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イラク議会選挙と米国のジレンマ
持田直武 国際ニュース分析

2004年12月6日 持田直武

選挙の課題は山積している。選挙運動が始まるのに治安は回復しない。投票所を守るイラク人治安要員は数が足りない。米軍が直接投票所を守れば、米軍監視下の選挙と批判されかねない。しかも、その選挙で、反米色の強いシーア派が多数を占め、イランのような政教一致の国づくりを目指すこともほぼ確実。ブッシュ政権は何のためにフセイン政権を倒したのか、あらためて問われかねない。


・1月30日の投票日は双方が激突する日

 国民議会選挙は、投票日が来年1月30日、それを前に選挙戦が12月15日から始まる。定数は275議席。全国1区の名簿式比例代表制。すでに180余りの政党が名乗りを上げ、候補者名簿を選挙管理委員会に提出している。同時に有権者登録も進行中で、全国540箇所に登録所ができている。1月30日の投票日には、約9,000箇所に投票所ができる。これまで正確な国勢調査もなく、人口は2,200万とも、2,500万とも云われる国である。それでも、関係者の中には投票率60%になるという見方もする向きもある。

 問題は治安の確保ができるかどうかだ。投票日、全国の投票所を守る要員として、イラク暫定政府はイラク軍部隊と警察部隊27万人が必要と計算している。しかし、これに見合うイラク人要員は現在14万5,000人がせいぜいのところ。ニューヨーク・タイムズによれば、北部の重要都市モスルで11月11日、武装勢力が警察や政府機関を襲撃すると、警察官4,000人のうち3,200人が職務を放棄して逃げたという。このため、選挙管理委員会はこの地域の有権者登録所56箇所の閉鎖を余儀なくされた。全土で閉鎖した登録所はこれで90箇所になった。

 米ブッシュ政権は米軍を現在の13万5,000人から15万に増派することを決めた。ただし、米軍は投票所を直接守ることはせず、後方で治安維持にあたる方針だという。米兵を投票所に配置すれば、米軍監視下の選挙というマイナス・イメージを生み、武装勢力側の宣伝に利用される。ブッシュ政権とすれば、イラク民主化のシンボルとして、今回の選挙を実施しなければならない。しかし、武装勢力側はそれを阻止しようとして全力を尽くすことも間違いない。1月30日の投票日は、双方が面目をかけて激突する日になるだろう。


・選挙をすれば、シーア派の勝利は確実

 選挙は今年3月に制定した暫定憲法の規定に基づいて実施する。イラク選挙管理委員会が1月30日を投票日に決めたのも、同憲法が1月末までの選挙実施を規定しているためだ。しかし、これには暫定政府内からも異論が出た。2人の副大統領のうち1人が延期を主張。アラウイ首相は選管の決定を支持しているが、同首相が所属する政党は延期を主張。11月26日には、イスラム教スンニ派やクルド族の17の政党が選管に延期を要求した。いずれも、治安の確保が難しいという理由である。しかし、暫定憲法には延期の規定がなく、選管は実施するしかないと言う。延期しようとすれば、予定どおりの実施を主張するシーア派が反発し、混乱が増すだけなのも確かなのだ。

 スンニ派やクルド族が延期を主張するのは、今選挙をすれば、南部を中心に人口の60%余りを占めるシーア派が議会の多数派になることが明らかだからだ。スンニ派はフセイン政権時代に同政権を支え、シーア派を弾圧した。選挙でシーア派が多数派になれば、その報復があると恐れている。一方、クルド族は湾岸戦争と今回のフセイン政権の崩壊を奇貨として、北部居住地の自治区の権利を確保、念願の独立に一歩近づいた。シーア派の多数支配のもとで、これを守れるのかどうか不安がある。それに、スンニ、クルド両勢力とも選挙の態勢が整っていない。

 選挙延期を主張する両派に対し、シーア派は早くから早期選挙を主張してきた。同派の指導者シスターニ師は今年3月の暫定憲法制定と統治評議会の発足前にも選挙実施を主張し、その準備も進めてきた。今回もシーア派内に選挙委員会を発足させ、同派の政党ダワ党とイスラム革命評議会の統一候補を選任する作業を進めている。もともとダワ党とイスラム革命評議会はシーア派の宗教活動と密着して活動し、有権者に深く浸透している。この点、暫定政府のアラウイ首相が所属するイラク国民合意党など、いわゆる世俗政党は完全に出遅れた。シーア派はこの機を逃さず、議会の多数を確保する目論 見なのだ。


・シーア派がねらう政教一致の国づくり

 イラクは1月30日の選挙のあと、8月15日までに恒久憲法起草、12月15日までに総選挙を実施して正式政府が発足する。シーア派は今度の選挙を制することによって、この国づくりの過程で主導権を発揮し、イランのような政教一致の国家をめざす考えなのだ。同派の中には、イラン生れのシスターニ師をはじめ、イランと関係の深い指導者が多い。イランと敵対したフセイン政権がスンニ派を重用し、シーア派を弾圧したのは、こうしたシーア派の動きを警戒したことも一因だった。当時、イランに亡命したシーア派指導者の多くが帰国して、今後の国づくりに参加する。

 ブッシュ政権もイランと敵対し、シーア派の動きを警戒している点では同じだ。しかし、フセイン政権のように弾圧することもできず、逆にシーア派の野心達成に手を貸す役回りになりそうだ。投票が予定どおり実施されれば、シーア派の反米活動家が続々と議席を獲得する可能性もある。ニューヨーク・タイムズによれば、今年夏、ナジャフで反米武装闘争を展開したサドル師、今年5月ブッシュ政権と喧嘩別れした亡命組織イラク国民会議のチャラビ議長の両名がシーア派政党の統一名簿に掲載される予定という。チャラビ議長は名簿の10位にランクされ、当選は確実とみられている。今後シーア派をバックに政界に復帰し、米情報機関をバックにする政敵アラウイ首相と対決することになるだろう。

 ブッシュ政権は多大の犠牲を払ってフセイン政権を倒し、ようやく選挙まで漕ぎ着けた。しかし、その結果、台頭するのが、イスラム教シーア派ということになる。米国民は、同派のホメイニ師が1979年に起こしたイラン革命、その騒ぎの過程で起きた米大使館員人質事件の苦い思い出を忘れないはずだ。シスターニ師らのイラク・シーア派がホメイニ師のイラン・シーア派にならって反米、政教一致の国づくりを目指すのを見るとき、ブッシュ政権は何のためにフセイン政権を倒したのか、国民はあらためて問うことになるだろう。


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