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米朝関係、偽ドル札疑惑で緊張
持田直武 国際ニュース分析

2005年12月26日 持田直武

ブッシュ政権が北朝鮮に対する締め付けを強めている。9月中旬、マカオの銀行が北朝鮮の資金洗浄に使われているとして制裁。10月初旬には、北朝鮮製の偽ドル札の流通に一役買ったとして、アイルランド労働党党首を英政府に依頼して逮捕。バーシュボー韓国駐在大使など政権幹部が北朝鮮を「犯罪政権」、「長続きしない」などと非難。金正日政権の本丸に攻撃を加え始めた。


・金正日総書記の金づるを直撃か

 偽ドルはこれまでにも摘発されていた。だが、それが今年は1,000万ドルにもなったという。米ブッシュ政権は、その製造元を北朝鮮と断定した。そして9月15日、マカオの銀行、バンコ・デルタ・アジアが違法資金の洗浄(マネー・ロンダリング)をしたとして、金融制裁を実施。米の銀行に対して取引中止を要求、中国はじめ関係国にもこれに留意するよう通告した。「同行が北朝鮮政府や、政府系企業に金融サービスを提供、偽ドル紙幣の流通や、麻薬取引の資金洗浄を助けた」という理由だ。

 デルタ・アジア銀行は当初、この措置を無視した。しかし、米はじめ各国の銀行が次々と取引を停止して資金を引き揚げ、朝鮮日報によれば、2日間で資本金の10%の預金を引き揚げた。これに危機感を持った同行は、北朝鮮関係の取引を中断。一方、マカオ特別行政区当局も「犯罪の疑いを調査する必要がある」との理由で、北朝鮮関連の口座の凍結を指示した。同日報によれば、中国政府も、米側が示した証拠を見て、対応措置を取ったようだという。

 北朝鮮政府や関連企業はマカオの複数の銀行に口座を開設しており、2000年6月の歴史的首脳会談直前、金大中政権が北朝鮮に4億5,000万ドルの送金をした時には、これら銀行の1つ、大聖銀行の北朝鮮口座が振り込み先に使われた。今回、制裁の対象にあげられたデルタ・アジア銀行にも、朝鮮日報によれば、約4,600万ドルの北朝鮮関係者の預金があり、労働党の要員約20人が回収のため派遣されたという。制裁が金正日政権の金蔓を直撃するものだったことは間違いない。  ブッシュ政権はこの金融制裁と並行して、10月21日には、北朝鮮の企業8社が大量破壊兵器の拡散に関与していると認定。8社の米国内の資産を凍結、米企業が8社と取り引きすることも禁止した。同政権はこれまでに北朝鮮企業3社に対しても同じ措置を取っており、これで最近制裁された北朝鮮企業は11社になった。9月の6カ国協議で、朝鮮半島非核化に向けた共同声明を発表、協議に弾みがつくかにみえたが、その雰囲気はこれで一気に吹き飛ぶことになる。北朝鮮の労働新聞は12月6日の社説で「米の挑発的な制裁の結果、6カ国協議の開催は不可能になった」と伝え、同協議のボイコットを示唆する。


・偽ドル札流通の大物逮捕も米の強気の背景

 米の強硬姿勢の、もう1つの背景は、偽ドル流通に一役買った疑いのある大物、アイルランド労働党のショーン・ガーランド党首(71)の逮捕。反英闘争の闘士として、IRA(アイルランド共和軍)やOIRA(正統アイルランド共和軍)の武装闘争を指導、5年前からマルクス主義を掲げるアイルランド労働党の党首。同党首が10月7日、北アイルランドのベルファストに入ったところを、ブッシュ政権の要請を受けた英警察が逮捕した。市内のホテルで開かれた党大会で基調演説をする予定だった。

 ガーランド党首が偽ドル疑惑に関与しているとの情報は早くからあり、米連邦大陪審は5月、同党首欠席のまま起訴。ブッシュ政権は5月19日に逮捕状を出し、英政府はじめ関係国に逮捕を要請した。米司法省によれば、罪状は「1997年から2000年にかけてモスクワ、ワルシャワなどで100万ドルを超える偽造100ドル紙幣を北朝鮮関係者から受け取り、英国内やEU諸国で流通させた」という。これに対し、同党首は「米の誹謗、中傷」として罪状を全面否定。逮捕後、病気治療を理由に保釈されたあと、裁判所への出頭命令にも応じていない。

 米司法省は12月16日、ワシントンで日本、韓国、中国、EUなど40カ国の代表を招き、偽ドル疑惑の根拠について秘密の説明会を開いた。韓国の中央日報によれば、米側は偽造紙幣の実物を示し、北朝鮮が政府次元で偽札を作った根拠として「精密紙幣印刷機、見る角度によって色が変わる視変色インクなどを日本、フランス、スイスから購入したが、これらは国家を対象にしか販売されない。しかし、北朝鮮は自国紙幣をこれで印刷した形跡はない」として、偽造が北朝鮮国内で行なわれたと説明した。そして、これまでに摘発した偽ドル札は、額面で5千万ドルを超え、実際に作ったのはこの何倍にも達すると見られるという。


・狙いは金正日政権の本丸だが

 ブッシュ政権は北朝鮮に対するこれら一連の措置を取る一方で、政権幹部が金正日政権非難の調子を高めている。ブッシュ大統領は12月12日の演説で、「北朝鮮は核保有を宣言する一方で、偽ドル札を製造、国民を飢えに追い込んでいる」と非難。また、バーシュボー韓国駐在大使は今月7日、ソウルの記者クラブの講演で、偽ドル問題を取り上げ、金正日政権を「犯罪政権」と非難した。一方、ジョセフ国務次官も9日バージニア大学で行なった演説で、「金正日政権がいつまで続くかは、韓国、中国などからの支援にかかっている」として、「同政権は長続きしない」と述べた。

 この一連の言動に対し、韓国では懸念を示す向きが多い。盧武鉉大統領は11月18日慶州でブッシュ大統領と会談した際、金融制裁が6カ国協議に悪影響を与える懸念を表明した。しかし、ブッシュ大統領は「これは犯罪であり、6カ国協議とは関係ない」と取り合わなかったという。また、魏聖洛駐米公使も12月12日、デトラニ朝鮮半島担当大使を訪ね、米政権幹部の一連の発言に憂慮を伝えた。しかし、ゼーリック副国務長官は20日、訪米した鄭東泳統一相に対し、「韓国の北朝鮮支援は核問題の解決に役立たない」と不満を表明、支援縮小を要求した。ブッシュ政権の北朝鮮締め付け戦略に、韓国の同調を求めたのだ。

 偽ドル疑惑は、米がガーランド党首の身柄を確保すれば、裁判開始。有罪か無罪か決まる。ブッシュ政権は有罪の判決を後ろ盾にして、北朝鮮の本丸に迫る計画なのは間違いない。米が公表した内容が事実なら、ガーランド党首の有罪は確実。金正日政権の責任は重い。しかし、裁判で無罪となれば、ブッシュ政権の目論見は根底から崩れる。上記12月16日の米司法省の説明の際、中国代表は疑惑についての米情報の信憑性に疑問を提起したという。イラクで判明した米情報機関の頼りなさもあり、無罪の場合ブッシュ政権は再度汚点にまみれかねない。同政権内の強硬派が無二の武器と見る偽ドル疑惑もまだ賭けの面を残している。


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