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イラクの混乱と米大統領選挙
持田直武 国際ニュース分析

2004年5月3日 持田直武

イラク情勢が不安定なまま、アメリカ大統領選挙戦が山場を迎える。だが、ブッシュ・ケリー両陣営の主要な関心はイラクというより、30数年前のベトナムにある。ブッシュ陣営がケリー候補のベトナム戦争当時の行動を槍玉に挙げ、同候補を苦しい防戦に追い込んでいる。ひょっとすると、これでケリー候補が致命傷を負い、ブッシュが悠々と再選ということになりかねない。


・ケリーのベトナム戦争時からの言動に焦点

 ブッシュ大統領は68年、エール大学卒業と同時にテキサス州の州兵に採用され5年間勤務した。当時、若者は兵役が義務。徴兵されて、ベトナム戦線に送られる若者が多かった。一方、海外勤務のない州兵には志願者が殺到、ブッシュは大勢の競争相手を飛び越えて採用された。当時、父親はテキサス州選出の下院議員、同州選出の上院議員や知事の子弟も州兵に採用された。ブッシュはこの不明朗な採用の経緯のほか、途中から十分な勤務もしなかったとの疑問がある。民主党は前回の選挙いらい、この問題を取り上げ、ブッシュ陣営を追求しているが、決定打にならない。

 この民主党側の追求に対し、共和党が提起したのが、ケリー候補のベトナム従軍時の行動とその後の反戦運動にからむ疑惑である。ケリーは66年、ブッシュより2年早くエール大学を卒業し、志願して海軍に入隊。68年から69年までベトナム戦争に従軍した。そして、帰国して除隊したあと、反戦運動に参加。ベトナム復員軍人反戦の会(VVAW)のリーダーとして、デモを組織、議会の公聴会で証言し、従軍中の戦功で受賞した勲章を議会前のゴミ箱に投げ捨てた。

 共和党は、ケリー候補がこの活動にあたって、ある場合には嘘をつき、ある場合には、いかさま的な振る舞いをして世間を騙したと非難。これは、同候補が上院議員として、91年の湾岸戦争に反対、今回のイラク戦争には賛成、しかし、イラクの戦後復興予算には反対、という一貫性のなさになり、信用できないと批判する。共和党はこの問題提起の一方で、非難の証拠となるビデオなどをマスメディアに提供。これが功を奏し、ベトナム戦争従軍を回避したブッシュより、ベトナムに従軍して受勲したケリーのほうが信頼度を疑われる雰囲気が強まった。


・ケリー、33年前の議会証言の行き過ぎを謝罪

 共和党が追求する疑惑の1つは、71年のケリーの議会証言である。彼は同年4月22日、上院外交委員会に証人として出席、ベトナムの戦場の「残虐行為」について要旨次のように証言した。「米兵はレイプし、耳を切り、頭を切り落とした。携帯発電機のコードを性器につないてスイッチを入れたり、手足を切り落とし、胴を爆破した。住民をめった撃ちにし、村を焼き払った。面白半分に犬や家畜を撃ち殺したりもした。まるで、チンギス・ハーンの虐殺を再現したかのようだった」。

 ケリーが民主党大統領候補となった今年4月4日、NBCテレビは日曜のインタビュー番組「Meet The Press」に同候補を招き、キャスターがこの「残虐行為」の証言について糾した。ところが、同候補は自分が証言したことを否定するかのような答えをする。それから2週間後、NBCテレビは再び同候補を招いて、同じ質問をした。前回と違うのは、質問の前、同候補に71年当時のビデオテープを見せたことだ。71年の議会証言のあと、彼はNBCに出演、議会の証言とほぼ同じ内容の発言をしていた。NBCはこのビデオを探し出して見せたのだ。これを見た同候補は「残虐行為という言葉は行きすぎた表現だった。間違いだった」と述べた。

 ブッシュ選対の幹部、ヒューズ前大統領広報部長は25日のCNNテレビで、このケリー候補の謝罪発言を取り上げ、「議会証言がまったくの誇張だったのか、もし事実とするなら、自分もかかわっていたのか、ケリー候補は説明する必要がある」と追求した。ケリー候補は26日からバスで米中西部などを遊説したが、行く先々で保守系のテレビやラジオ局がトークショーでこの問題を取り上げ、彼の言動には首尾一貫性がないと批判、大統領としてふさわしくないとの論陣を張った。共和党側のメディア対策が効果をあげたのである。


・勲章を投げ捨てた事件でも疑惑重なる

 もうひとつ、ケリー候補の信頼を失墜させているのが、勲章投げ捨て事件である。彼の説明がくるくると変わり、真実を隠しているとの疑いが消えないのだ。彼は71年の議会証言の翌日夜、議会前広場で反戦集会を開いた。参加した復員軍人は約1,000人、その中の数百人がベトナムの戦功で授与された勲章を議事堂前の仮設ゴミ箱に次々に投げ捨てた。ケリーはベトナムで5個の勲章を授与されたが、このうちの2個を投げ捨てたと、その後語っていた。

 ところが、ケリーが85年上院議員に就任すると、この投げ捨てたはずの勲章を議員事務所に飾った。いぶかった周囲が質問すると、「投げた勲章は知り合いの復員軍人から預かった2個で、自分の勲章は投げなかった。ただ勲章に付けるリボンだけを投げた」と説明した。勲章の投げ捨ては、軍内部の反戦気運の過激さを示す例として、当時の共和党ニクソン政権には脅威だった。だが、そのリーダーのケリーは投げたふりをしただけで、自分の勲章はちゃっかり持っていたことになる。

 この話が今年になって、ケリーのイカサマぶりを示す例として蒸し返される。ABCテレビとニューヨーク・タイムズが4月26日、投げ捨て事件当日のケリーの発言を収録したビデオと発言内容を公開したのだ。それによれば、71年の事件当日、ワシントンのローカルテレビ局WRCの記者がケリーに「君は勲章を何個投げたのか」と聞いたのに対し、「よく覚えていない。6個、7個、8個、9個だったか」と語ったあと「自分の勲章も投げた」と答えた。26日朝のABCのニュース番組で、キャスターがケリーに対して「リボンだけ投げた」というこれまでの説明との違いを指摘し、「皆を騙したのではないか」と質問すると、彼は「私はリボンを投げたが、これは勲章を投げたのと同じだ。要は反戦の意思を示すことだった」と苦しい弁解をした。


・ビデオを送りつける共和党のメディア戦略

 4月29日付けのワシントン・ポストによれば、このケリーのインタビューを収録したWRC局のビデオテープはABCテレビとニューヨーク・タイムズの2社だけに送られて来たという。送り主が誰かは、両社とも公開していない。しかし、民主党は、ブッシュ選対の中心になっている共和党全国委員会が国立公文書館をくまなく調べて探し出したのではないかと推測している。共和党、民主党双方の全国委員会が選挙ごとに多数の調査員を雇い、相手候補の弱点を突く材料探しをしていることは公然の秘密だ。今回の選挙で民主党にとっての不幸は、ケリー候補がベトナム問題はじめ、共和党に付け込まれるような弱点を多く持ちすぎていることである。

 ブッシュ大統領はイラク戦争の大義、大量破壊兵器が発見できないうえに、最近は治安が悪化、米兵の死者が続出している。国民のブッシュ支持率は、イラクの状況悪化に比例して下がり続けている。だが、それに乗じてケリー候補が台頭する気運は生まれない。理由のひとつは、イラク政策について、ブッシュに対抗する強力な対案がないことである。現在の混乱収拾策として、ケリーは4月30日、NATOとの協力強化を提案したが、これは訪欧中のパウエル国務長官が示した方針とほぼ同じ。ケリーはまた国連との協力も主張するが、最近はブッシュ政権も同じ方針を示している。ケリーには、ブッシュに替わって大統領になり得ると思わせるような強力な訴えがないのだ。

 それに加え、ケリーの過去から現在に続く不用意な行動、いわゆる人格問題が共和党の格好の餌食となっている。本来、これらの人格問題は予備選挙の段階でメディアが詮索し、脱落させるのが例だ。しかし、ケリーの場合、予備選挙の初期は4番手か5番手の候補で、メディアの詮索はフロントランナーのディーンに集中。ケリーは詮索の対象にもならないまま予備選挙に勝った。そして、今共和党の人格攻撃をもろに受けている。これで致命傷を負うことにでもなれば、イラク情勢が如何になろうと、ブッシュが悠々再選ということになりかねない。


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