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米大統領選、情報操作とメディア
持田直武 国際ニュース分析

2004年9月27日 持田直武

CBSニュースがブッシュ大統領の軍歴報道の誤りを認め、謝罪した。使った資料が偽物だったのだ。制作責任者は、イラクの捕虜虐待事件を暴いた敏腕プロデューサー。資料の入手には、民主党ケリー選対が関係していた事情も表面化した。ケリー選対は防戦に追い込まれ、敏腕プロデューサーは失脚。ブッシュ選対はほくそ笑む。では、偽資料を作ったのは誰か。


・資料は偽物だが、内容は正確

 問題の資料は9月8日、CBSがスクープとして、「イブニング・ニュース」と「60ミニッツ」の2つの番組で取り上げた。内容は、ブッシュ大統領がテキサス州空軍所属の中尉だった1972年の頃、同空軍の上司、ジェリー・キリアン中佐が残した部下の勤務記録やメモが中心。その中には、パイロットだったブッシュ中尉が義務である身体検査を受けなかったことや、同中佐に対して「ブッシュ中尉の扱いに配慮するよう上層部から圧力があった」などの不満が書かれている。

 ブッシュ大統領は当時26歳、68年にエール大学を卒業してテキサス州空軍に入隊し、73年に除隊した。しかし、72年頃は訓練にほとんど参加せず、アラバマ州で共和党の上院議員候補の応援に走り回っていたといわれる。当時、父のブッシュ元大統領はテキサス州選出の下院議員を経て国連大使。その影響力で、息子はベトナム戦争従軍の可能性のない地元の州兵になり、勤務も目こぼしされたと云われた。民主党のケリー候補やゴア前候補が志願してベトナム戦争に参加したのと対照的だ。この問題は、ブッシュ批判の恰好の材料となり、今回のCBSのスクープもブッシュ陣営には痛手と思われた。

 ところが、肝心の資料が偽物だったことがわかる。文章は、72年当時のタイプライターではなく、最近のマイクロソフトのパソコンを使っていること。州空軍の用字では、Groupの略として Gpと打つべきなのに、 Grpと打っていること。ブッシュ中尉の住所が当時は使っていなかった古い住所になっていること、などなど。資料を作ったジェリー・キリアン中佐はすでに退役、84年に亡くなったが、同中佐の秘書として記録やメモ類をタイプしたマリアン・ノックス女史は9月15日、CBSのインタビューに答え、「資料は偽物」だが、「内容は正確だ」と語った。原文を知る立場にある者が偽造したという疑いが出たのだ。


・CBS敏腕プロデューサーとケリー選対の癒着も浮上

 新聞、テレビがこの問題に飛びついたのは言うまでもない。その結果、偽資料の出所は、もう1人のテキサス州兵ビル・バーケット退役中佐と確認できる。この夏、CBSの「60ミニッツ」担当プロデューサー、メアリー・メイプス女史がテキサスに来て、バーケットと会った。そのあと、バーケットは自宅から30キロ余り離れたアビリーンの町のコピー・ショップからファクスで資料を送ったという。CBSは沈黙しているが、バーケットはUSA Today紙のインタビューで、「ケリー選対と話ができるようにCBSが仲介する」という条件で資料を渡したと語った。

 これに対し、ケリー選対のジョー・ロックハート顧問は、CBSのメイプス女史の示唆に従って、放送前「バーケットと話をした」と認めた。そして、その内容を選対責任者のメアリー・カーヒル女史に報告したという。ケリー選対はこれ以上のことを明らかにしていない。しかし、ブッシュ批判の放送が、CBSとバーケット、ケリー選対3者の3角取引の上で実現したことは容易に想像できる。ブッシュ選対のスコット・スタンゼル報道官は「CBSがケリー選対と協力関係を持つなど、あってはならない深刻な事態」と述べ、両者の関係をクリーンにしなければならないと批判した。

 資料を送ったバーケット退役中佐は、1998年までテキサス州兵事務所に勤務、今はテキサスの農場内の自宅に引退している。今年初め頃までは、しばしばマスメディアのインタビューに応じて、ブッシュ政権の批判をすることで知られていた。軍の現役時代、パナマに派遣されて熱病にかかり、後遺症に苦しんだ。しかし、州当局が医療費を十分に支給しなかったとして強い不満を持っていたという。ブッシュ大統領は95年から大統領に当選するまでの6年間、テキサス州知事だったことで、バーケットの恨みの対象になったようだ。


・真の偽造者は誰か?

 だが、バーケットが資料を送ったことは確かでも、それを偽造したかどうかについては疑問が残る。今年初め、バーケットが報道陣のインタビューに答えて「97年春、ブッシュ知事の補佐官が州兵事務所の責任者に電話し、知事の記録を“浄化”するよう指示するのを聞いた」と語ったことがある。そして、「数日後、州兵本部のゴミ箱に数十枚の記録類が捨ててあるのを見た」とも語った。しかし、その後、バーケットはこの書類について、「給与表や成績評価のようなもの」と言い、最近はインターネット上に「2枚の指導記録」と書くなど発言が変わっている。

 当時、ブッシュ大統領は98年の知事再選、さらに2000年の大統領選挙の双方を視野に入れて準備をしていた。一方、マスメディアもこうした同知事の動きに合わせて同知事の欠陥探しを開始。州兵時代の勤務記録は恰好の攻撃対象になりそうだった。知事の補佐官がその“浄化”を指示しても不思議ではない状況があった。だが、その場合、州兵本部のゴミ箱に無造作に捨てることはあり得ないのではないか。こんな理由から、バーケットは偽造書類をCBSにファクスで送る役割だけを担わされたのではないかという見方が出た。

 では、真の偽造者は誰か、という疑問が残る。CBSが放送に使った偽資料は当時の関係者が見れば、怪しいとわかる杜撰なものだった。しかし、内容は正しいという。となると、正確な内容を知る立場にある者が、関係者が見れば偽物とわかるように偽造したと思うしかない。放送後、まずインターネットで偽造という指摘が流れ、メディアが一斉に飛びついたことも注目しなければならない。偽造者は、放送という目的を達成したあと、次の目的、偽造を暴露するために、匿名が確保できるインターネットを使ってメディアを動かしたと考えられるのだ。


・一連の騒動で利益を得たのは誰か

 CBSは偽造資料を使って放送したことを謝罪、経緯と責任を明確にする方針を明らかにした。そうなれば、「60ミニッツ」の責任者のメイプス女史がこれまで通りの地位を維持するのは難しくなる。同女史は、イラクのアブ・グレイブ刑務所の虐待事件を発掘し、ブッシュ政権を揺さぶった敏腕プロデューサー。また、過去30年以上にわたってCBSのアンカーマンだったダン・ラザーも責任をとって引退するだろうという。2人とも、米ニュース界のリベラル派ジャーナリストとして、ブッシュ陣営には煙たい存在だった。

 問題の1972年は、ニクソン大統領が再選を控え、民主党選対本部の盗聴を企てたウオーターゲート事件の年である。同大統領は当時民主党の地盤だった南部切り崩しを目指し、民主党を脱退したアラバマ州のウオーレス知事との連携を強めていた。テキサス州選出下院議員の息子ブッシュ中尉が州兵の勤務をさぼってアラバマ州の共和党上院議員候補の応援に走り回ったのも、こんな経緯と無関係ではない。

 ニクソン大統領はその後、父ブッシュを共和党全国委員長に推薦、CIA長官から副大統領、大統領へと進む手助けをした。この関係で、ブッシュ父子の周辺には共和党全国委員会の選挙専門家や、CIAの情報専門家が多い。今回の偽資料の問題もこの面と、この一連の手の込んだ展開の結果、誰がもっとも利益を得ることになったかを考えることが肝要だと思う。投票日まで残すところ1ヶ月余り、ブッシュ大統領を悩ませたテキサス州兵時代の勤務問題もこれで報道の表面から消える可能性が強まった。偽資料が問題そのものに水を差し、消してしまったからだ。


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