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インターネットが動かした中国の反日デモ
持田直武 国際ニュース分析

2005年4月25日 持田直武

発端はインターネット上で始まった反日署名運動だった。それが、デモと日本商品不買運動に発展。政府報道官がこれを肯定的にコメント、運動はさらに盛り上がり、デモ隊は日本大使館や総領事館を襲った。政府が中止命令を出したが、これで終わるか、どうかはわからない。ただ、中国が日本の安保理常任理事国入りの阻止に動くことはわかった。


・アナン事務総長の安保理拡大提案が反日の引き金

 国連のアナン事務総長が国連安保理の拡大提案をしたのが3月20日。その直後からインターネットのポータルサイトが署名運動を開始。まもなく、広東省、湖南省、河南省、それに重慶市などで、市民や学生が街頭に出て大規模な署名運動を始めたと、地方紙が報道した。スローガンは、「日本の常任理事国入りの阻止」と「教科書の歴史歪曲の抗議」である。新聞各紙が連日、この動きを取り上げるようになり、3月29日には、インターネットの署名だけで1,000万人を超えたと伝えた。

 この動きに対し、中国外務省の劉建超報道官は29日の定例記者会見で、「日本は歴史問題で責任ある態度を示さなければならない。中国人は日本の軍国主義者によって3,000万人が殺戮に遭った」と述べ、運動を肯定する姿勢を示した。また、共産党機関紙人民日報傘下の環球時報は「日本は侵略の歴史を否定し、逆に戦争の被害者のように振る舞っている。このような国がどうしてアジアの代表になれるのか」と主張、外務省報道官の発言と歩調を合わせた。こうした政府関係者の言動が、運動に対して政府のお墨付きを与える効果を持つことになった。

 署名運動とほぼ時を同じくして、日本製品の不買運動も始まる。中国の小売業者やスーパーマーケットの団体が不買運動のための組織を結成、インターネットで同業者に呼びかけた。不買の対象になったのは、アサヒビール、味の素、三菱重工などの複数の日本製品。不買の理由は、「これらの企業の関係者が『新しい歴史教科書をつくる会』を支援し、歴史の改ざんに協力している」というのだ。スーパーや商店の中には、呼びかけに応じて、これら企業の商品を店頭から撤去した店もあったという。


・政府は新聞、テレビを規制、インターネットは放任

 署名と不買の動きは4月に入って、週末ごとの街頭デモに発展する。2日(土)と3日(日)の両日、四川省成都市、広東省深セン市などで、群集が「打倒日本」、「安保理常任理事国入り反対」などのスローガンを掲げてデモ行進。成都市では、日系スーパー、イトーヨーカ堂の窓ガラスが割られる被害が出た。深センでも、デモ隊の一部が日系企業の看板を壊した。重慶の日本総領事館は事件の再発防止と警備の徹底を四川省政府に申し入れたが、中国の新聞、テレビはこうしたデモやスーパーの被害を一切報道しなかった。しかし、インターネットは写真入りでデモの様子を伝え、ポータルサイトには、反日スローガンともにデモを呼びかける書き込みが増えた。

 翌週の9日(土)、10日(日)の週末、デモはさらに拡大。北京では、日本大使館や日系企業、料理店を襲い、石やペットボトルを投げ、一部は暴徒化。また、次の週末の16、17日には、上海総領事館が襲われた。新聞やテレビはこのデモも報道しなかったが、インターネットでは、デモの様子が流され、15日には中国全土21箇所の都市を指定して、あらたなデモを呼びかけるメッセージが流れた。日本大使館を襲ったデモのあと、中国外務省の秦剛副報道官が「日本が歴史問題について間違った態度を取っていることが原因」とデモを擁護したことが、上海のデモ隊を大胆にしたことは明らかだった。警官隊も出動したが、デモ隊の投石を黙って見守るだけだった。

 中国政府がデモ規制に転じるのは、上海のデモのあと、19日からである。中国共産党が党、政府、軍の幹部の会議を開き、李肇星外相が日中関係について情勢報告を行なったあと、「無許可のデモに参加して社会の安定を乱してはならない」と指示した。このあと、公安省は21日、「インターネットや携帯電話のメールを使って、デモを組織し、デモの情報を流すことを禁止、違反した場合は処罰する」と発表した。また、共産党中央宣伝部と外務省も21日、北京市の22の大学関係者を招集して、デモの禁止を指示した。しかし、インターネットでは、5月4日の「五四運動」記念日など、反日運動の記念日にデモを組織する動きがすでに浸透しているため、当局の規制がどれだけ効果を上げるか疑うむきもある。


・中国指導部が恐れるインターネットの動員力

 今回の反日運動では、中国政府はインターネットの動員力を意図的に利用した。中国のインターネット利用者は1億人余りで、米国に次いで世界2位。その70%は都市部に住む30歳以下の若者たちである。この層は、日本との経済関係の深化にともなって、不満も多い。今回もインターネットを活用し、署名運動や街頭デモに参加する中心になった。政府が今回、彼らの動きを放任したのは、それを利用して、日本の安保理理事国入りの阻止の立場を固めるためだったと見てよいだろう。

 しかし、デモが拡大すれば、攻撃の対象は日本だけでは収まらないことになる。18日のニューズウイーク(電子版)によれば、胡錦涛国家主席は9日、日本大使館がデモ隊の攻撃を受けたあと、共産党政治局常務委員会を緊急招集、「混乱の拡大は反体制派に不満を表明する口実を与える」と述べ、1989年政府と学生など反体制派が対決した天安門事件の再来を招くとの警戒心を表明したという。経済は資本主義、政治は共産党の一党独裁という現在の体制下、農村と都市部の経済格差や言論の自由のない不満など中国の問題は多い。デモが拡大すれば、それら不満のどれかが噴き出す恐れが常にあると言っても過言ではない。今回の反日デモでも、中国政府は都市部のデモを利用する一方で、その拡大を強く警戒する、危険な綱渡りをしていることがわかる。

 反日運動が最高潮に達した14日、米ハーバード大学、カナダのトロント大学、英国のケンブリッジ大学の3大学が「中国政府のインターネット検閲能力」という共同研究を発表、中国政府の検閲能力は世界の最高レベルだと評価した。中国がインターネットというあたらしい情報伝達手段を統制する、新手段を早くも備えたということだろう。当面、5月4日の「五四運動記念日」、6月4日の「天安門事件記念日」、インターネット上にどのような動きが起きるかを注目しなければならない。


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