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北朝鮮の核危機(18) 米朝基本姿勢の確執
持田直武 国際ニュース分析

2004年1月26日 持田直武

北朝鮮が今回の核危機の発端、濃縮ウラン核開発計画の存在を否定。存在を確信するブッシュ政権と堂堂巡りの対立が続いている。同開発計画については02年10月、ケリー国務次官補と姜錫柱第一外務次官の会談で、北朝鮮も計画の存在を認めた、と米側が発表。問題解決のため、6カ国協議が発足したが、北朝鮮が存在を否定し続ければ、同協議は宙に浮くことになりかねない。


・肯定と否定の相反する発言を聞いた北朝鮮担当特使

 北朝鮮当局者が濃縮ウラン核開発の存在を否定する発言が目立つようになった。米民間訪朝団に対する金柱寛外務副大臣の発言はその代表的な例である。同訪朝団は1月6日から北朝鮮を訪問、寧辺のプルトニウム核施設で5メガワット級原子炉が稼働していることや、使用済み核燃料棒の保管プールが空になっていることなど、プルトニウム核開発が動き出した事実を目撃した。しかし、もう1つの核開発、濃縮ウラン核開発については、会見した金柱寛外務副大臣が「存在しない」と明確に否定した。

 民間訪朝団の1員、プリチャード北朝鮮問題担当元特使が15日、ワシントンで語ったところによれば、金副大臣はこの会見で、濃縮ウラン核開発について「そのような核計画は存在しない。そのための機材も人材もいない」と否定。さらに、02年10月のケリー国務次官補と姜錫柱第一外務次官の会談で、姜第一外務次官が存在を認めたと伝えられていることについて、同副大臣は「認めたというのは、米側のミスリードで、われわれは認めた覚えはない」と強調したという。

 プリチャード元特使は、ケリー次官補が訪朝した当時、北朝鮮担当特使だった。そして、ケリー次官補に同行し、姜錫柱第一外務次官との会談にも同席。同外務次官がケリー次官補に追及され、濃縮ウラン核開発計画の存在を認めるのをはっきり聞いた。その後、特使を辞任した同氏は今回の民間訪朝団の1員として金柱寛外務副大臣との会見に出席、存在を否定する発言も聞いた。外交専門家として、北朝鮮当局者の肯定と否定の双方を聞くことになったのだ。


・韓国、中国の関係者も計画の存在を疑う発言

 米の核問題専門家セイモアー・ハーシュ記者によれば、CIAが02年6月にまとめた極秘文書NIE(National Intelligence Estimate)は、「パキスタンからウラン濃縮用の高速遠心分離機が北朝鮮に渡っている」と指摘、ブッシュ政権はこの時点で北朝鮮の濃縮ウラン核開発の動きを掴んでいたという。この4ヵ月後の10月4日、ケリー国務次官補は訪朝して姜錫柱第一外務次官と会談し、これらの証拠を突きつけて追求。その結果、「同外務次官が開発計画の存在を認めた」と米側は10月16日に発表した。

 北朝鮮外務省スポークスマンも10月25日、「北朝鮮は核兵器だけでなく、より強力な兵器も持つ権利がある」と核開発を認めるとも取れる発言をした。しかし、その後は次第にトーンダウンし、11月28日の朝鮮中央放送は「米国はありもしないわが方の核問題を持ち出している」と述べ、核開発を「ありもしないこと」と否定。03年8月の6カ国協議では、北朝鮮代表は「われわれが濃縮ウラン核開発の存在を認めた事実はない」と主張した。

 実は、姜錫柱第一外務次官が存在を認めたという米側の発表に対しては、韓国や中国からも疑問の声が挙がった。韓国統一省の高官は、米側発表の直後、記者団に対して「北朝鮮が核開発計画を認めたというのは、米側の誤解ではないか」と発言、新聞がこれを大きく報じた。また、昨年末には、6カ国協議の仲介役、中国の高官が日本と韓国の外交関係者に対して、中国は「核計画が存在するという米側の主張には納得できない」と疑問を表明したことが表面化した。


・米側はケリー、姜錫柱会談の模様を公表して対抗

 こうした発言は、ブッシュ政権にとって聞き捨てならないことは言うまでもない。パウエル国務長官は03年1月、ワシントン・ポスト紙の編集者と記者を招いて、ケリー次官補と姜錫柱第一外務次官の会談の模様をくわしく説明、北朝鮮側が核計画を認めたことは間違いないと強調した。それによれば、この会談にあたって、ケリー次官補は慎重を期して朝鮮語に堪能な通訳3人を同行、当時北朝鮮担当だったプリチャード特使も随行した。

 そして、会談初日の02年10月4日、ケリー次官補は米側が収集した濃縮ウラン核開発計画を示す証拠を示して、姜錫柱第一外務次官に回答を迫った。これに対して、同次官は最初、その存在を否定した。しかし、翌日になって一転「計画が存在する」と認めたという。パウエル国務長官は「彼らはその日、主要幹部(Principals)と夜通しの会議を開いて情勢判断をしたのだ」と述べ、存在を認める回答は、北朝鮮政府の決定に基づいて行われたという判断を示した。

 ワシントン・ポストは今月13日にも、ケリー次官補と共に会談に出席した北朝鮮専門家の話として、姜錫柱第一外務次官が計画の存在を認めた時の様子をさらに詳しく伝えた。それによれば、同次官は顔を紅潮させ、挑戦的な態度で50分間、1人で発言を続けた。この中で、核計画の存在を肯定したのだが、通訳を通してこれを聞いたケリー次官補とプリチャード特使はメモを交換。「通訳は間違いないか」、「確かだ。はっきりしている」と2人で確認し合ったという。


・計画の存在で対立が続けば、6ヶ国協議は失敗

 ワシントン・ポストは1月7日、ブッシュ政権高官が「北朝鮮が開発計画の存在を否定し続ければ、6カ国協議は失敗するしかない」と語ったと伝えた。ブッシュ政権内では、同計画の存在を疑う意見は皆無だ。問題は何時、北朝鮮が核兵器用の濃縮ウランの製造を開始するかである。これについて、エネルギー省と国防総省情報局は今年末頃と推定、CIAと国務省は06年から07年と推定している。いずれにせよ、その前に廃棄することが望ましいのは言うまでもない。

 しかし、北朝鮮が開発計画の存在を認めなければ、交渉の基礎もできない。この点に関連し、ブッシュ政権内には、6者協議の仲介役、中国の意図を疑う意見が出ているという。中国の関係者が計画の存在に疑問を表明するのは、濃縮ウラン核開発には触れず、プルトニウム核開発の廃棄だけ解決して幕を引く意図ではないかと疑うのだ。昨年暮れ、中国が次回協議のために纏めた共同文書をブッシュ政権は拒否したが、この拒否を強く主張したのは強硬派のチェイニー副大統領だった。6カ国協議も、このような米中の政治的思惑がからむと進展は難しくならざるをえない。

 ブッシュ大統領は20日の一般教書演説で、核放棄を決断したリビアのカダフィ大佐を称賛した。しかし、北朝鮮には「世界の最も危険な体制に最も危険な武器を持たせない」と強調したものの、リビアに倣えとは言わなかった。濃縮ウラン核開発をめぐる発言からもわかるように北朝鮮の言動は予測しがたい。北朝鮮が濃縮ウラン核開発を認めたあと、ブッシュ大統領は多国間協議による解決を決めたが、北朝鮮は前言を翻した。北朝鮮がこの姿勢をとり続ければ、同大統領はその判断を問われるだろう。

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