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6カ国協議の混迷続く
持田直武 国際ニュース分析

2005年9月25日 持田直武

北朝鮮が、核放棄は米の軽水炉提供のあとと主張、調印したばかりの共同声明に冷や水をかけた。軽水炉は建設に30億ドル、10年の歳月が必要。北朝鮮がこの主張に固執すれば、協議のさらなる混迷は必至。ブッシュ大統領は、クリントン前政権が軽水炉提供を約束したことを失敗と厳しく批判してきたが、自分も同じ轍を踏みかねない立場に立った。


・追い込まれたブッシュ大統領

 6カ国協議が2年前スタートした時、ブッシュ大統領は、北朝鮮がまず無条件に核開発を廃棄すること、経済支援や関係正常化はそのあとというスローガンを掲げた。まして、軽水炉の提供などありえない話だった。クリントン前政権が94年の米朝枠組み合意で、北朝鮮の核開発凍結と引き換えに軽水炉2基の提供を約束した。ブッシュ政権はこれを厳しく批判。そして3年前、北朝鮮のウラン核開発疑惑が表面化したのを契機に軽水炉建設を中断、11月の次のKEDO(朝鮮半島エネルギー開発機構)理事会で計画を白紙に戻す腹積もりだった。

 19日の6カ国協議の共同声明は、このブッシュ政権の立場から見てまったく不満だった。しかし、米のヒル代表は調印した。ブッシュ政権は調印せざるをえない立場に追い込まれたのだった。共同声明の原案を書いたのは、議長国の中国。16日に各国に示した第5次案に初めて「軽水炉提供」を書き込んだ。9月20日のニューヨーク・タイムズ(電子版)によれば、その週末、ブッシュ政権内では、調印すべきかどうかについて白熱の議論が交わされたという。問題になったのは、北朝鮮が核放棄をする時期が明確でないこと、それに、この軽水炉の提供だった。

 同紙によれば、中国は19日の調印前、米代表団に共同声明の最終案を渡し、調印するか、拒否するか数時間で決断するよう要求した。一方、北朝鮮代表は最終案には不満を示しながらも、調印する意向を示した。そして、米代表団に向かって「我々は最終案をもう変更しない。あなたがたも拒否しないように」と言ったという。協議参加国の間では、もし米が調印を拒否すれば、中国は記者会見を開いて、米が解決への道を閉ざしたと非難するという情報も流れた。北京の会議場からヒル代表がワシントンに最後の電話をかけたのが、北京時間19日の昼。ブッシュ大統領が調印の決断をしたのは、その直前だったという。


・共同声明の流れに棹差した北朝鮮

 それから24時間もたたない20日朝、北朝鮮は外務省報道官の談話を発表。北朝鮮が「核抑止力を放棄するのは、米が軽水炉を提供したあと」と主張した。共同声明が核放棄の時期を明確にしなかった不安が、早くも現実のものとなったのだ。日米韓の3カ国は6カ国協議の場で、「軽水炉提供の検討は北朝鮮が核を廃棄し、NPT(核拡散防止条約)に加盟、IAEA(国際原子力機関)の査察を受けたあと」と念を押した。しかし、北朝鮮はこれを無視。外務省報道官談話は、米が「核を放棄したあと、軽水炉提供」と主張するなら、「米朝間の核問題はこれまでと何も変わるものはなく、その結果は深刻で複雑化する」と警告した。

 北朝鮮が軽水炉を要求したのは、今回の協議2日目の14日、金桂寛代表が米のヒル代表と直接会った席だった。ヒル代表はその直後の記者会見で「軽水炉は議題にもならない。だいたい建設費用を出す国もない」と一蹴したが、中国は共同声明に「適当な時期に検討することで合意」と表記、米もこれを認めざるをえなかった。ヒル代表の記者会見の説明によれば、「軽水炉は建設に10年、費用は30億ドルかかる」という。北朝鮮の主張に基づいて、建設を今から始めても完成は10年後、北朝鮮の核抑止力の放棄はそのあとということになる。

 この北朝鮮の主張に対し、米のライス国務長官は「北朝鮮は共同声明の趣旨を忠実に守るべきだ」と述べ、「6カ国協議では、北朝鮮が核放棄をしたあと、軽水炉提供を検討することを各国が表明した」と反論した。日中韓ロ各国もこれとほぼ同じ趣旨の反論を展開した。しかし、北朝鮮はこうした各国の反論を無視。22日には、崔秀憲外務次官が国連総会の演説で、「現段階の最重要課題は、米国がすみやかに軽水炉を提供することだ」と主張。「米朝が国交を正常化し、信頼関係が築かれれば、我が国が核兵器を保有する必要はなくなる」と述べた。国連総会の場で、核放棄は軽水炉提供と信頼関係確立が条件と宣言したのだ。


・軽水炉が6カ国協議の優先議題に浮上

 ブッシュ大統領は問題を承知しつつ共同声明調印を指示した。調印後の閣議の席で、同大統領は「世界を安全にするための一歩だが、その過程は検証することになるだろう」と述べて、問題があることを示唆した。それでも、同大統領が調印を決断したことについて、上記のニューヨーク・タイムズは政権幹部の話として、「調印は時間稼ぎのためだった」と次のように伝えた。「大統領はイラクに手を縛られ、ハリケーン被害で消耗し、イランの核疑惑も危機的状況になっている。北朝鮮問題は、声明調印によってしばらく時間が稼げると思った」。

 しかし調印後、北朝鮮が「核放棄は軽水炉提供のあと」と主張したことによって、この時間稼ぎの期待も怪しくなった。まず、ブッシュ政権はこの北朝鮮の主張を撤回させるため取り組まなければならない。しかし、共和党内の強硬派は、6カ国協議がこのような展開になることに戸惑いを隠さないに違いない。今回の核危機は、北朝鮮が枠組み合意を破って、ウラン核開発を始めたことが発端だった。共同声明で、そのウラン核開発を曖昧にしたまま、ブッシュ政権は、保守派が忌避してきた軽水炉提供問題にまずエネルギーを費やすことになるからだ。

 6カ国協議をこのような流れに変えるにあたって、中国と韓国の役割を無視することはできない。中国は米の反対を押し切って、共同声明の原案に「適当な時期に軽水炉提供を検討する」の文言を挿入し、調印に漕ぎ着けた。韓国の朝鮮日報によれば、この「適当な時期」という表現を考え出し、対立する米朝の調整をしたのは、韓国政府だったという。米が軽水炉提供に現在も強く反対しているのに対し、中韓は提供の時期で北朝鮮と意見が違うものの、提供することに反対していない。建設経費については、日本に期待していることも明らかで、北朝鮮が今回の協議で、日本にしばしば接触してきたのも、それと無関係ではないだろう。


・核事故の恐れも中韓の動きの背景に

 中韓が軽水炉の提供に傾く背景には、核事故に対する懸念もあると思われる。韓国の中央日報は9月21日、北朝鮮の寧辺にある原子炉がずさんな管理と安全策の不備などで核事故の危険にさらされていると伝えた。野党ハンナラ党の黄震夏議員が英国のジェーン情報グループの報告書に基づいて議会に報告した内容だという。それによれば、寧辺の原子炉は、安全に必要な付属品が不十分、管理システムも不備、担当者の訓練も不十分で、事故の恐れが高い。万一事故が発生した場合、付近の住民12万人が放射能汚染の被害を受けるほか、北朝鮮西部地域の住民1200万人、それに韓国、中国、日本への被害の拡散も予想されるという。

 寧辺の原子炉は5000キロワットの小型実験用黒鉛炉だが、北朝鮮は核兵器用のプルトニウム抽出のために稼動している。その安全性について伝えられるのは初めてだが、韓国はじめ周辺諸国の専門家が懸念を持ったとしても不思議ではない。安全性に不安のある北朝鮮の原子炉の代わりに、安全性の高い西側の軽水炉を提供するという案が浮かぶのはうなずける。特に、ジェーンのような権威ある情報グループがこうした予測を出せば、今後各国が感心を高めることになるだろう。その結果、6カ国協議で軽水炉提供の主張が今後力を増すことも十分予想できる。

 ブッシュ政権は北朝鮮には平和利用の核開発も認めないとの立場から、こうした主張を阻もうとするだろう。混迷が続けば、北朝鮮の原子炉の運転も続き、核物質の蓄積と事故の恐れも続くことになる。6カ国協議で、米は軽水炉問題ではすでに少数派。結局ブッシュ政権も軽水炉提供を認めるという、クリントン政権と同じ轍を踏むことになりかねない立場に立ったようだ。


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