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イラク攻撃、同時進行の石油戦争
持田直武 国際ニュース分析

2003年4月2日 持田直武

戦火の一方で、戦後の利権争いも熾烈になった。復興には第二次大戦後のマーシャル・プラン以来という巨費が投入される。埋蔵量世界第二位の石油はフセイン政権時代の利権がすべて見直しとなる。同政権打倒に血を流す米英は戦後復興でも主導権を握り、自国企業優先を目指す。一方、フランス、ロシアは同政権時代の契約を守ろうとして再び対決姿勢を強めている。


・戦後復興の焦点、石油利権の再編成

 ブッシュ大統領はイラク攻撃に踏み切る前の3月14日、イラクに「暫定統治機構」を設立するという案に署名した。ブッシュ政権が戦後のイラク統治を主導するとの宣言である。同機構には、イラクの主な民族、政治組織の代表が参加し、最高責任者には、現在イラク攻撃を指揮しているフランクス司令官が就任する予定だ。

 米軍の管理下で、フセイン体制の解体、戦後復興、民主主義と市場経済に基づく新体制を導入するという計画なのだ。米国際開発局のナツイオス局長によれば、総費用は第二次大戦後のヨーロッパ復興に寄与したマーシャル・プランに匹敵するという。シュレジンジャー元国防長官も数年(Several Years)にわたって軍隊7万5000人が駐留し、毎年200億ドル必要だと主張している。ブッシュ政権はこの費用のかなりの部分をイラクの石油でまかなう計画である。

 ブッシュ政権は同時にフセイン政権が握っていた石油利権についても再配分する意向だ。イラクの石油事業は現在国営で、フセイン政権が全権を握っている。同政権崩壊後、この見直しは必至なのだ。暫定統治機構に参加予定の反フセイン団体、イラク国民会議のチャラビ議長はこの利権の見直しにあたって米石油企業中心のコンソーシアムを組織するという発言をしている。

 フランス、ロシアなどフセイン政権と開発契約を結んだ諸国がこの米主導の利権見直しを警戒するのは当然なのだ。両国は米英のイラク攻撃に最後まで反対したが、この姿勢はその後も変わっていない。それを如実に示したのが、安保理で「石油と食糧交換計画(Oil for Food)」を討議した席での米対フランス、ロシアの対立である。


・石油利権戦争の前哨戦、食糧と石油交換計画

 同計画は、イラク国民が必要とする食糧、医薬品など人道物資の輸入と、その費用に見合う石油の輸出を認めるもので、96年に安保理が決議し、国連監視下で実施してきた。食糧自給ができないイラクでは、国民2,600万人の60%がこの食糧に頼ってきたが、米英軍の攻撃開始で国連職員は国外に避難、現在計画は中断し、国民生活への影響が懸念されている。

 このため、アナン事務総長が計画再開のための手続き変更を安保理に求めた。これまでは、フセイン政権が食糧、医薬品の輸入と石油輸出の当事者だったが、米英の攻撃で同政権は事実上機能していない。そこで、アナン事務総長が同政権に代わって当事者になり、計画を再開するよう提案したのだ。しかし、フランス、ロシアがこれに強く反対した。これを安保理が認めれば、フセイン政権の統治を否定し、米英軍の攻撃を正当化し、米英主導の戦後復興を認めることになると主張したのである。

 安保理は非公式協議で7回にわたって決議案を書き換え、結局1日後の28日、手続き変更を今度は満場一致で決議した。だが、その内容は石油輸出に関する部分、それに伴う資金の補填、戦後復興に触れる部分など、フランス、ロシアが反対した部分をすべて削除したものだった。両国は安保理でイラク攻撃容認決議に強く反対した当時の姿勢を依然変えていないのだ。


・石油利権を反米闘争に使ったフセイン政権

 フランス、ロシアがイラクの石油利権を得たのは湾岸戦争後である。フセイン政権が米英と対決する手段の1つとして、フランス、ロシア、中国、マレーシアなどに石油開発権を与え、味方につけようとしたのだ。その一方で、敵対国米英の石油企業を徹底的に締め出した。開発契約を結んでも、国連が経済制裁を課しているため事業化は無理だが、世界第二位の埋蔵量が各国を惹きつけたのだ。

 その中でも、大口の契約を取ったのが、フランスのトタル・フィナ・エルフ社やロシアのルクオイル社である。トタル・フィナ・エルフ社はイラク南部で推定埋蔵量200億バレルと言われるマジヌーン油田の独占開発権を獲得、さらに埋蔵量60億バレルのビン・ウマール油田の開発権も手中にしている。また、ロシアのルクオイルはロシア石油企業を代表してイラク南部にある埋蔵量150億バレルの西クルナ油田の採掘権を獲得したほか、他のロシア企業も大小の油田6箇所以上の掘削権を獲得した。

 フランス、ロシアにとって石油利権は国益につながるものであり、外交政策にもそれが反映することになる。トタル・フィナ・エルフ社が契約を取ったあと、シラク大統領がイラクに対する石油輸出禁止の解除を主張するようになったのは、その例だ。また、今回のイラク攻撃前の02年12月、フセイン政権がロシアとの石油開発契約を破棄したのも、そのもう1つの例である。同政権がロシア政府のブッシュ政権寄りの姿勢に反発して露骨な圧力をかけたのだ。


・利権破棄でロシアを牽制したフセイン政権

 ブッシュ政権がイラク攻撃の準備に入った12月中旬、イラクはロシアのルクオイル社に手紙を送り、西クルナ油田の契約を解消すると通告した。理由は同社が開発計画を約束通りに進めていないという内容だが、これは言いがかりだった。国連の経済制裁が続く間は石油生産をしても販売できないため計画は進めないのが普通だからだ。真の理由は、ロシア政府がブッシュ政権寄りの姿勢を強めたことにあった。

 この手紙が届く1ヶ月前の11月8日、ロシアは安保理でイラクに大量破壊兵器の放棄を要求する決議に賛成した。そして、ブッシュ政権が武力行使に踏みきれば、それに反対しない柔軟な姿勢を取ると見られていた。また、プーチン大統領は11月22日、ロシアを訪問したブッシュ大統領とエネルギー協力推進の共同声明を出した。この時、ブッシュ大統領はテレビのインタビューに答え「イラクにあるロシアの利権を尊重する」と述べた。これら一連の動きがイラクの神経を逆なでしたことは明らかだった。

 イラクの契約破棄は、ロシア政府が強く抗議した結果、1月になってイラク政府が取り消した。その際、イラク側は西部の砂漠地帯にある別の油田の開発契約にも応じてロシア側の歓心を買った。その後、ロシア政府はフランス、ドイツなどとともに安保理で米英主導のイラク攻撃に最後まで反対するなど、ブッシュ政権に一歩距離を置く姿勢を取ることになる。


・米主導の戦後復興でブレアー首相が苦境に

 石油利権とともに、各国が注目するのが戦後復興への参加である。破壊された石油施設や道路の復旧、港湾、学校、病院建設など、事業費は1,000億ドルを超える。このうち油田の火災鎮火作業、港湾の浚渫など、軍事作戦と関連する分野はすでに米企業が受注している。フセイン政権が崩壊し、暫定統治機構が活動を始めれば、こうした米企業の受注はさらに増えると予想さている。米連邦法が、国際開発局の資金が入るプロジェクトは米企業しか受注できないと規定しているからだ。外国企業は下請けにまわる以外に参加の方法がないのである。

 フランスが米主導の戦後復興に反対し、国連主導を主張する、もう1つの理由がここにある。フランスは第二次大戦後、イラクとの経済関係を深め、電話設備、空港、港湾など多くの建設に参加したほか、自動車輸出などでも圧倒的なシェアーを維持している。4月3日には、フランス実業界やフランス・イラク経済協力会議の代表が関係閣僚と会議を開いて対策を協議するが、経済会にはイラクのビジネスから締め出されるとの危機感があり、業界側が政府に強い要求を出すことになるだろう。

 一方、戦後復興で苦しい立場にある点では、イギリスのブレアー首相も同じだ。同首相は、与党労働党内の反対を押し切って、イラク攻撃に4万の英軍を派遣し、米軍と共同作戦を実施しているが、戦後復興は共同ではない。英軍が占領した南部港湾都市ウンムカスルでは、米國際解発局が大型船を入港可能にする工事を米シアトルの会社に発注した。01年の9・11同時多発テロ事件では、英国の大手石油・ガス建設企業AMECが破壊された現場の復旧作業に参加したが、今回は参加の見通しは立たない。ブレアー首相が戦後復興について、国連安保理の決議のもとで進めるべきだと主張し、戦後復興では、ブッシュ政権に距離を置くのはこのような事情を反映している。

 日本は、イラクの戦後復興に参加する場合、国連決議があることを条件としているが、現状ではすんなりと決議ができるかどうか疑わしい。国際協調派と言われるパウエル国務長官も「国連決議は帽子のようなものでよい」と述べ、形式的なものであることを強調した。ブッシュ政権が戦後復興を主導するのは当然という考えなのだ。しかし、同政権がこの姿勢を続ける限り、安保理はイラク攻撃容認決議の時と同じように、復興決議でも分裂することになるだろう。


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