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イラク戦争、米軍の駐留長期化へ
持田直武 国際ニュース分析

2006年3月27日 持田直武

ブッシュ大統領が、任期中に米軍の撤退はないとの見通しを示した。確かに、今のイラクで、治安を回復し、民生を正常化するには、米軍の存在が不可欠だ。性急に撤兵すれば、ユーゴスラビアのように、イラクは分解、中東全域が大混乱に陥りかねない。それを防ぐには、米軍が駐留するのもやむを得ない。フセイン政権を倒した米は、混乱を押さえる責任がある。


・完全な勝利まで長期駐留へ

 イラク戦争は3月19日が開戦3周年。この前後、ブッシュ大統領は一連の演説や記者会見を通じて、米軍は完全な勝利を確保するまで、イラクに長期に駐留するとの方針を示した。その趣旨は次にようになる。

・米軍は完全な勝利を確保し、名誉ある撤退ができるまで駐留する。
・完全な勝利とは、治安が回復し、民主主義が定着、経済の基礎が固まることである。
・米軍の削減は、軍司令官の判断を重視し、世論や選挙の思惑で決めることはない。
・最終的な撤退は、将来の大統領とイラク政府が決めることになる。

 米国内には、米軍の早期撤退を求める声が次第に強まっている。そんな時、ブッシュ大統領が、最終的な撤退は将来の大統領が決めると述べ、自分の任期中の撤退を否定、長期駐留の見通しを示した。今年秋に中間選挙を控え、民主党だけでなく、共和党内でも議論を呼ぶことは必至である。ブッシュ政権の説明では、イラクの民主化は進み、イラク軍の治安維持能力も向上している筈である。それなのに、米軍の駐留が長引くのは何故かとの疑問が涌くからだ。


・イラク民主化の実態

 ブッシュ政権は、イラクが05年に総選挙を2回、それに国民投票も実施し、憲法を制定、国民議会を選出し、民主化の基礎を築いたと自讃した。投票は回数を重ねるごとに参加者が増え、12月15日の国民議会選挙では、有権者の75%、1千100万人が投票したという。しかし、国民議会は新首相を決められない。ブッシュ大統領は3月22日、イラクの各派に対し、「国民の意思を尊重し、早急に統一政府を組織するよう」呼びかけた。各派が自派の主張に固執し、国民の意思を無視していると、ブッシュ政権は見ているのだ。

 だが、それはブッシュ政権がイラクの民意を理解していない証拠という見方が最近は少なくない。3月20日のエルサレム・ポストに論文を寄稿したヘブライ大学のシュロモ・アビネリ教授もその1人。同教授によれば、ブッシュ政権はイラク国民の投票率向上を「民主化意欲の現われ」と称賛するが、実は、これは「イラクの宗派と民族の分裂の表面化」だという。シーア派、スンニ派はともに自派の候補、クルド族は同族の候補にしか投票しない。これは何回繰り返しても同じ、決して他派、他民族候補に投票することはないのだ。

 ブッシュ政権はまた、イラク国民が選挙で「自由な意思」を表明したと強調するが、アビネリ教授は、これは「宗派と民族のアイデンティティ」を表明したのであり、「宗教と民族を基にした統一体の宣言」と見るべきだと主張。選挙は、その結束を固める役割を果たしていると見る。当然のことだが、こうして選出された議員は選出母体の意思に忠実だ。自派、自民族の利益を護ることが至上命令であり、イラクという国家に対する配慮は二の次になる。ブッシュ大統領が「国民の意思を尊重するよう」呼びかけても、各派が傾注しないのは無理もないことになる。


・米はイラクの伝統的支配体制を崩壊させる

 イラクは第一次大戦後の1920年代、英仏がトルコ治下のアラブを分割した際に誕生した諸国の1つ。各国とも建国当初から、アラブでは多数派のスンニ派が支配権を握った。イラクも同じだったが、他の諸国と違ってイラクのスンニ派は少数派。南部のシーア派や北部のクルド族の挑戦を受けて常に不安定だった。フセイン政権は、これを徹底的な弾圧政策で押さえた。アビネリ教授は、「ブッシュ政権はフセイン政権を倒して、弾圧政策を終らせただけではなかった。同時に、同政権は選挙制度を持ち込み、多数派のシーア派に支配権を与えて、スンニ派の支配体制を崩壊させ、現在の混乱になった」と指摘している。

 イラク問題を現地から報道している作家デイビッド・リーフ氏も3月19日付けのロサンゼルス・タイムズへの寄稿文で、「ブッシュ政権が掲げた民主化は失敗した」と指摘し、アビネリ教授と同様の主張を展開している。同氏はまた、ブッシュ政権が強調する「イラク軍と警察の強化」についても、実態は同政権の主張と違うと主張。その例として、「内務省傘下の治安維持部隊は、実態はシーア派の反米強硬派サドル師が指揮する民兵組織マフディ軍団であり、同軍団が内務省治安部隊の制服に着替えただけだ」と主張している。

 サドル師指揮下のマフディ軍団は米占領軍と2度も衝突し、それが原因で同師は一時シーア派首脳と反目した。しかし、最近は政界に配下の政治家30人余を浸透させ、ジャファリ首相の強力な支持者となった。シーア派内でも、その影響力を無視できず、マフディ軍団はシーア派の南部の根拠地バスラとバグダッドの間をフリーパスで往来しているという。この状態は、北部のクルド族居住区でも同じで、同地区では、クルド族の民兵ペシュメルガが地域の治安維持にあたり、他地域からの介入を排除している。現在のイラク政府は、基本的には民兵を認めない方針だが、それにサドル師やクルド族が応じるか、民主化と並んで、これも大きな課題となる。


・米軍の撤退はさらなる混乱の引き金

 ブッシュ大統領はフセイン政権崩壊のあと、「主要な戦闘は終った」と宣言した。しかし、3年後の今振り返って見ると、フセイン政権を倒した戦闘は、米軍にとって最もやさしい戦いだったようだ。その後に起きている事態のほうがはるかに困難な戦いになっているのではないか。リーフ氏によれば、開戦前の02年夏、当時のパウエル国務長官は、ブッシュ大統領に「ガラスの小屋の教訓」という話をしたという。「ガラスの小屋を壊す、そしたら、それを自分の物として持ち続けなければならない」という話である。その意味は、小屋を壊すのは簡単だが、壊した小屋を持ち続けるのは、大変なことだという教訓である。

 ブッシュ大統領は、開戦3周年にあたって、「任期中の撤退はしない」、「最終的な撤退は将来の大統領とイラク政府が決める」と予告した。「世論や選挙の思惑で米軍の削減をしたりしない」とも約束した。将来の大統領の部分で、ブッシュ大統領が使った英語は、「Future Presidents」と複数だった。将来、複数の大統領がこの件にかかわるという示唆とも思えないが、ブッシュ大統領がかなり長期間を見通して発言したことは想像できる。米国内では、今年秋の中間選挙を控え、世論は撤兵へと傾くことは必至だろう。共和党内にも、選挙に勝つには、撤兵か、削減を求める意見が強まることは確実と見なければならない。

 しかし、ブッシュ大統領は「世論や選挙の思惑で米軍の削減はしない」と約束した。完全な勝利を確保するためというが、それが可能かどうかは、わからない。しかし、米軍が選挙の思惑などで性急に撤退すれば、イラクが大混乱に陥る可能性は否定できない。ユーゴスラビアのように内戦になり、国家が分裂する恐れもある。それが、中東全域を動揺させ、世界に影響が拡大することも間違いない。それを押さえることは、米軍にしかできないだろう。「ガラスの小屋の教訓」を手本にすれば、フセイン政権を倒した米国は、壊したイラクを持ち続けなければならないということになる。


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