メインページへ戻る

日本人拉致事件、茶番劇を止める時
持田直武 国際ニュース分析

2004年11月22日 持田直武

日朝実務者協議で、北朝鮮がまたもや杜撰な回答をした。だが、考えてみれば、首領様が命じた国家犯罪を部下がまともに調査できるはずがない。金正日体制化で核や人権問題を解決できるのかが問われているのだ。このままでは、同体制の変革を求める米強硬派の主張が強まる。日本も、日朝実務者協議のような茶番劇を再検討しなければならない時がくる。


・バカにするなという憤激の声

 日朝実務者協議で、北朝鮮側は安否不明の10人について「8人死亡、2人未入国」の説明を繰り返した。そして、死亡したという横田めぐみさんの「写真3枚、遺骨などの遺品」を日本代表団に手渡した。協議は11月9日から6日間、50時間に及び、日本代表団はこれを北朝鮮側の「それなりの努力」と評価した。だが、その説明の内容は評価できるとは思えない。日本代表団から説明を聞いた政府閣僚の中からは「バカにするな」という憤激の声が漏れたという。

 代表団が持ち帰った遺品も信用できるものかどうか、疑問がある。横田めぐみさんの写真1枚は素人目にもわかる合成写真だった。また、遺骨は「いったん埋めたものを掘り出して焼いたもの」で鑑定ができるかどうかわからないという。鑑定を困難にするためわざわざ焼いたという疑いも湧く。北朝鮮は松木薫さんの遺骨として、焼いた他人の骨を渡した前科がある。めぐみさんの遺骨について、北朝鮮側は「夫キム・チョルジュン氏が土葬した墓から掘り出して焼いて保存していた」と説明したが、にわかには信じられない話だ。

 めぐみさんの夫と称する、このキム氏は協議4日目に日本代表団と面会した。冒頭、同氏は自分とめぐみさん、娘のキム・ヘギョンさんの3人が一緒に写っている写真を見せたという。しかし、日本側が提供を求めると、それを拒否した。また、DNA鑑定のための毛髪の提供や写真撮影も拒否した。理由は「自分が工作機関に携わっている人間だからだ」という。これでは、3人が一緒に写っている写真も合成ではないかという疑いが湧いても仕方がない。

 日本人拉致事件は北朝鮮工作機関が実行した。これは02年9月、最初の日朝首脳会談で、金正日総書記自身が認めている。つまり、同事件は首領様が命じた国家機関の日本に対する犯罪である。これを首領様の部下がまともに調査できるはずがない。実務者協議が茶番劇になるのは当たり前なのだ。事件を実行した金正日体制下では、納得ゆくような解決は無理という主張が出るのは当然である。


・米国内に高まる体制変革を求める動き

 6カ国協議が今のような状態を続ければ、核問題についても同じような批判が出るだろう。ブッシュ大統領は20日、チリで開かれたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)の場で、小泉首相、胡錦涛主席、プーチン大統領、盧武鉉大統領など6カ国協議参加国の首脳と相次いで会談、北朝鮮の核問題を「交渉によって平和的に解決する」ことで合意したという。この同大統領の姿勢は2年前、今回の核危機が起きて6カ国協議の枠組みを作った時と同じである。しかし、同協議は成果をあげるどころか、北朝鮮のNPT(核拡散防止条約)脱退を許し、核開発は野放し状態になった。

 米議会が10月に可決した北朝鮮人権法はこうした状況に対する危機感の表れだった。同人権法は、北朝鮮国内の強制収容所や脱北者問題などが実質的に解決するまで、米政府が経済支援をすることを禁じている。冷戦時代、ソ連に対してジャクソン・バニック法を制定、同政府が国内のユダヤ人に移住の自由を認めるまで、貿易上の最恵国待遇を与えないなどの経済制裁を課した。これが、ソ連と東欧共産圏崩壊の遠因になった例を人権法は念頭に置いている。同法を推進したブラウンバック上院外交委員会アジア太平洋小委員長らの議員グループは同法が同じ効果を生むことをねらった。北朝鮮の核や人権問題は、金正日体制下では解決しないと考えているのだ。

 ブッシュ政権は1期目、イラクのフセイン打倒にエネルギーを集中し、北朝鮮核危機を6カ国協議に丸投げした。2期目も、ブッシュ大統領がAPECの場で表明したように基本的には「交渉で平和的」に解決することを目指すだろう。しかし、その手法は違ったものになることも確かだ。まず、1期目にはなかった人権法という手段を持つことになった。同法担当の国務省デューイ次官補の15日の記者会見によれば、米の要求に応じて、中国が脱北者をまず韓国に送ることに同意したという。中国はこれまで外国公館に逃げ込んだ脱北者は韓国に送ったが、それ以外は北朝鮮に強制送還していた。これがなくなれば、脱北が加速する可能性もある。

 もう1つの手段は、日米など海運国15カ国が組織するPSI(拡散防止構想)の活用である。大量破壊兵器の輸送情報を共有し、必要なら船舶の臨検をする。目的は大量破壊兵器の拡散防止だが、場合によっては海上封鎖にも等しい強制力を持つ。また、日本が検討している経済制裁も影響力のある手段の1つである。日本から北朝鮮への送金規制の強化、北朝鮮関連団体への課税強化、人道支援の中止なども盛り込まれる。北朝鮮はPSIや経済制裁を実施すれば、宣戦布告とみなすという強硬姿勢を示しているが、これは、これらの措置が北朝鮮にとって重大な打撃となることの証明でもある。


・韓国は北朝鮮を抱え込む姿勢に傾く

 日米が交渉の一方で、金正日体制を揺さぶる姿勢を強めているのに対し、韓国は逆に北朝鮮を支え、抱え込む姿勢さえ示すようになった。そのよい例が、盧武鉉大統領が11月13日、ロサンゼルスの国際問題評議会で行なった北朝鮮の核開発についての発言である。同大統領は「北朝鮮が核とミサイルを外部の脅威から自国を守るための抑止力と主張するのは、一理がある」と北朝鮮の立場を擁護。さらに「北朝鮮に対する武力行使や封鎖措置をとってはならない」とも述べ、米ブッシュ政権や日本が計画している制裁的措置に反対した。

 この盧武鉉大統領の発言は、APEC首脳会談の場でブッシュ大統領と首脳会談をする1週間前のことだ。米側もびっくりしたことは明らかで、国務省当局者が16日韓国の中央日報とのインタビューで「盧大統領の発言には、米韓が意見を出し合わなければならない必要性を感じさせる諸要素がある」という米側の見解を表明した。盧武鉉大統領は就任以来、北朝鮮に対して柔軟姿勢を示していたが、このように北朝鮮の核保有に理解を示すは異例だ。この問題が20日の米韓首脳会談でどのように扱われたのか公表されていないが、盧大統領が今後もこのような立場に固執するとすれば、米韓の同盟関係は根本から揺らぐことになる。

 しかし、韓国内では、大統領がこのような発言をしても可笑しくない雰囲気が最近とみに強まっている。尹光雄国防相は10月18日、国会の委員会で「北朝鮮はソウル首都圏を大規模に破壊できる長距離砲を大量に保有しているが、無辜の韓国市民を殺害すれば、国際法上の戦犯となるため、むやみに撃てないはず」と答弁した。また、同国防相は11月12日には、国防省の課長級職員を対象にした懇談会で「南北交流が活発化している現状で、北朝鮮を主敵とみなすのは適切ではない」と述べ、来年1月に公刊する国防白書から主敵の表現を削除すべきだと主張した。実現すれば、北朝鮮を仮想敵国としてきた国防体制の大きな変化になる。

 この韓国の変化が、北朝鮮を共通の仮想敵として成立している米韓同盟の基礎を揺るがすのも間違いない。ブッシュ大統領は20日、小泉首相はじめ6カ国協議参加国の首脳と個別に会談したあと記者会見し、北朝鮮に対して「5カ国が共通の声(a common voice)をあげて核開発の放棄を迫る」と述べたが、韓国の例は、それも容易ではないことを示唆している。日米など15カ国のPSIや日本の経済制裁発動についても、韓国が簡単に認めるとは思えない。むしろ、北朝鮮の肩を持つことさえ考えなければならない。それだけ、利害の基本構造が変わっているのである。


掲載、引用の場合は持田直武までご連絡下さい。


持田直武 国際ニュース分析・メインページへ

Copyright (C) 2004 Naotake MOCHIDA, All rights reserved.