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パレスチナ和平の可能性
持田直武 国際ニュース分析

2003年7月11日 持田直武

イスラエルとパレスチナ自治政府が和平に向かって動き出した。ロードマップに従って、テロを封じ込め、2年後にパレスチナ国家を建設するのが目標だ。イラク戦争後の中東情勢の変化を背景に、米ブッシュ政権が仲介に本腰を入れている。成功すれば、中東新秩序への第一歩となるが、見通しは明るいとは言えない。


・和平を要求する国際安保環境

 ロードマップは4月30日、米、EU、ロシア、国連の4者がパレスチナ問題の最終解決を目指してまとめた和平案である。そして6月4日、ブッシュ大統領の仲介でイスラエルのシャロン首相、パレスチナ自治政府のアバス首相が調印した。その前日には、カイロでアラブ諸国が首脳会議を開催して支持を表明、和平を後押しする姿勢を明確にした。ロードマップの内容は次のように3段階で完全和平を目指している。

第一段階(03年5月末までに実施)
パレスチナ側は暴力を停止、イスラエルの生存権を認める。
イスラエル側は占領地への入植活動を凍結、00年9月以降に占領した地域から軍隊を引き揚げる。

第二段階(03年6月から12月)
パレスチナ側は憲法を制定、03年中に暫定的な国境を持つパレスチナ国家を樹立する。
米、EU、ロシア、国連はパレスチナ経済復興のための国際会議を開催、同時にイスラエルとアラブ諸国の関係正常化をはかる。

第三段階(04年から05年)
イスラエル、パレスチナがエルサレムの帰属を含む最終地位協定を締結し、恒久的な国境を画定する。

上記のようにロードマップは短期間で完全和平を目指す野心的なものだ。順調に進展 すれば、2年後にはイスラエル、パレスチナが国家として共存することになる。米・イスラエルはそのために、まずテロを封じ込め、その組織を解体することを目指し、その役割を自治政府のアバス首相が果たすよう要求している。


・追い込まれた過激派テロ組織

 パレスチナ過激派のうち主要3派は6月29日、テロ停止の声明を出した。停戦期間は、3派のうちハマス、イスラム聖戦が3ヶ月、ファタハのアルアクサ殉教旅団は6ヶ月である。ただし、イスラエルが拘束しているパレスチナ人指導者の釈放など条件付だ。これに答え、イスラエル政府もガザ北部とベツレヘムから軍を撤退させ、少数の政治犯を釈放。同時にイスラエル人が新たに建設した違法な入植地は認めないという声明を出した。双方がようやくロードマップの第一段階にとりかかったのだ。

 このあとの措置として、米ブッシュ政権とイスラエルは、パレスチナ自治政府がテロを取り締まり、同時にその組織自体を解体するよう要求している。これに対して、自治政府のアバス首相は6月4日、ロードマップに調印したあとの記者会見で、「インチファダの武装化をあらゆる手段を使って阻止する」と述べ、米・イスラエルの要求に沿ってテロ組織の解体を示唆した。自治政府がこの通り行動すれば、00年9月に始まった第二のインチファダの推進勢力、ハマスなど過激派主要3派が組織存続の危機に直面することになる。

 過激派テロ組織に対する逆風はこれだけではない。6月3日のアラブ首脳会議では、ブッシュ大統領が各国首脳との会談でテロ組織の規制を要請。エジプトはじめアラブ主要国が資金の流れを規制し、活動に制限を加える恐れも出てきた。中東では、パレスチナ過激派と友好関係にあったフセイン政権は崩壊。もう1つの友好国シリアにも、ブッシュ政権が圧力をかけ、同国に事務所を置く10余りのパレスチナ過激派やレバノンのテロ組織の追放を強く要求しているのだ。


・インチファダの勝者として行動するイスラエル

 7月6日のニューヨーク・タイムズによれば、イスラエル政府当局者は33ヶ月にわたったパレスチナ人のインチファダとの戦いで、イスラエルは勝利を収めたという立場をとっているという。イスラエルにとっては、インチファダの中心勢力ハマスなどのテロ組織が解体に追い込まれるのは、敗者として当然という立場なのだ。また、ロードマップに基づく交渉がイスラエル側に有利な条件で進められるのも当然ということになる。

 インチファダは00年9月、在野時代のシャロン首相がイスラム教聖地の訪問を強行してパレスチナ人を挑発、これがきっかけで始まった。そして、衝突が拡大すると、イスラエル軍は占領地を次々と拡大、同時にイスラエル人入植地を増やした。シャロン首相はこれらの戦利品を今後の交渉の取引材料にする考えだという。ロードマップの実施にあたって、イスラエル軍はガザ北部とベツレヘムから撤退したが、これ以上の撤退はパレスチナ自治政府がテロ組織解体にどれだけ動くかによって決めるというのだ。

 自治政府のアバス首相は7月8日、アラファト議長に首相とPLO中央委員の辞表を提出、9日に予定していたシャロン首相との会談をキャンセルした。辞表は受け容れられなかったが、アバス首相が米・イスラエルとパレスチナ勢力の間で板ばさみになって苦闘している様子がよくわかる。過激派主要3派は、停戦の条件としてイスラエルが拘束しているパレスチナ人6,000人余りの釈放を要求したが、シャロン首相はほんの少数しか釈放しない。これに不満な過激派はアバス首相を突き上げる。一方、シャロン首相はその過激派の解体を要求してアバス首相に圧力をかけているのだ。


・ブッシュ政権の仲介はネオ・コンが主導

 イラク戦争後、パレスチナ和平はブッシュ政権の最重要課題になった。ブッシュ大統領、パウエル国務長官、ライス大統領補佐官、エイブラムス国家安全保障会議部長など政権幹部が次々に中東を訪問、和平推進にブッシュ政権の命運を賭けるかのような動きをみせている。イラク戦争では、国務省と国防総省が路線をめぐってしのぎをけずったが、パレスチナ和平では双方が一致して動いている。

 その先頭に立って動いているのが、いわゆるネオ・コンの幹部の1人、エイブラムス国家安全保障会議部長だ。同部長は中東問題専門家、同時にイスラエルの強固な支持者としても知られている。だが、今回は様子が違っている。ロードマップ調印前、ブッシュ政権はパレスチナ自治政府に対してハマスなど過激派テロ組織との対決を要求する一方で、イスラエルに対してもガザ、ベツレヘムなどから軍隊を引き揚げるよう強い圧力をかけた。この相互譲歩の要求は今度の仲介に一貫する原則となっているが、これをエイブラムス部長が演出しているのである。

 ライス大統領補佐官は6月末、シャロン首相と会談し、イスラエルが西岸の占領地に設置しているフェンスの撤去を要求したこともその表われである。このフェンスはテロリストの進入を防ぐ目的でイスラエル側が設置しているが、パレスチナ住民は入植地を固定するとして強い不満を表明していた。この他、ブッシュ政権はイスラエル軍がPLOのランティシ報道官の暗殺を企てた時にも「和平を妨げる行為」と非難するなど、仲介者として公平な立場を誇示している。


・薄氷の上に描いたロードマップ

 ロードマップは、こうしたブッシュ政権の新たな取り組み、イラク戦争後の国際環境、中東諸国の姿勢の変化、など多くの要素を背景に動き出した。ブッシュ大統領は5月9日、中東諸国と10年以内に自由貿易圏を形成するという「中東パートナーシップ・イニシャチブ」を明らかにしたが、パレスチナ和平はこの構想実現のためにも不可欠の条件となる。超大国米国のリーダーシップ確立を唱えるネオ・コン・グループが今回の和平仲介に本腰を入れる理由もそのあたりに理由があるとみてよい。

 いずれにしても、今回の動きは93年のオスロー合意でパレスチナ自治を認めて以来の和平機運だが、問題はこれからである。特に、ロードマップを進めるにあたって、先手を取るシャロン首相の動きが鍵になる。事態が膠着すれば、イスラエル、パレスチナ双方に不満が高まるのは必至で、それに乗じて過激派が息を吹き返してテロを再開、和平機運が一瞬にして消滅することも十分あり得る。米、EU、ロシア、国連が提案し、アラブ諸国が支持したロードマップだが、パレスチナでは薄氷の上に描かれたのと同じである。


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