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テロ戦争の新局面
持田直武 国際ニュース分析

2005年7月18日 持田直武

同時多発テロがロンドンに飛び火した。次は、イタリア、あるいはデンマークという推測もある。いずれもイラク派兵国だ。イラクのテロ勢力がヨーロッパに第二戦線を開いたことは間違いない。その狙いは、派兵国の世論を揺さぶり、米国を孤立させることにある。イラク派兵国、日本にとって対岸の火事ではない。


・イラクとアフガニスタン派兵に対する報復

 7月7日同時多発テロが起きたあと、「ヨーロッパ・アルカイダ秘密兄弟会」と名乗るグループがインターネットに犯行声明を掲載した。「攻撃は、英軍がイラクとアフガニスタンで行なっている虐殺に対する回答」という内容だった。イラクに駐留する英軍は現在8,500人。03年3月の開戦以来、英軍は米軍とともに、イラク戦争推進の中心的存在だった。しかし、最近派兵反対の世論が高まり、ブレア首相は5月の総選挙で議席を大幅に失った。テロはその世論に付け入ろうとしたものだ。

 また、このロンドンへの攻撃は、英と同じ立場に立つヨーロッパのほかの派兵国、イタリア、デンマークなどの危機感を高めたことも間違いない。実は、アルカイダがこれら諸国を攻撃するとの情報はかなり前から流れていた。ノルウエーの情報機関が03年12月、アルカイダ・グループの活動計画をインターネット上で発見。その分析から、彼らが次の攻撃目標として、イギリス、スペイン、ポーランドなど、ヨーロッパのイラク派兵国を狙っていることを突き止めた。これら諸国の派兵反対の世論を刺激し、米を孤立させるのが目標である。

 スペインで04年3月に起きた列車テロはこの計画を実行した最初の例だった。事件3日後が総選挙の投票日。テロで派兵反対の世論は勢いを増し、撤兵を公約に掲げた野党が勝った。そして、新政権は米の反対を押し切って、撤退を実施する。その動きに歩調を合わせて、オランダやポーランド、ウクライナ、ルーマニア、ブルガリアなども次々に撤退決定、ないし意向を表明した。派兵維持の主要国は、英国(8,500人)、イタリア(3,000人)、デンマーク(510人)となった。その英国が今回、襲われ、イタリアなど、ほかの派兵国に危機感が及ぶことになる。


・イラクの状況がテロを生む原点に

 アルカイダ系の組織が今回のロンドンのテロを起こしたことは間違いないが、ビン・ラディンが、これに関わったとの見方は少ない。米CIAのゴス長官は6月27付けのタイム誌のインタビューで、ビン・ラディンがアフガニスタンに近いパキスタン領内に潜伏していることを示唆。彼を崇拝する雰囲気がパキスタン国内に根強いため、米が直接行動を起こすことはできないが、ビン・ラディンも活動できない状態にあるとの見方を示した。イラクでは、ザルカウイをリーダーとする「アルカイダ・メソポタミヤ」、ヨーロッパでは、今回のロンドン・テロの犯行声明を出した「ヨーロッパ・アルカイダ秘密兄弟会」などが名乗りをあげているが、これらのグループを動かしているのは、もはやビン・ラディンではなく、イラクの現状が彼らを動かす直接の要因になっているとみられるのだ。

 イラク戦争に反対して閣外に去った英国のクック前外相は7月15日のガーディアン紙への寄稿文で、米ブッシュ政権のイラク政策を批判。「米軍がイラクで武装勢力を殺せば、その何倍もの武装勢力があらたに生まれる」と述べ、米軍の作戦は武装勢力の殺害を優先し、イラク市民の保護を軽視していると非難した。イラク保健省の統計によれば、武装勢力のテロで死ぬ市民の数より、米軍の作戦の巻き添えで死ぬ市民のほうが2倍も多いという。また、捕虜虐待で有名になったアブグレイブ収容所は、今フセイン政権時代よりはるかに多いイラク人を収容している。クック前外相は、こうしたイラクの現状がテロを生む原点になっていると強調している。

 ロンドンのテロでは、実行犯の4人が英国籍のイスラム系住民であることが分かって、英国民にショックを与えた。彼らは英国籍になっても、差別され、英国人扱いされないという不満を抱えていた。英国のイスラム系住民は人口の2.7%、約160万人もいる。ヨーロッパ全体では、1,200万人、季節労働者などの移動人口を加えると2,000万人にも上るという。その中には、不満を抱える若者も多い。これがテロリストを生む母体になることは、01年の米9・11事件の犯行グループがドイツに拠点を置いて仲間を増やした例が示している。イラクの現状は、彼らを過激な行動に走らせる、あらたな動機になっていると見てよいだろう。


・ブッシュ政権のテロ戦争の底の浅さ

 米英両国が06年前半にイラク駐留軍を現在の3分の1に削減する計画を検討していることはすでに知られている。ブッシュ政権は、イラク治安部隊が任務を遂行できるようになるまで、米軍は駐留を続けると主張、撤退の期限を決めるべきだという民主党の要求を拒否してきた。しかし、実際には、英国と密かに撤退計画を練っている。06年11月の中間選挙前、米国民に対してイラクからの出口を示す必要があるからだ。イタリアのベルルスコーニ首相も7月14日、05年9月から撤退を始める計画だと述べた。アジアの派兵国、日本と韓国はまだこの件については沈黙しているが、欧米諸国が削減に踏み切れば、同様の措置を取ることになるだろう。

 7月12日のガーディアンは、米英がイラクから撤兵すれば、それはテロ勢力にとって最も手痛い打撃となるだろうという論評を掲載した。欧米に対し、イスラムの敵意を醸成する源が無くなると見るからだ。しかし、ブッシュ政権が兵力削減をするのは、テロ勢力の動きを勘案した結果でもなければ、イラク治安部隊が自力で秩序を維持できる見込みが立ったからでもない。ただ、中間選挙に勝つためだ。ラムズフェルド国防長官は6月、イラクの治安が安定するには、今後10年はかかると発言した。今になってみれば、これは米軍が撤退し、イラク治安部隊が武装勢力の鎮圧にあたることを想定しての発言だったのだろう。大量破壊兵器のニセ情報で戦争を始め、中間選挙を意識して撤兵、あとはイラク人に丸投げ、と批判されても仕方がない。

 カリフォルニア大学バークレー校の国際問題研究所フェロー、ザカリー・ショー氏は7月16日のニューヨーク・タイムズに寄稿した論文で、「テロ戦争はイデオロギー戦争だ」と断じ、「イデオロギー面で攻勢をかけるべきだ」と論じている。冷戦もイデオロギー戦争だったが、米国は1人の共産軍兵士も殺さずに、共産主義に勝った。共産圏の市民が共産主義イデオロギーを拒否したからだった。

 テロ戦争も同じで、テロリストを何人殺しても、あらたなテロリストが次々に生まれ、テロはなくならない。これに勝つには、テロの論理をイスラム系市民が拒否することが不可欠である。そのためには、西側が冷戦の時とおなじように、自分たちのイデオロギーに強い信念を持ち、確信をもって相手に示す必要があり、そのための努力を重ねなければならないという。この観点から見れば、現在、西側諸国が行なっているのは、まさにテロリストの再生産に役立つことだけだ、と言える。


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