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金正日総書記訪中のあと
持田直武 国際ニュース分析

2006年1月30日 持田直武

金正日総書記訪中目的の1つは、米の金融制裁解除への仲裁要請だった。だが、中国が仲介した米朝会談は、米側が北朝鮮の提案に不満を表明して決裂。その後、ブッシュ大統領は「妥協はしない」と態度を硬化。一部の報道は、米が北朝鮮の対外金融取引の全面遮断を視野に新たな制裁措置を検討していると伝えた。これに対し、韓国が「北朝鮮の崩壊を望む動き」と反発の声を上げた。


・米は妥協せず、新たな制裁も検討

 金正日総書記は1月17日、胡錦涛主席と会談。北朝鮮の朝鮮中央通信によれば、同総書記はこの席で、「6カ国協議の前途に困難が生じている。これを克服して協議を進展させるため、中国の同志たちと努力する」と語った。この「困難」が何を意味するのか、説明はないが、米の金融制裁を指すことは明らかだった。これに対し、胡錦涛主席は「中国は今後も北朝鮮など関係各国と協力し、6カ国協議が引き続き前進するよう努力する」と答えたという。6カ国協議の議長国として、中国が「困難」解消のため仲介役を果たすことを約束したのだ。

 この会談の翌日、中国の武大偉外務次官は米のヒル国務次官補、北朝鮮の金桂寛外務次官を招き、3者で会談したが、不調に終った。この会談について、ヒル次官補は1月25日、ロイター通信のインタビューに答え、北朝鮮側が「マネー・ロンダリングについて、国際基準に従う容易がある。また、国際的な協力も惜しまない」という趣旨の解決策を示したことを明らかにした。しかし、同次官補は「我々が求めているのは、このような言葉ではなく、違法行為の中止を行動で示すことだ」と述べ、北朝鮮の提案を拒否したことを明らかにした。

 ブッシュ大統領も翌26日の記者会見で、「この問題で妥協はない」と強調した。米国が「自国通貨を護るために取った措置で、妥協はない」というのだ。28日の朝鮮日報によれば、米議会調査局のパール先任研究員は、ブッシュ政権が新たに「大統領行政命令で、北朝鮮と取引する金融機関には米国内の営業活動を認めない措置を準備している」と語った。発動すれば、国際金融機関に米か、北朝鮮か、の二者択一を迫ることになり、北朝鮮の対外取引に決定的打撃を与えることは間違いない。たとえ、6カ国協議が再開しても、米がこうした強硬姿勢を続ける限り、進展はないだろう。


・韓国は「北朝鮮の崩壊を望む動き」と反発

 だが、ブッシュ政権のこのような動きに対し、韓国が強く反発する。盧武鉉大統領は25日の年頭記者会見で、この米の動きを「北朝鮮の崩壊を望む動き」と糾弾。「米政府がそうした手法で問題を解決しようとするなら、米韓両国の間に摩擦や意見の対立が生まれるだろう」と強い調子で述べた。盧武鉉政権が発足して以来、米韓の間には北朝鮮への対応をめぐって軋轢が続いているが、このように大統領自身が「対立」を口にしたのは初めてだった。韓国が最近のブッシュ政権の動きを危惧の念をもって見ていることがわかる。

 米韓両国は、23日に行なった米財務省代表団(団長グレーサー財務省テロ・金融担当次官補代理)と韓国側の会談内容をめぐっても、非難の応酬をした。韓国側はこの会談について、「米代表団が北朝鮮の偽ドル札製造に関する法律的・技術的説明をした」と簡単に報道陣に発表した。これに不満な米大使館は翌日声明を発表、「会談で、韓国政府に対して、偽ドル札製造やマネー・ロンダリング、大量破壊兵器拡散などを阻止するため米の措置に協力を要請した」と強調した。これに対し、韓国外交通商省が「事実を誇張している」と再反論するなど、泥仕合が続いた。

 韓国の動きは、米が制裁の輪を強化、拡大した場合、韓国の協力には限界があることを示唆している。韓国はPSI(大量破壊兵器拡散阻止構想)にも、北朝鮮との関係に配慮して参加しなかったが、24日になって5分野への部分参加を決めた。今回の金融制裁でも、スイスの大手国際金融グループ、クレディ・スイスや、USB銀行などが、北朝鮮との新規取引は行なわないとの方針を決めた。これら大手金融機関は、米を取るか、北朝鮮を取るか、の二者択一を迫られ、結局米に協力することになった。韓国もいずれ同じ選択を迫られることになるだろう。


・鍵を握るのは中国

 中国は、米朝間の仲介をしているが、発言は一切控えている。外務省報道官も問題は「米朝の両国間で解決するべきだ」と数回言及しただけ。だが、マネー・ロンダリングがマカオを舞台に起きたこと、偽ドル札が中国国内にも出回っていると見られるなど、無関心でないことは明らかだ。27日の韓国の北朝鮮問題専門のインターネット新聞、デーリーNKによれば、中国公安当局は1月11日、北朝鮮労働党組織指導部副部長姜尚春副部長をマカオで逮捕したという。日本の外交筋からの情報というが、同副部長は政権の資金面担当、事実なら制裁に関連した動きと見てよいだろう。

 ブッシュ政権が伝えられるような北朝鮮の対外金融取引の全面遮断を発動すれば、中国の金融機関も大きな影響を受けざるをえない。北朝鮮との貿易、投資が膨張している上に、最近は米との貿易が巨大化している。米側がこれを制約するような措置を取れるかどうか疑問もあるが、実施するかどうかは別にして、圧力として使うことは充分考えられる。その場合、ブッシュ政権が中国にも、米を取るか、北朝鮮を取るか、の二者択一を迫ることもあると見なければならない。

 ブッシュ政権は、6カ国協議と金融制裁は別個のものとして、双方を並行して推進するとの立場をとっている。しかし、現在の状況は、同政権が6カ国協議より、金融制裁に足場を移し、これで金正日政権の中枢を締め上げることに重きを置いているとしか見えない。ブッシュ政権内には、かねてから金正日政権が続く限り、核放棄はないと見る強硬派が存在していたが、今回の一連の動きは、この強硬派が金融制裁という武器を手にして動き出したものと見てよいだろう。最近、北朝鮮との経済関係が緊密化している中国が、これに対し、どのような立場を打ち出すかが、今後の鍵になる。


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