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北朝鮮送金疑惑の衝撃
持田直武 国際ニュース分析

2003年6月26日 持田直武

首脳会談開催の見返りに、北朝鮮が韓国の財閥、現代グループに10億ドルを要求。現代は韓国政府から公的資金の融資を受けて、5億ドルを北朝鮮に送金した。同時に韓国政府関係者にも150億ウオン(約15億円)を渡した。これまでに判明した北朝鮮送金疑惑の構図だ。歴史的首脳会談は世界とノーベル賞委員会を欺くペテン劇だったかのようだ。


・北朝鮮の要求は10億ドル

 南北首脳会談は2000年6月13日から2日間、平壌で開催された。12日からの予定だったが、直前に北朝鮮の要求で1日延期された。当時、延期の理由はわからなかった。しかし、最近になって送金の遅れが原因という見方が有力になった。韓国側が9日、5億ドルを4つにわけて送金したが、その中の4,000万ドルが相手の口座名義を誤記したため届かず、北朝鮮が届くのを確認するまで会談の延期を要求したらしいという。韓国の特別検察官はこの見方を否定しているが、事件の経緯を見ると、あってもおかしくない話であることがわかる。

 朝鮮日報によれば、カネの話が最初に出たのは、会談3ヶ月前の3月17−18日、上海で韓国の朴智元文化観光相と北朝鮮の宋浩景アジア太平洋平和委員会副委員長が2回目の予備接触をした時という。宋副委員長が朴文化観光相に同行していた鄭夢憲現代峨山会長に対して10億ドルを要求した。鄭会長が断ると、宋副委員長は「カネがないなら首脳会談には応じられない」と迫ったというのだ。

 鄭夢憲会長の現代グループは金剛山の観光事業や開城の工業団地など北朝鮮の大型プロジェクトを独占的に推進している。しかし、これら事業の利益は当面2億ドルがせいぜいだった。そこで、鄭夢憲会長は2億ドルなら応じられると答えた。これに対し、宋副委員長は要求を7億ドルに引き下げ、さらに3月23日次の予備接触で5億ドルにすることで合意した。韓国側はこの5億ドルのうち、政府が1億ドル、現代が4億ドルを負担することを決めた。金額が決まったあと、交渉は急テンポで進展、半月後の4月8日北京で開かれた第4回予備接触で首脳会談の合意書を作成した。

 一方、朴文化観光相はこのあと、林東源国家情報院長、李起浩主席大統領補佐官と3人で「現代支援対策会議」を開催し、現代に対して韓国産業銀行から4,000億ウオンの公的資金を融資することを決めた。送金は5億ドルを4分割し、マカオの中国銀行支店にある北朝鮮の複数の口座あてに送った。その一部4,000万ドルが宛名誤記で届かなかったというのだ。また、政府が1億ドル負担するとの約束は、資金の都合がつかず、結局現代が5億ドル全額を負担したという。


・韓国政府関係者にも150億ウオンが渡る

 カネは北朝鮮だけでなく、韓国側にも流れた。特別検察官の調べでは、現代グループは北朝鮮への送金とともに朴文化観光相にも150億ウオン(約15億円)を渡したというのだ。韓国と北朝鮮が首脳会談開催の合意をした4月の予備接触の頃、朴文化観光相が現代側に要求したのだという。中央日報によれば、朴文化観光相はその際「南北首脳会談を準備するために必要な費用」と説明した。

 朴氏はこれを否定しているが、現代グループの李益治元現代証券会長は特別検察官の取調べに対して「譲渡性預金証書(CD)1億ウオン券150枚を朴文化観光相に直接手渡した」と供述している。特別検察官の調べでは、この預金証書は米国在住の貿易商金永浣氏の口座に振り込まれたことまで判明したが、その後の行方は不明という。しかし、金永浣氏と朴文化観光相が知り合いであることなどから、カネは金永浣氏の口座を経由して金大中政権の関係者にばら撒かれたという疑惑が強まった。

 歴史的首脳会談の旗印の下で、北朝鮮は5億ドル、会談を設定した韓国側関係者も150億ウオンを懐に入れたという構図が浮かび上がる。また、送金した現代グループにも見返りがあった。首脳会談が終わったあとの00年8月、同グループは北朝鮮と7つの経済協力事業を独占的に推進する契約を結んだ。それからもう1人、金大中大統領もこの首脳会談の功績でノーベル平和賞を受賞した。一方、国民も自分たちの公的資金が流用されとも知らず、南北平和統一を夢見てハッピーな気分になった。


・秘密送金が軍事転用されると米議会調査局が警告

 韓国内では、送金の事実はまったく表に出なかったが、米政府機関は敏感だった。02年3月、米議会調査局は米韓関係報告書の中で「現代グループが北朝鮮に公式に支払った4億ドルのほかに裏ガネ4億ドルを秘密送金した」と指摘。「このカネが武器開発に使われた可能性がある」と警告した。実は、現代グループは送金を4分割して別々の口座あてに送金したが、これは米情報機関の探知を避けるためだったという。米政府が送金を知れば、阻止に動くのは明らかだったからだ。

 この米議会の報告書は公表当時、韓国でも小さく報道されたが、ほとんど注目されなかった。それが脚光をあびるのは02年9月、野党ハンナラ党の厳虎声議員が国会の国政監査で、独自の情報をもとに現代グループの送金を追及したのがきっかけ。それ以後、野党と新聞、テレビなどが追求に参加。議会の過半数を占める野党ハンナラ党が特別検察官設置法を可決、与党の民主党は反対したが、就任直後の盧武鉉大統領はこれを受け入れざるをえなかった。

 一方、北朝鮮は韓国の送金追求の動きに強い警戒感を示した。送金問題が拡大した03年1月末、アジア太平洋平和委員会が「現代の送金は正常な経済交流である」と主張して、不正送金を追及する韓国野党やマスメディアを非難。また、特別検察官の設置問題が山場を迎えた3月4日には、朝鮮平和統一委員会が声明を発表、「特別検察官の導入は南北関係を対決関係に後退させ、誰にもプラスにならない」と主張した。北朝鮮が金大中政権と現代グループの肩を持ち、追及する野党やマスメディアを非難するという前代未聞の状況になった。


・盧武鉉大統領が特別検察官の捜査を抑える

 そんな中、盧武鉉大統領は6月23日、疑惑を捜査中の特別検察官の任期延長を拒否、捜査は突如として中止に追い込まれた。検察官が疑惑の中心人物、朴智元文化観光相(事件当時)を逮捕し、追及の手が金大中前大統領に及ぶかどうか、注目された矢先である。特別検察官の任期は6月25日が期限、検察官は大統領に延長を申請していた。延長拒否の理由は、国会が決めた70日の捜査期間で十分というのだ。だが、追及の手が前大統領に及ぶのをかわすためとの疑問は抑えようがなかった。

 任期切れの25日、特別検察官は朴文化観光相、林東源国家情報院長、現代の鄭夢憲会長など8人を起訴して退任した。罪状は北朝鮮への送金と公的資金不正融資の責任だけを問うもので、現代が朴文化観光相に渡したという150億ウオンなど贈収賄は捜査不足で起訴の対象からはずされた。冷戦時代なら、北朝鮮への送金は敵性国家への利敵行為となり、国家保安法の反逆罪で極刑に相当しかねなかったものだ。

 国家保安法は現在もあるが、金大中政権の太陽政策で南北交流が進み、同法は事実上の骨抜き状態になった。それが太陽政策の功績であり、その頂点に南北首脳会談があったと考えることができた。ところが、その首脳会談が5億ドルの取引で成立したものだったという。北朝鮮は外貨獲得のため、ミサイルの輸出のほか、麻薬、覚せい剤、偽ドルにまで手を出しているが、首脳会談もその1つだったようだ。金大中政権はそれを重々知りながら応じた、それが今後に与える影響は計り知れなく大きいに違いない。


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