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イラク内戦の恐れが強まる
持田直武 国際ニュース分析

2005年10月10日 持田直武

イラク憲法は10月15日の国民投票で承認される見通しが強まった。しかし、それが秩序回復につながるという見方は少ない。新憲法が石油資源の配分などの面で、シーア派、クルド族に有利だとして、スンニ派が不満をつのらせることは確実だからだ。同派武装勢力と外国人テロ・グループが活動を激化し、シーア派、クルド族と内戦になる恐れが強まっている。


・米駐留軍幹部も危機感を隠さず

 イラク駐留米軍のケーシー司令官は9月29日、米議会上下両院で証言し、イラク憲法は10月15日の国民投票で、承認されるとの見通しを示した。米軍がイラク全土の情勢分析をした結果だという。憲法はイラク18州のうち、3州が3分の2の多数で否決すれば、成立しない。憲法反対のスンニ派住民が多い州は中部の3州だが、現時点で否決が確実なのは、アンバル州など2州だけ。この結果、18州のうち16州の賛成で、憲法は承認される見通しだという。

 しかし、スンニ派指導者はこの1州も否決に持ち込むため、投票日に向けて住民の狩り出しを進めている。スンニ派がこの狩り出しに成功すれば、憲法は否決ということになる。9月29日付けのニューヨーク・タイムズ(電子版)は複数の米軍関係者が「そうなれば、イラクは無政府状態に陥る」と語ったと伝えている。ケーシー司令官も上院での証言で、「我々は、憲法が国家統合の役割を果たすと考えるが、イラクでは違う」と述べ、憲法がイラクを分裂させる原因になるとの見方を示した。

 ブッシュ政権は、04年6月の主権委譲、05年1月の国民議会選挙などの民主化プロセスを進め、民主化と秩序の回復を強調した。しかし、今回の国民投票では、憲法が否決、承認のいずれになっても、混乱は拡大するという悲観的な見通しが強い。否決されれば、無政府状態。承認されても、内容に不満なスンニ派はおさまらず、同派武装勢力とテロ・グループが活動を激化。これに対し、シーア派とクルド族が自派の支配地域に立てこもって対立。イラクは分裂と内戦に向かうとの恐れが強まっている。


・サウジアラビア外相も内戦の警告

 サウジアラビアのサウド外相も9月22日、ワシントンの記者会見で、こうした悲観的見解を明らかにした。23日のニューヨーク・タイムズ(電子版)によれば、同外相は「イラクが分裂と内戦に向かい、外国の介入の恐れもある」と述べたうえで、「今のイラクには国家を結束させる求心力がなく、すべての力が分裂に向かって動いている」と語った。また、同外相は分裂に向かう最大の要因として、「フセイン政権を支えたスンニ派のバース党員全員を犯罪者扱いしていることだ」と述べ、ブッシュ政権のイラク政策に根本的な問題があるとの見解を示した。

 サウド外相はまた、ワシントン滞在中にライス国務長官はじめブッシュ政権幹部と会談、危機を警告したが、彼らは「1月の総選挙は成功だった。次の国民投票も順調に進んでいる」と自讃するばかりだったと批判。そして、「イラク国内を結束させる何らかの手を打たなければ、イラクは分裂し、外国が介入する」と述べた。同外相はこの介入の動きとして、クルド族が独立を宣言すれば、トルコが軍隊を派遣するとかねてから公言していることや、イランが最近南部のシーア派に資金援助をして関係強化をはかっている、などの例を挙げた。

 また、国際危機への提言で知られるICG(インターナショナル・クライシス・グループ)も9月26日、憲法が各派を離間させ、武装勢力に付け入る隙を与え、分裂の危機を高めているという報告書を公表した。そして、今年6月―7月、スンニ派を憲法制定委員会に加えながら、同派に十分な発言の機会を与えなかったと指摘。この背景には、ブッシュ政権が相当数の駐留米軍を06年の中間選挙前に撤退させようとして、憲法起草を規定の8月15日までに無理やり終らせたことが影響したと批判した。この結果、スンニ派は憲法が施行されれば、シーア派とクルド族の自治化が進み、スンニ派は石油資源の配分や、予算配分などで極めて不利になると恐れているという。


・ブッシュ大統領は9・11モードから抜け出せず

 ICGはまた、10月15日の国民投票で、スンニ派が全力をあげて反対票を投じても、憲法は承認される可能性が高いと分析。その場合、スンニ派の不満はたかまり、最悪の場合、分裂に向かうと見ている。そして、そんな事態を避けるために、ブッシュ政権が緊急に取るべき手段として、次の3項目の提言をしている。

1、ブッシュ政権が国民投票前3派を招いて交渉する。そして、憲法が承認されたあと、スンニ派の不利な立場を解消するため憲法改正、あるいは法改正をする。
2、州を合併する場合、4州以下に限定する。こうして、シーア派が自派住民の多い州をすべて合併するのを防ぎ、スンニ派の懸念を解消する。
3、過去バース党員だったことを理由に公職、あるいは管理部門の職位から排除するのを禁止する。

 ブッシュ政権がこの提言のような対策を試みているか、どうか表面に現れた動きはない。ブッシュ大統領は10月6日、「テロ戦争の主要演説」で、これまで通り、「イラクを同戦争の最前線」と位置づけ、イラクでの戦いが米国へのテロを防いでいると強調した。サウド外相や、ICGはイラク国内各派の軋轢が分裂と内戦を引き起こすと危惧しているが、ブッシュ大統領の眼がそこに向いているとは思えない演説だった。

 ニューヨークでは、同じ10月6日、地下鉄がテロの攻撃を受けるという「確度の高い情報」があったとして、市長が地下鉄の運行を大規模に制限、市民は足を奪われた。ブッシュ大統領にとって恰好の話題となっても不思議ではなかったが、大統領は演説で一言も触れなかった。ニューヨーク・タイムズは翌7日の社説で「大統領は今の現実を避け、9・11事件が起きた01年に生きようと必死にしがみついているようだ」と皮肉を込めて書いた。


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