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問われる米イラク情報の信憑性
持田直武 国際ニュース分析

2003年7月3日 持田直武

イラク戦争はブッシュ・ドクトリンの柱、先制攻撃の最初の発動だった。敵の脅威が増大して手におえなくなる前、脅威の根源を除去するという戦略だ。それには正確な情報を集め、根源を突き止めなければならない。だが、米軍がイラクを占領して3ヶ月、その脅威の根源、大量破壊兵器をまだ発見できない。米情報の信憑性が問われるのは当然である。


・強気の発言を続けるブッシュ政権幹部

 ラムズフェルド国防長官は6月24日の記者会見で、「大量破壊兵器はまもなく発見できる」と次のように述べた。「米情報機関が開戦前まとめた情報が正確だったことは間違いない。当時、世界のだれもがフセイン政権は大量破壊兵器を保有していると信じていた。米軍の捜索はまだ初期の段階であり、もう少し時間をかければ、大量破壊兵器、あるいは大量破壊兵器の製造計画の決定的証拠を見つけることができる」。

 強気という点ではパウエル国務長官も同じである。同長官は6月26日、スペインのパラシオ外相と会談したあと記者会見し、「時間はかかっているが、少しずつ証拠を発見している」と述べた。そして、6月25日に発見したウラン濃縮装置の部品や、5月9日に発見した生物兵器製造用と見られるトレーラー2台を例に挙げた。同長官は開戦前の2月5日、米情報機関の機密情報を国連安保理で初めて公開し、イラクの大量破壊兵器の脅威を強調したが、トレーラーなどはそれを裏付ける具体的証拠だと述べた。

 ブッシュ大統領も5月30日、ポーランドのテレビのインタビューで、トレーラーを「大量破壊兵器の証拠」として挙げた。しかし、米情報機関内には、これらを直ちに証拠とすることに異論がある。CIA(中央情報局)は移動式製造施設と断定したが、国務省の情報局は6月2日、断定するのは早いという結論を出した。また、ウラン濃縮装置については、湾岸戦争直後、イラクの科学者が政府の指示で自宅裏庭に埋めたものと判明。フセイン政権が機会をみて核開発を再開する計画を持っていた証拠になっても、先制攻撃をするほど切迫した脅威とみるには無理があるのだ。


・問われる米のElectronics Intelligenceの確度

 米軍がフセイン大統領の暗殺に3度も失敗したことも、米情報機関の情報の確度に対する疑問を生んでいる。暗殺作戦は1回目が開戦当日の3月20日、2回目がバグダッド占領時の4月7日、3回目は6月18日だった。3回目の場合、フセイン大統領と息子2人が車で逃走するとの有力情報を入手し、米軍がイラク北部シリア国境で3台の車列をミサイル攻撃した。そして、攻撃で死亡した人物の身元を確認するためDNAテストを実施したが、その結果が黒だったのか白だったのか、米軍はいまだに公表していない。

 この攻撃の2日前、米軍はフセイン大統領の出身地チクリトの民家で、大統領の腹心マフムード補佐官を逮捕。大統領も同家に潜んでいるとみて探したが見つからなかった。英紙オブザーバーによれば、その直後、米情報機関がフセイン、あるいは彼の息子とみられる電話を偵察衛星で盗聴したのだという。攻撃はそれをもとに実施したが、ワシントン・ポストは、車列は地元の密輸業者のトラックだった可能性もあると現地から伝えている。事実とすれば、米国が世界に誇る偵察衛星や無人偵察機を駆使するElectronics Intelligenceが期待通りの威力を発揮していないことになる。

 中東における米国の情報組織は1970年代までは主要国にCIAのStation Chiefを配置し、各国政府内やマスメディア、各種団体などに協力者をつくって情報を集めるHuman Intelligenceが主力だった。しかし、1979年のイランのホメイニ革命を契機に、この協力者に頼る情報網は壊滅的な打撃を受ける。同革命の際、イスラム過激派がテヘランの米大使館を占拠、館内の資料から協力者を割り出して殺害、あるいは亡命に追いやった。同時に、ベイルートではイランと連携した過激派ヒズボラーが米情報関係者を次々に人質にし、拷問して協力者を聞き出し、組織を一掃した。

 その結果、80年代前半には、中東における米のHuman Intelligenceは壊滅状態になった。それに代わって米情報機関が作り上げたのが衛星や偵察機を主力とする現在のElectronics Intelligenceである。だが、これは盗聴や写真撮影には優れていても、大統領の心の内側は読めない。その欠点が大統領の暗殺失敗や大量破壊兵器を発見できない背景にあるとみてよいだろう。


・確度のある情報は先制攻撃の大前提の筈

 英国では、ブレア首相が議会で大量破壊兵器問題を追及されて苦境に立っている。イラク攻撃が国連の議題になり始めた02年9月、同首相が「フセイン政権は45分間あれば生物・化学兵器を使う攻撃態勢に入れる」と強調したことが問題にされているのだ。6月27日発表の世論調査によれば、ブレア首相の労働党は支持率が35%に下がり、1992年以来初めて保守党の支持率37%を下回った。

 日本でも、小泉首相が野党の追及をうけ「今、見つからないから、ないというのは断定のしすぎだ」。あるいは、「ないという仮定で答弁する必要はない」などと苦しい答弁をしている。この日英両首相の苦境に対し、ブッシュ大統領は今のところ野党の追及もほとんど無い。また、世論調査によれば、米国民の60%以上が「大量破壊兵器が見つからなくても、フセイン政権を打倒したことで戦争目的は達成できた」と評価している。イラクの大量破壊兵器の脅威をもっとも声高に叫んだ同大統領が責任を追及されないという奇妙なことになったのだ。

 しかし、このまま大量破壊兵器が見つからなければ、ブッシュ政権もその理由を追及されることは間違いない。イラクに先制攻撃を加えたブッシュ・ドクトリンの理論的根拠は、同政権が02年9月、議会に提出した「米国の安全保障戦略」が次のように詳述している。「我々の敵は大量破壊兵器を獲得すると公言し、実行している証拠もある。我々は最高の情報を集めて慎重に検討し、彼らの脅威が増大する前に行動して、彼らの計画を打破しければならない」。

 米国の情報収集網は現在世界のどの国よりも優れた機能を備えている。ブッシュ・ドクトリンの専制攻撃の論理は、この優れた収集網で集めた最高の情報を使って脅威を特定、増大して手遅れになる前、攻撃するというのである。この論理で、ブッシュ政権はイラクの大量破壊兵器を脅威の根源と断定、先制攻撃を加えた。しかし、その脅威の根源、大量破壊兵器が発見できないとなると、このシナリオは根底から崩れる。その結果、国際社会はブッシュ政権に対する懐疑を深め、今後の国際政治に大きな影響が残るに違いない。


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