られた人員で広大なイラク全土を査察するには限界 があるが、米情報機関収集の情報があれば、短時間で疑惑の核心 に迫ることも可能になる。これにイラク側がどう対応するかも、 今後の焦点になる。


・ブッシュ政権は1月最後の週に最終決断

 ブッシュ政権幹部は12月19日、米の主要メディアに対して、 同政権が1月最後の週に軍事力行使に踏み切るかどうか、最終的 に決断すると語った。1月最後の週は27日が月曜日、この日に 査察チームが国連安保理に最終報告をする。そのあと1週間以内 に、同政権が国内や国際社会の世論をみて、軍事行動に踏み切る かどうかを決断するというのだ。

 また、別の政権幹部は翌12月20日、同政権がイラク戦に備 え、新たに5万人の部隊をイラク周辺に増派すると語った。一方 では、CIAの幹部が戦争になった場合、イラクが国内の油井に火 を付けるなど焦土作戦を敢行する危険があるとの見方を紹介し た。これら政権幹部の相次ぐ主要メディアへの情報提供は、同政 権が万一の場合に備え、世論の喚起を始めたことを示している。

 同時に米国内では、戦争を背後から支える予備役軍人の召集準 備も始まった。新たに決まった5万人の増派で、イラク周辺の米 軍兵力はすでに展開している兵力と合わせて10万を越えるこ とになる。予備役はこの兵力を支えるのが任務で、今回の募集人 員は20−25万人、この大部分が中東に派遣されるほか、一部 は国内の基地でテロの警戒にもあたるという。


・戦火は避けられるか

 軍事力行使の準備が進むが、一方では開戦前に問題が解決する という見方もないわけではない。フセイン大統領が情勢不利とみ て亡命するか、あるいはクーデターで失脚する可能性があるから だ。マイヤーズ統合参謀本部議長は12月19日、記者団に対し て「イラク周辺の軍事力増強はフセイン大統領に圧力をかけ、外 交努力を支援する意味もある」と述べ、開戦前の解決もねらって いることを示唆した。

 米議会上院の次期外交委員長ルーガー上院議員も22日の CNNテレビの番組で「フセイン大統領は米軍の大規模な増強を見 て、逃げるのではないか」と語った。この他、共和党のヘイゲル、 民主党のバイデンの両上院議員も別のテレビ番組で「戦争は必ず しも不可避ではない」と述べ、軍事行動に踏み切る前に問題を解 決できるとの見方を捨てていないことを示した。

 しかし、ラムズフェルド国防長官は17日の記者会見で「戦争 は舞踊コンテストと違う。あらゆる可能性に備えなければならな い」と述べて、軽率な判断をいましめた。イラクが申告書に関連 して見せているような強い対決姿勢を今後も続ければ、ブッシュ 政権が軍事行動に踏み切るのは間違いないだろう。湾岸戦争では、 フセイン政権を最後まで追い詰めなかったが、今回は政権崩壊ま で戦うことをすでに決めている。


・イラクが最後の手段に出る可能性も

 イラク軍は国連制裁の結果、戦力は湾岸戦争時よりはるかに劣 るのに対し、米軍は最新の精密兵器を揃え、圧倒的な力を備えて いる。湾岸戦争時には、戦闘開始後数日でイラク軍6−8万人が 投降したが、今回もこれと同じような状況になるとの見方もある。 しかし、戦闘になれば、ラムズフェルド国防長官が言うように、 「あらゆる可能性」を考えなければならないだろう。

 英国のタイムズ紙は11月16日、フセイン大統領がリビアの カダフィ大佐に35億ドルを支払い、家族と政権幹部の亡命の手 配をしたと伝えた。しかし、その亡命予定者の中に同大統領と長 男のウダイ氏が含まれていないと言われ、2人が最後まで戦う決 意をしているのではないかとの憶測を生んでいる。CIA幹部が一 部メディアに語ったような、イラク軍が油井に火をつける焦土作 戦、あるいは生物、化学兵器を使う最後の手段に出る可能性も十 分ありうるのだ。


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