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朝鮮半島に異常気流
持田直武 国際ニュース分析

2006年6月5日 持田直武

北朝鮮が韓国と約束していた南北縦断鉄道の試運転を直前になって中止した。韓国記者団が計画した開城工業団地の訪問取材も不許可。中国に与えていた短期滞在者のビザ免除も中止。その一方では、長距離ミサイル・テポドン2号の発射準備も進めている。何が起きたのか。


・北朝鮮軍部が南北経済協力を非難

 南北縦断鉄道は、ソウルから朝鮮半島の西側を走って平壌に向かう京義線と東側を走る東海線の2線がある。朝鮮戦争以来、両線とも38度線で遮断されていたが、5月13日の南北実務者会談で、25日の試運転が決まった。北朝鮮の中止の通告は、その前日の24日にファクスで届いた。試運転の列車が北朝鮮に入るには、北朝鮮軍部の軍事保障が必要だが、軍部がこれを出さないというのが、中止の理由だった。韓国内には、金大中前大統領が試運転後の1番列車で6月下旬平壌を再訪するという案もあったが、北朝鮮軍部はこの期待に水をさした。

 軍事保障を出さないことについて、南北将官級会談の北朝鮮側報道官は28日の談話で、「原因は韓国側にある」と主張する。そして、「南側が口にする朝鮮半島の平和構築や、南北協力は虚偽と欺瞞以外の何物でもない。列車の試運転も同じ政治戦略に基づいている」と非難。金大中前大統領の平壌訪問についても、交流と協力に見せかけた企みだと我が軍は前から見抜いていた」と述べた。また、南北が共同開発している開城工業団地についても、「短命に終わったKEDO(朝鮮半島エネルギー開発機構)の軽水炉の二の舞にならないか注視している」と主張した。

 北朝鮮軍部の報道官が、列車の試運転に関連して、南北経済協力を非難するは異例のことだ。韓国を非難するだけでなく、金正日総書記の方針を批判することにもなりかねない。報道官が例に挙げた開城工業団地は00年8月、金正日総書記と韓国現代グループの鄭夢憲会長が建設に合意。その後、南北両政府が経済協力のモデルと評価してきた経緯がある。また、金大中前大統領の平壌訪問も、金正日総書記が招待する形になっている。北朝鮮軍部の非難の矛先はどこに向いているのだろうか。


・テポドン2号発射準備の動きも続く

 北朝鮮の姿勢の変化はこれだけではない。韓国のジャーナリストの団体寛勲クラブの150人が申請していた開城工業団地の訪問取材に対してもビザを出さなかった。同クラブは工業団地と開城市内の取材を5月30日から開始する予定で、2ヶ月前に北朝鮮側にビザの発給を申請した。北朝鮮側も初めは前向きだったという。しかし、27日になって、工業団地の訪問は出来るが、開城市内の視察は認められないと回答。さらに、29日夜になって、工業団地の訪問も出来ないとの回答があった。理由は「関係機関との協議が終わっていないため」だった。

 北朝鮮はこのほか、中国に対しても出入国を制限する新たな措置を取った。26日の中央日報(電子版)によれば、北朝鮮は1949年の中朝国交開始以来続けていた中国人短期滞在者に対する6ヶ月のビザ免除の制度を最近になって廃止した。中朝間の貿易と投資が増えるに従って、人的交流も増加、中国は今年初めから新空路を開設し週3便の運行を始めた。中国が北朝鮮の市場と資源を掌握するとの見方も広がった。これに対する警戒心が入国制限の背景にあるのも間違いない。

 その一方で、テポドン2号の発射準備と見られる動きもある。6月1日の産経新聞によれば、準備は最終段階で、日米両政府はイージス鑑や電子偵察機を出動させて警戒を強めている。テポドン2号は射程3,500―6,000キロ、完成すればアラスカを攻撃することも可能になる。同ミサイルの発射準備と見られる車両や無線交信の動きは5月上旬から始まり、最近になって無線交信の種類に変化が起きているという。実際に発射すれば、金正日総書記が02年の日朝平壌宣言で約束した発射猶予の約束を破ることになる。


・韓国の政情変化に危機感

 この一連の北朝鮮の動きの背景に、韓国の政情が影響していることも間違いない。5月31日の統一地方選で、盧武鉉大統領の与党は大惨敗を喫し、07年の大統領選挙で野党ハンナラ党が勝つ見通しが強まった。北朝鮮政府の機関紙民主朝鮮も投票日の31日、「選挙は6・15支持勢力と反対勢力の対決」と指摘、「ハンナラ党が勝てば、6・15が消え、南北関係は過去の対決状態に戻る」と主張した。6・15とは、金大中・金正日両首脳の歴史的首脳会談のことで、北朝鮮はハンナラ党が勝てば、この首脳会談で始まった南北協力は終わると見ているのだ。

 北朝鮮が南北対決の再来を予想しながら、南北縦断列車を開通させることはないと見なければならない。38度線の堅固な防壁に穴を開けることになるからだ。むしろ、外部との交流を制限し、防衛態勢を強化するのが常識。列車の試運転中止や記者団の取材拒否、中国人滞在者に対するビザ規制、テポドン2号の発射準備などは、そのために取った措置と捉えるべきだろう。北朝鮮外務省は6月1日、6カ国協議の米代表ヒル国務次官補の訪朝を求める談話を出した。韓国との関係が不安定になることを予測し、米朝直接対話のパイプを確保する狙いからだろう。

 米朝直接対話は、90年代米クリントン政権が始め、米朝枠組合意やオルブライト国務長官の訪朝などの結果を残した。当時、北朝鮮は韓国の金泳三政権とは厳しく対決し、米とのパイプが安全保障の支えの感もあった。韓国との関係が不安になった今、北朝鮮がこのパイプ復活を模索しても不思議ではない。それが、金正日総書記の意向であり、最近の一連の北朝鮮の動きの背景にあるだろう。ブッシュ政権は二国間協議をしないとの従来の立場を崩していないが、米も次期政権は民主党という見方が強く、北朝鮮もそれを読み込んでいる。韓国の次期大統領選挙は07年、米は08年、現在の状況では、核問題への本格的取り組みはそのあとになりそうだ。


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