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中東の火種、レバノン揺れる
持田直武 国際ニュース分析

2006年12月3日 持田直武

中東で反米勢力が勢力を拡大している。中心はイランとシリア、レバノンのシーア派組織ヒズボラ、それにイラクのシーア派も加わる。同勢力の次の狙いはレバノンのシニオラ政権を打倒し、ヒズボラ主導の反米政権を樹立、イスラエルとの対決の橋頭堡とすることだ。だが、米ブッシュ政権は中間選挙以来レームダック化して動きが鈍く、来年はイラクに続いてレバノンも内戦になりかねない。


・対決の焦点、国際特別法廷の設置

 レバノンの今回の混乱は、05年2月、反シリア派の巨頭ハリリ元首相の暗殺から始まった。この暗殺を手始めに、反シリア派と親シリア派の対立が先鋭化、反シリア派有力者5人がこれまでに暗殺された。5人目の犠牲者はジェマイル工業相。11月21日、ベイルートの近郊を車で移動中、銃撃された。11月初め、親シリア派ヒズボラ系の閣僚6人が反シリア派のシニオラ首相と対立して辞任、抗争が激化していた。ジェマイル工業相は反シリア派の若手幹部。暗殺は、ハリリ元首相の場合と同様、親シリア派の犯行との疑いが強まった。

 同工業相の暗殺から4日後、シニオラ首相は閣議を招集、ハリリ元首相の暗殺事件を裁く国際特別法廷の設置を承認した。同法廷は、国連安保理が設置を決め、レバノンの承認待ちだった。裁判開始には、まだ議会と大統領の同意が必要だが、国連任命の捜査チームはすでにレバノン人とシリア人の計5人を殺人罪で起訴した。レバノン人被告は、親シリア派ラフード大統領の護衛隊隊長はじめ治安関係の将軍4人。シリア人被告は、アサド大統領の義弟で軍情報機関の責任者ショーカット准将。しかし、シリア政府はショーカット准将の拘束を拒否している。

 裁判が開かれれば、レバノンの親シリア派とシリアのアサド政権に打撃となるのは間違いない。このため、親シリア派の中心勢力ヒズボラは12月1日、裁判の阻止を狙って数十万人規模の大デモを展開、シニオラ政権の退陣を要求した。ヒズボラは82年、レバノンのシーア派がイスラエル軍の侵攻に対抗して結成した組織。シリアとイランの支援を受け、強力な民兵組織と政党を持っている。今年夏のイスラエルとの武力衝突では、民兵組織が単独でイスラエル軍と戦って力を誇示し、レバノン国内で影響力を拡大したほか、イラクのシーア派との協力関係を強めている。


・ヒズボラがイラク・シーア派と軍事提携

 ニュー・ヨーク・タイムズは11月28日、米情報機関高官の話として、ヒズボラがイラク・シーア派の民兵を訓練していると伝えた。それによれば、民兵は反米強硬派サドル師指揮下のマフディ軍団。1,000人から2,000人がレバノンに渡って訓練を受けているほか、ヒズボラの工作員がイラクでも訓練にあたっている。そして、イランが資材面などでこれを支援し、シリアも協力しているという。マフディ軍団については、今年夏イスラエル軍とヒズボラの武力衝突の際、マフディ軍団の中堅指揮官が約300人をレバノンに送ったと漏らしたことがあった。しかし、米情報機関がヒズボラによる大規模な訓練を明らかにしたのは、これが初めてだ。

 この訓練について、上記の米情報機関高官は「イランとシリア、ヒズボラの3者が05年の冬か06年春、イラクのサドル師支援の新たな戦略決定をし、それに基づいて民兵の訓練を実施している」と見ていることを明らかにした。また、ヒズボラの訓練と並行して、イランも民兵数千人をイランに招いて訓練しているという。イランは道路脇に仕掛ける特殊地雷をイラク民兵に提供し、イラン革命防衛隊の隊員がイラクに出向いてその使い方などを訓練していると伝えられていたが、このようにイランで数千人規模の民兵の訓練を実施しているとの情報が伝えられるのは初めてだ。

 イラクのマリキ政権は11月21日、シリアと国交を回復した。また、同26日には、タラバ二大統領がイランを訪問してアフマディネジャド大統領と会談。80年のイラン・イラク戦争で途絶えた3国の国交を正常化した。その背後で、イラクの実権を握るシーア派、中でも反米強硬派のサドル師がイラン、シリア、それにレバノンのヒズボラの3者と軍事提携することになった。東のイランからイラク、シリア、レバノンへと延びる三日月型の、いわば反米勢力圏が誕生したと言ってよい。狙いは、当面レバノンにヒズボラ主導の反米政権を樹立し、イスラエルとの対決の橋頭堡とすることだろう。


・イラクに続いて、次はレバノンが内戦か

 ブッシュ大統領は11月30日、ヨルダンでマリキ首相と会談したが、それに先立って、サドル師の影響力にも直面した。同大統領はマリキ首相と会談する前夜、ヨルダンのアブドラ二世国王を交え、夕食を取りながら3者会談をする予定だった。だが、直前になって、マリキ首相がキャンセル。会談は、ブッシュ大統領とアブドラ国王の2人だけに急遽変更になった。原因は、サドル師の反対だった。同師がブッシュ・マリキ会談に反対、会談すれば、同師派の閣僚と国民議会議員を引き揚げると脅したのだ。

 サドル師傘下の閣僚は6人、国民議会議員は30人。今年4月、新首相の選出が難航した際、この30人がマリキ首相支持にまわって決着した。サドル師はキングメーカーになった。今回のブッシュ・マリキ会談で、議題の1つが民兵の解体問題となるのは明らかだった。サドル師がキングメーカーの立場から、この阻止に動いたのだ。ハドリー大統領補佐官がマリキ首相の能力の限界を指摘したメモがメディアに漏れ、不快になった同首相がキャンセルしたとの説明もあるが、同首相には不快を理由に会談をキャンセルする勇気はないだろう。

 ブッシュ大統領はマリキ首相との会談に続いて、12月4日には訪米中のシーア派の実力者イスラム革命最高評議会のハキム議長と会談する。チェイニー副大統領も11月25日、サウジアラビアのアブドラ国王と会談した。イラクの治安を回復し、勢力拡大中の反米勢力に対抗する方策を模索しているのだ。しかし、イラクは、マリキ首相のもとで治安回復の見込みはまずないと見なければならない。ブッシュ大統領も中間選挙の敗北以後レームダック化の度合いが顕著だ。このままでは、レバノンがイラクに続いて内戦になることも十分考えられる。


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