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北朝鮮の核危機(7) 近づく危険ライン
持田直武 国際ニュース分析

2003年3月19日 持田直武

北朝鮮が挑発行為を止めない。米偵察機を追尾したミグ機は撃墜もねらったことがわかった。これに対し、ブッシュ政権は外交手段による解決を強調するが、見通しはたたない。その一方で朝鮮半島周辺では、米軍の増強が続き、韓国も安保面で米側に急接近している。北朝鮮が次の手段として弾道ミサイル発射か、プルトニウム抽出などに踏み切った時、同政権には軍事力以外にいかなる選択肢があるのか。


・外交手段の不発で高まる武力行使の比重

 在韓米軍は今回の危機にあたって韓国周辺に派遣した兵器を記者団に公開している。3月14日にはF−117Aステルス攻撃機、15日には空母カールビンソン、17日はF−15、F―16戦闘機、25日にはパトリオット・ミサイルなどだ。また、この兵器の公開とともに、現在実施中の米韓合同軍事演習のうち、米第二歩兵師団の野外機動訓練、パトリオット部隊のミサイル防禦訓練なども公開する。挑発を続ける北朝鮮に対し、米軍の力を誇示する狙いがあるのは明らかである。

 ブッシュ大統領は3月2日、米軍の偵察機が北朝鮮のミグ戦闘機4機に追尾された事件のあと、一部記者団に対して「外交がだめなら武力しかない」と洩らした。同大統領は去年10月、今回の核危機が表面化したあと、外交手段で解決するとの方針を一貫して示し、このように武力行使を口にするのは初めてだった。外交手段で解決する見通しがたたず、武力行使の比重が増したことを示している。

 クリントン前政権は1994年の核危機の際、北朝鮮がプルトニウムの抽出を開始する時点を危険ライン(Red Line)に設定。この作業開始直前に先制攻撃をして核施設を爆破する作戦計画を立てた。しかし、ジョージタウン大学のビクター・チャ教授は3月17日付けのタイムのインタビューに答え、「ブッシュ政権はこのようなラインを引きたがらない」との見方を示した。ラインを引けば、北朝鮮がそれを越えた場合の対応が必要だが、それが決まっていないというのだ。


・先制攻撃も含む作戦計画5027

 ブッシュ政権がイラク攻撃に神経を集中し、北朝鮮の核開発問題にエネルギーを割く余裕がないのも事実だ。しかし、米韓の軍事当局は昨年、北朝鮮の攻撃に備えて作戦計画5027(Operational Plan 5027)を改定した。この中の1項目として、クリントン前政権が計画したのと同じ先制攻撃作戦を採り入れているという。北朝鮮が今のようなペースで挑発をエスカレートさせれば、ブッシュ政権もこの作戦計画を発動するかどうか検討せざるをえないだろう。

 クリントン前政権の国防次官で前回の核危機を経験したスローコム氏はタイムのインタビューに答え、「攻撃する核施設は前回と同じ、米軍は攻撃力も維持している筈だ」と語っている。だが、攻撃すれば、北朝鮮は反撃して全面戦争になることは間違いない。作戦計画5027は、その場合、北朝鮮軍は38度線北から長距離砲でソウルを砲撃するほか、特殊作戦部隊10−12万人が陸海空から韓国に侵入、38度線南で米韓両軍の背後に回って第二戦線を開くと想定している。

 これに対して、米韓両軍は優勢な空軍力による先制攻撃で、北朝鮮軍が韓国に侵入する前に撃破することをねらっている。また、韓国市民が恐れている38度線北の砲撃陣地に対しては、米空軍の特殊攻撃によって1時間以内に壊滅させることが目標だという。この作戦に参加する沖縄駐留の米軍第353特殊作戦群の1チームは昨年暮、韓国に移動して韓国チームと共同訓練を実施している。


・韓国内には米国に歩み寄る動き

 この軍事に傾斜する動きに対して、盧武鉉大統領は危機感を隠さない。同大統領は3月4日、英タイムズ紙のインタビューで、北朝鮮ミグ戦闘機が米軍偵察機を追尾した事件について「米軍は行き過ぎ」と語ったほか、「危機は米朝の直接対話を通してのみ解決できる」と主張、米政府関係者の反発を招いた。また、同大統領は3月13日海軍兵学校の卒業式の演説では、「戦争になれば、現在の繁栄は一瞬のうちに灰燼に帰す」と述べて危機感をあらわにした。

 核危機で緊張が長引くに従って、韓国では株価、ウオン相場、債権のトリプル安が進行。国際金融市場で上乗せ金利も暴騰し、国際格付会社ムーディーズが韓国の格付けを引き下げることが確実の状況なのだ。このまま危機が続けば、97年の経済危機が再来しかねないとの不安が強まっている。盧武鉉大統領の発言はこうした韓国国内の危機感を反映したものだ。

 ブッシュ大統領が盧武鉉大統領に電話をしたのは、盧大統領が海軍兵学校で演説した日の夜だった。大統領府スポークスマンによれば、ブッシュ大統領はこの電話で「戦争の可能性を一部の人が憂慮していることは理解している」とのべ、同時に「米国の政策は平和維持のためにあらゆる手段を講じることだ」と強調したという。ブッシュ政権の基本政策「軍事面も含めたあらゆる選択肢を排除しない」という方針を変えないことを示したものだ。

 盧武鉉大統領はブッシュ政権に不満を隠さないが、韓国政権内には歩み寄りの動きも出ている。尹永寛外交通商相は3月12日KBSラジオで、北朝鮮との交渉について「多国間交渉をして、その席で米朝が実質的対話をすることが望ましい」と述べた。盧武鉉大統領が主張する「米朝の直接対話」とブッシュ政権の「多国間交渉」を足した折衷案である。同外交通商相は3月27日訪米してパウエル国務長官と会談、盧大統領訪米の準備をするが、それを前に米韓の溝を埋める動きを始めたのだ。


・北朝鮮の挑発で米韓はさらに接近

 韓国の中央日報(電子版)は3月16日、米ニールセン・リポートの報道として、米偵察機を追尾したミグ機が「偵察機を撃墜する動きも見せた」と伝えた。米国防総省の消息筋が同リポートに明らかにしたもので、ミグ機のパイロットは2度にわたり無線で北朝鮮空軍司令官に対して「発砲の許可」を求めた。最初は「偵察機の機首前方に警告射撃をする許可」、次は「偵察機を撃墜する許可」。しかし、北朝鮮の司令官は許可を出さなかったという。

 北朝鮮が次の挑発的行動に出るとすれば、日本全土を射程に納めるノドン・ミサイルの発射か、核爆弾用のプルトニウム抽出か、いずれかだろうというのが大方の見方である。ミグ機が米偵察機に発砲していれば、ブッシュ政権は対抗手段を取っただろう。北朝鮮がミサイル発射、プルトニウム抽出に踏み切れば、同じように対抗手段を取らざるをえない。現に日米両政府は北朝鮮がこれら挑発行動に踏み切った場合、国連安保理に制裁措置を働きかける方針を固めている。

 韓国の高建首相は3月7日、ハバード米大使と会談し「米軍の抑止力の維持、有事の際の米軍参戦、核危機が終わるまで米軍の再配備の延期」の3項目を申し入れた。中央日報は翌日の社説で、この申入れを「適切」と評価し、「北朝鮮の核危機解決のため米国との協調に万全を期さなければならない」と主張した。北朝鮮の核危機が、昨年以来の韓国の反米感情に水をさし、米韓を再接近させているのだ。盧武鉉大統領が予定どおり4月か5月に訪米してブッシュ大統領と会談すれば、米韓はさらに接近するだろう。

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