メインページへ戻る

米大統領選挙、ブッシュは立ち直るか
持田直武 国際ニュース分析

2004年8月8日 持田直武

ブッシュ大統領、ケリー候補とも決定打のない状態が続いている。投票日まで3ヶ月足らず、帰趨を決めるのは、テロ、イラク、経済、それにカネだ。ブッシュはイラク情勢、経済の先行きが不安材料だが、テロ、カネでは有利。今後、テロの脅威が高まれば、高まるほど、その情報を握る立場は有利になる。


・テロ情報がケリー候補の支持率アップを阻止?

 民主党大会は7月末、予定どおりケリー、エドワーズ両上院議員を正副大統領候補に指名、ケリー候補が指名受諾演説をした。このあと、メディア各社は揃って支持率調査のアンケートを実施した。指名受諾演説の評判が良かったことや、党大会直後に二桁の支持率アップの過去の例があることなどから、同候補もかなりの支持率アップがあると期待された。だが、アンケートのふたを開けると伸び率はきわめて小幅で、党大会前とほぼ同じ誤差の範囲内の競り合いだった。

代表的な調査結果を挙げると、
ワシントン・ポスト/ABC  ケリー  50%  ブッシュ 44% ネーダー2%
ニューズウイーク        ケリー  49%  ブッシュ 42% ネーダー3%
CBS                     ケリー  48%   ブッシュ 43% ネーダー3%
AP           ケリー 48%  ブッシュ 45% ネーダー3%
CNN/USA Today           ブッシュ51%   ケリー   45% ネーダー2%

 上記のような結果に対して、民主党関係者は「テロ情報がケリー候補の支持率上昇を抑えた」と述べ、米国土安全保障省のリッジ長官を非難した。同長官は世論調査が進行中の8月1日、テロ組織アルカイダがワシントンの世界銀行、IMF、ニューヨーク証券取引所やシティグループなど5箇所を攻撃対象にした計画があるとして、警戒レベルを上から2番目の「オレンジ」に引き上げたことを明らかにした。党大会以来、ケリー候補の動静に焦点を合わせていた新聞、テレビが、これを機に、焦点を一気にテロに移すことになった。


・ブッシュ大統領の強みはテロ情報を握ること

 リッジ長官の発表と同時に、テレビ各社は世界銀行、IMF、シティグループなどの周辺に中継車を配置した。テロがあれば生中継すると言わんばかりの態勢である。重装備の警察官がこれらの建物を警備し、出入りする人たちをチェック。そして、この光景が全米に流された。ケリー候補を盛り上げた民主党大会の雰囲気は、この危機感の前にしぼんでしまう。今の米国では、テロ情報は最優先のニュースである。特に、ワシントンの世界銀行、ニューヨークの証券取引所が狙われるとなれば、これに優先するものはなくなる。ブッシュ大統領はその情報を一手に握り、公表するかどうかの決定をする立場に立っている。

 民主党大統領候補の1人だったディーン前バーモント州知事はCNNテレビのインタビューに答え、「大統領は自分に不都合なことが起きれば、いつでも、このテロ対策という切り札を使うことが出来る」と強調。ブッシュ大統領が大統領の立場を利用して情報操作をしていると非難した。そして、「民主党大会が終わって2日後、ケリー候補が支持率を増やしている時、この発表をした」として、リッジ長官の発表はケリー候補の支持率アップを阻止することを狙ったものとの見方を示した。

 ブッシュ政権の説明によれば、世界銀行などの攻撃情報は、9・11事件前からアルカイダが計画して写真や見取り図を集めていたという。そして、この情報は7月13日にパキスタンで捕まったアルカイダ活動家が持っていた情報によっても確認されたという。これに対し、ディーン前知事らの批判派は「ブッシュ政権は13日に得た情報を党大会直後まで待って使った」と批判するのだ。ブッシュ大統領は「テロ情報を出来るだけ早く国民と共有するのが、大統領の責務」と述べ、操作を否定している。テロ情報などの国家機密は、大統領が一手に握るのが普通で、民主党側がこれに対抗するのは不可能に近い。


・ブッシュ陣営の巧妙なカネの使い方

 ブッシュ陣営がもう1つ、有利な立場に立つのが、今後の選挙戦追い込み期間の資金戦略である。選挙法の規定では、党大会以後、候補者が公的資金を使う場合、支出は750万ドル以下に抑えなければならない。ケリー候補はこの規定を受け入れ、すでに公的資金による選挙運動に入った。つまり、党大会から投票日までの3ヶ月間を750万ドルでやりくりすることになる。

 ブッシュ陣営も同じように公的資金750万ドルを使うが、ケリー陣営とは大きく条件が違っている。共和党は党大会を8月30日から9月2日まで、ニューヨークで開催する。この結果、ブッシュ陣営の公的資金を使う期間は2ヶ月間となり、ケリー陣営より1ヶ月短い。それだけ資金を潤沢に使えるわけだ。しかも、党大会前はこれまでどおり献金で集めた資金を自由に使える。連邦選挙管理委員会によれば、ブッシュ陣営は今回の選挙で、2億3,000万ドルの献金を集め、まだ6,400万ドル残っているという。ブッシュ陣営はこの残金を党大会までに使い、党大会以後は公的資金をケリー陣営の1.5倍の割合で使えることになる。

 民主党は今回の党大会を前回より2週間早く開催したが、ブッシュ陣営は逆に前回より1ヵ月遅らせて開催することにした。資金の制約を受ける期間を短くするための戦略だった。ケリー候補は大統領候補指名が確実になったあと、この不利な日程から脱する方法を模索。一時は、党大会で大統領候補の指名を受けても、受諾を先延ばしすることを考えた。しかし、前例もなく、自ら弱い立場を露呈する結果になりかねないという党内の反対が強く、結局不利な状況を甘受することになった。民主党の選挙戦略の失敗である。


・ブッシュの弱点はイラク、経済

 6月の主権返還後、イラク情勢が米メディアのトップ・ニュースになることはすくなくなった。アブグレイブ刑務所の虐待事件の軍事裁判が続いているが、新聞の扱いは小さい。有権者もイラクより、米本土のテロ情報に関心を奪われている。しかし、イラクがブッシュ陣営の弱点であることは変わらない。ケリー陣営は、ブッシュ政権がイラク戦争で国際的信用を失ったと主張、選挙戦の重要なテーマにしている。戦死者も1,000人に近づいている。12万人余りに上る米派遣軍の撤兵の見通しは依然立たない。投票日前に、治安状況が悪化するようなことがあれば、草の根の有権者が民主党に流れることになるだろう。

 ブッシュ政権にとって、もう1つの弱点は経済の動向だ。労働省は8月6日、7月の就業者がわずか3万2,000人の増加に留まったと発表した。エコノミストたちは20万人の増加を予測していた。これで、就業者数は5月、6月、7月と3ヶ月連続して弱い伸びに留まったことになり、米経済が調整期に入ったとの見方も出てきた。ブッシュ大統領は年頭に「過去2回の大幅減税の効果が出て、今年は大規模な就業者数の増加がある」と強調したが、見込み違いに終わりかねない。それは、ケリー候補の「大幅減税で富裕層が豊かになり、中間層以下は職も失って苦しくなる」という主張を勢いづかせることになる。

 投票まで、残るところ3ヶ月たらず、主要テーマはテロ、イラク、経済の3つ。それにカネがからんで選挙戦は展開する。現在の世論調査結果では、ケリー候補がややリードしているが、これが定着するとは思えない。上記3つのテーマのうち、有権者のだれもが関心を持つのはテロである。米本土に危険が迫っていると聞いて、関心を持たないはずはないからだ。ブッシュ大統領が最近しばしば「私は米国の安全を外国に託すようなことはしない」と強調するのは、この有権者の危機感に照準を合わせ、同時に、ケリー候補の国際協調の主張を批判したものだ。ブッシュ陣営が、脅威が高まれば、高まるほど、大統領の立場が有利になると見ていることは間違いない。情報操作の疑いが出るのも頷けるのだ。


掲載、引用の場合は持田直武までご連絡下さい。


持田直武 国際ニュース分析・メインページへ

Copyright (C) 2004 Naotake MOCHIDA, All rights reserved.