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窮地に立ったブッシュ大統領
持田直武 国際ニュース分析

2005年11月14日 持田直武

イラク戦争の大義、大量破壊兵器の問題が法廷の場に出る。被告はチェイニー副大統領の主席補佐官リビー氏。容疑は、同氏がCIA秘密工作員の身元を漏洩したことだが、背景には、同兵器をめぐる副大統領とCIAの確執がある。公判では、副大統領が漏洩を指示したのか、ブッシュ大統領もかかわったのかが焦点。裁判の展開が、ブッシュ大統領をさらに追い詰めることになりかねない。


・リビー氏はあえて裁判で争う道を選択

 米連邦大陪審は10月28日、リビー主席補佐官を次のような罪状で起訴した。
1)司法妨害。(CIA秘密工作員の身元情報を得た経緯と、その情報を記者たちに漏洩したことについて、大陪審を誤解させ、裁判を妨害した。)
2)虚偽の供述。(FBI捜査官に対し虚偽の供述をした。2件)
3)虚偽の証言。(大陪審で宣誓したあと、虚偽の証言をした。2件)

 リビー氏は起訴後の罪状認否で、上記のすべてについて無罪を主張した。もし、有罪を認めれば、裁判官が量刑を決め、結審となったはずだった。その場合、懲役5年程度というのが、司法関係者の見方だった。リビー氏はそれを拒否し、裁判で争う選択をした。この結果、同氏が漏洩をした背景にメスが入り、多数のブッシュ政権幹部が証言を求められる可能性が出てきた。同政権には好ましくない展開になる可能性もある。

 弁護士で作家のアラン・トポル氏は11月4日のワシントン・タイムズ紙に寄稿、裁判の成り行きを次のように予想した。
1)リビー氏の単独犯行。CIAがイラク戦争で、ブッシュ政権に非協力的だったことの報復として、同氏が自分の判断で工作員の身元情報を記者に漏らしたと一貫して主張し、上司のチェイニー副大統領など政権幹部のかかわりを否定するケース。
2)漏洩の共謀罪成立。リビー氏がチェイニー副大統領、または他の政権幹部と相談の上、漏洩したことが証明され、関係者は共謀罪になるケース。
3)ブッシュ大統領の関与。共謀に大統領も加わったことが判明するケース。

 上記のいずれの展開になるにせよ、リビー氏の証言が鍵になる。同氏はブッシュ大統領と同じエール大学出身の弁護士で55歳。同政権成立と同時に副大統領首席補佐官に就任した。夫人も弁護士で、民主党の議会スタッフだったが、夫の政権入りを機に引退した。夫の公務員給与は年収15万7,000ドル。大幅な減収だった。将来に賭けて政権入りし、当面の減収に耐えたが、有罪になれば、将来もない。そんな同氏の立場が、裁判にどう現れるかも関心の的になった。


・火元はチェイニー副大統領の可能性

 リビー氏がCIA秘密工作員の身元を漏洩した背景には、チェイニー副大統領とCIAの確執がある。同副大統領は、ブッシュ(父)政権の国防長官として91年の湾岸戦争を指揮、当時からフセイン政権の打倒を主張した。リビー氏を主席補佐官に抜擢したのも、同氏がラムズフェルド国防長官や、ライス国務長官などと同様、早くからフセイン政権打倒を主張していたからだ。倒す理由は、同政権が核兵器などの大量破壊兵器を開発し、それをアルカイダはじめイスラム過激派テロ組織に渡す恐れがあるということだった。

 01年の9・11事件後、ブッシュ政権内では、チェイニー副大統領ら強硬派がイラク攻撃の主張を強めた。攻撃を正当化する根拠の1つが、フセイン政権がニジェールから核兵器用の加工ウラニウムを購入したという情報だった。しかし、CIA内にはこれを疑問とする見方があった。そこで、CIAはこの情報確認のため、ウイルソン元ガボン大使を密かにニジェールに派遣。同元大使は事実無根という報告をする。CIAは、これをホワイトハウスに伝えるが、ホワイトハウスはこれを無視。ブッシュ政権幹部はその後もこのウラニウム情報をしばしば引用し、03年1月には、ブッシュ大統領が年頭教書に引用して、3月の開戦の根拠の1つとした。

 ウイルソン元大使が不満だったことは間違いない。03年5月、ニューヨーク・タイムズのコラムニスト、クリストフ氏が、元大使の名前を出さなかったものの、CIAがニジェールに密使を派遣したという記事を書き、CIAがフセイン政権のウラニウム購入に疑問を持っていたことを匂わせた。リビー氏はただちに国務省のグロスマン次官に対し、CIAの密使が誰かを問い合わせる。ウイルソン元大使であることを示す答が届いたのが6月12日。起訴状によれば、チェイニー副大統領はその同じ日、同元大使の夫人プレイム女史がCIAの現役の秘密工作員であるとリビー氏に伝えたという。CIA秘密工作員がここで初めて出てくる。


・ウイルソン元大使の口封じをねらう

 当時、米英軍の懸命な捜索にもかかわらず、大量破壊兵器を発見できないことが問題になり始めていた。ウイルソン元大使が新聞やテレビに登場する機会が多くなる。6月19日には、リベラル系の雑誌、ニュー・リパブリック(電子版)が同元大使の発言を引用、ブッシュ政権がイラク戦争開始のため情報をゆがめたと報道。次いで7月6日、今度はウイルソン元大使自身がニューヨーク・タイムズに寄稿、ブッシュ政権が脅威を誇張するために情報をゆがめ、イラク戦争を始めたと批判する。

 起訴状によれば、リビー氏は、この寄稿文が出た翌日、ホワイトハウスのフライシャー報道官と昼食をともにし、ウイルソン元大使の立場を貶める工作を依頼した。また、12日には、ニューヨーク・タイムズ紙、タイム誌の記者と次々に会って、元大使の夫人がCIAの秘密工作員であることを漏らした。しかし、最初にこれを報じたのは、コラムニストのノバク氏が14日に各地の契約紙に流したコラムの記事だった。同氏はリビー氏以外の情報源から情報を得たと見られているが、起訴状はこれについて何も触れていない。特別検察官の捜査はまだ終っていないので、この面であらたな展開の可能性も残されている。

 リビー氏がウイルソン元大使夫人の身元を漏らした目的が元大使の口封じにあったことは間違いない。問題はそれを自分だけの考えで実行したのか、それとも誰かと共謀したのかである。起訴状はその点についてはまったく触れていない。しかし、問題の背景にチェイニー副大統領をはじめとするイラク強硬派とCIAの確執があったことを考えれば、リビー氏が単独で情報漏洩を実行したと考えるのは不自然。強硬派の誰かと共謀のうえで実行したと考えるほうが納得できる。チェイニー副大統領が関与した可能性も捨てきれない。


・ 大統領は漏洩に関与したのか

 その共謀に関連して、特別検察官が追求しているもう1人の大物が大統領主席補佐官代理のローブ氏である。ブッシュ大統領の側近中の側近、副大統領主席補佐官のリビー氏とともにイラク戦争推進派の1人。漏洩問題でも、これまでに4回、連邦大陪審に召喚され、宣誓の上証言した。リビー氏とローブ氏のどちらが起訴されてもおかしくないと言われていたが、特別検察官はリビー氏だけを起訴、ローブ氏についての判断を先送りした。もし、起訴すれば、裁判で、追求の矛先がブッシュ大統領の足元に迫るのは確実となる。

 当然のことだが、ブッシュ大統領の漏洩問題について発言は慎重をきわめている。そして、早くから手を打っていた節もある。03年7月、漏洩問題が表面化し、司法省が特別検察官を任命する直前の03年9月29日、ホワイトハウスのマックレラン報道官は記者団に「ローブ主席補佐官代理の関与の可能性」について聞かれ、「大統領は同氏が漏洩源でないことを知っている」と答えた。記者団が「どのようにして、大統領はそれを知ったのか」と追求すると、同報道官は「大統領と補佐官の会話の内容に立ち入ることはできない」と逃げた。しかし、同報道官の発言は、ブッシュ大統領がすでにその時点で、漏洩問題について詳しい知識を持っていたことを裏付けた。

 特別検察官の捜査はまだ進行中で、裁判が始まるのは来年になる。起訴が、リビー氏1人で終るのか、さらに何人か起訴されるのか、それによって裁判の成り行きも変わってくる。大統領、あるいは副大統領が漏洩に関与したことが明らかになれば、議会による弾劾裁判になる。関与の可能性が高いと言われるチェイニー副大統領は、そんな成り行きになった場合、辞任するという見方もある。世論調査機関Ipsosが11月7日から2日間にわたって実施した調査によれば、10人中6人がブッシュ大統領は正直ではないと考えているという結果が出た。漏洩問題の背景が明らかになるにつれ、イラク戦争の大義が砂上の楼閣であり、ブッシュ政権内の強硬派が策を弄して作り上げた可能性が見えたからだ。


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