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追い詰められる盧武鉉大統領
持田直武 国際ニュース分析

2003年12月26日 持田直武

就任いらい十ヶ月余、盧武鉉大統領が選挙資金疑惑で窮地に立っている。違法な資金を使った疑惑のほか、友人の追徴金減額の口利きをし、見返りに献金を受けた疑いも浮上。野党やメディアの追及に対し、「違法資金が野党の十分の一を超えれば、大統領を辞任する」と辞任を切り札にきわどい防戦している。


・大統領の職責認識に疑問拡大

 選挙に不正は付き物とは言え、自ら不正で当選したと公言した例はまだ聞いたことがない。政治の最高責任者、大統領にはもちろんそんな例はない。その点、盧武鉉大統領は例外のようだ。同大統領は12月14日、大統領府で野党など4党代表と会談した席で、「われわれが使った違法な資金が野党ハンナラ党の額の10分の1を超えたら辞任して政界を引退する」と述べた。中央日報によれば、同大統領は違法資金について「知らなかったとは言いたくない」と付け加えたという。

 野党や言論界が仰天したのは当然だった。中央日報は翌日の社説で「国政の最高責任者が口にすることか」と嘆いた。法律違反についての認識、大統領の職責についての責任感、大統領の発言が捜査に与える影響、これらを考えているとは思えない不適切、かつ無責任な発言と批判した。選挙で違法資金を使うのは犯罪であり、野党より少ないからといって免責されるわけではない。それと辞任をからめ、野党とのかけ引きに使っているというのだ。

 だが、盧武鉉大統領はそんな批判にひるんだ様子はない。2日後の16日、同大統領は記者会見で再びこの問題に言及、「われわれの違法資金は野党の10分の1を超えていないと確信している」と強調。「超えた場合、政界を引退するとの発言は、危機を逃れるためいいかげんに言ったわけではない」と発言は本心からだと念を押した。朝鮮日報によれば、違法資金問題を捜査中の検察庁長官はこれを聞き、「本当に負担」と漏らしたという。捜査の結果が大統領の進退を左右することになるからだ。


・選管へ虚偽報告、法定選挙費用の違反も公言

 検察庁長官のこんな苦悩を尻目に、大統領はさらに追撃の1弾を放つ。19日、春川市で開かれた地域住民との懇談会で、「われわれが選管に報告した選挙費用は260億ウオン(約26億円)から280億ウオン(約28億円)前後だが、実際に使った費用は合法、違法あわせて350−400億ウオンだ」と述べた。そして、「合法か、違法かは別として、これくらいの総額で当選したとすれば、皆驚くだろう。10分の1を超えれば、辞任するという発言はただ何となく出した数字ではない」と述べた。

 朝鮮日報によれば、昨年の大統領選挙で、盧武鉉陣営は274億ウオンを使ったと選挙管理委員会に報告した。盧大統領が言うように、実際に使った額が350−400億ウオンだとすれば、この報告は嘘だったことになる。また、選挙法は選挙費用の上限を343億5,000万ウオンと規定、違反した場合の罰則は当選無効と決めている。盧陣営はこの規定にも違反し、当選は無効になるはずだが、6ヶ月で時効が成立するためこの件では訴追されないという。

 違法資金の正確な額は捜査当局の捜査を待つしかない。だが、野党側は盧武鉉陣営の違法資金は、選管に届けた274億ウオンと実際に使った350−400億ウオンの差額76−126億ウオンになる筈だとして追求している。一方、野党ハンナラ党は、大統領候補だった李会昌氏がすでに自陣営の違法資金を500億ウオンと認めている。これが正確なら、盧武鉉陣営の違法資金はハンナラ党の10分の1以上となり、大統領は辞任しなければならないことになる。


・大統領候補時代の口利き疑惑も浮上

 これら資金を集める、いわば錬金術の一端として浮かんできたのが、口利き疑惑である。昨年春、盧武鉉大統領が大統領候補として運動中の頃、当時の孫永来国税庁長官に電話をかけ、知人が経営するサン・アンド・ムーン社の追徴金の減額を要求。その見返りに献金をうけたという疑惑だ。検察庁は孫元長官、サン・アンド・ムーン社の文炳旭社長、盧武鉉大統領の側近、安煕正氏などの関係者をすでに逮捕した。

 事件の発端はサン・アンド・ムーン社の脱税容疑。国税庁が特別監査を実施し、その担当者が少なくとも71億ウオンの追徴課税が必要との結論をだした。ところが、実際に支払ったのは25億ウオンだった。孫国税庁長官が担当課長に対し、減額の指示をしたというのだ。検察当局がさらに調べると、当時選挙運動中だった盧武鉉候補が孫長官に電話、減額の要請をした疑いが深まった。

 サン・アンド・ムーン社の文社長は盧武鉉大統領の高校の後輩、以前からの知り合いである。追徴金に困った社長が盧武鉉候補に口利きを依頼。側近の安熙正氏がその工作をしたというのが、検察庁が掴んでいる筋書きだ。動いたカネは、今のところ文社長が大統領の右腕、李光宰前大統領府国政室長に渡した1億ウオンだが、捜査当局はこれだけではないと見ている。違法選挙資金は選対本部の責任だが、この口利き疑惑は盧大統領本人の責任を問うもの。朝鮮日報は「このままでは、大統領が国を率いるのが難しい状況にまで発展するかもしれない」と伝えている。


・北朝鮮の核危機、イラク派兵、この正念場を乗り切れるか

 盧武鉉大統領はもともと強い政治基盤を持たない政治家だ。昨年暮れの大統領選挙は、金大中前政権の与党、民主党をバックに出馬、反米姿勢、クリーンなイメージなどを売り込んで当選した。演習中の駐韓米軍の車輌が女子中学生2人を轢き殺し、反基地運動が広がったことも幸いした。しかし、盧大統領は就任後、民主党幹部と仲たがいして離党。現在、与党のウリ党はわずか47議席。一方、野党勢力はハンナラ党、民主党、自民連合わせて219議席、政権運営は苦しい。

 焦点だったイラク追加派兵は、対米協調を掲げるハンナラ党が積極的に動き、当初消極的だった盧武鉉大統領を突き上げて実現。戦闘部隊を含む3千人が来年4月から油田地帯キルクークに駐留し、米空挺旅団と交代する。だが、国内では大統領選で盧大統領を支持した若者層がこれに反発、同大統領を裏切り者扱いすることになった。多数の犠牲が出るような事態になれば、これも政権の危機に発展しかねない。

 北朝鮮政策もジレンマの1つである。盧武鉉大統領は前政権の太陽政策を継承、核危機では米朝を仲介して主導的な役割を果たそうとした。しかし、米ブッシュ政権は太陽政策にそっぽを向き、6カ国協議は中国が取り仕切ることになる。韓国は One of them の立場に甘んじざるをえない。朝鮮日報は24日、6カ国協議の難航を報じ、「外交が失敗すれば、北朝鮮は韓国を奇襲攻撃する」という米USA Today紙の38度線ルポを伝えた。この正念場に盧大統領は正面から取り組む力があるのかを問われているのだ。


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