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アル・カイダ、テロと慈善の2つの顔
持田直武 国際ニュース分析

2006年8月20日 持田直武

英国の旅客機テロ未遂事件は、国際テロ組織アル・カイダが仕組んだ疑いが強まった。犯人グループは去年10月のパキスタン大地震の際、慈善団体として英国で募金、被災地で救援活動に参加した。英警察が、その際の多額の送金に不審を抱いたのが、摘発のきっかけになったという。慈善事業で民衆の心を掴み、その一方で米欧にテロで対決するのが、イスラム過激派の行動パターンになったかのようだ。


・地震の復興支援で多額の送金

 ワシントン・ポストは8月15日、旅客機テロ計画が発覚したのは、警察がパキスタン大地震の救援資金に不審を抱いたのがきっかけだったと報じた。地震が起きたのは去年10月8日、パキスタンのカシミール地方でマグニチュード7.6の大地震が発生、山岳地帯の家屋が倒壊し、多数の死者が出た。各国から救援隊が駆けつけ、復興資金と物資が届いた。英国からも救援隊と資金が届いたが、その資金の中にイスラム慈善団体が送金した約1,000万ドルがあった。その額の多さに英警察が不審を抱き、パキスタンと合同で捜査を始めた。

 その結果、英国とパキスタンを往復して活動するイスラム過激派の存在が浮上、英警察が24人、パキスタン警察が7人を逮捕した。いずれも、英国籍を持つパキスタン出身者で、女性も3人。リーダーはパキスタン生まれのラシド・ラウフ(29)。17日のニューヨーク・タイムズによれば、ラウフは2000年2月、アフガニスタンとカシミールのイスラム過激派戦士を支援する団体ジャイシュ・ムハンマドに参加、アル・カイダやタリバンとの関係を深めた。今回の旅客機テロ計画も、アフガニスタンに潜伏するアル・カイダの幹部が計画、ラウフが実行責任者だったと見られている。

 このジャイシュ・ムハンマドは、親米路線を取るムシャラフ大統領の圧力で解散したが、メンバーは小グループに分散。その一派が03年、同大統領暗殺未遂事件を起こし、追求の手がラウフにも迫った。そんな時、パキスタン大地震が起き、英国在住の仲間が募金活動をして送金。同時に何人かはパキスタンに渡って、ラウフらとカシミールの被災地で合流、救援活動にも参加した。ワシントン・ポストはじめ米のメディアは「パキスタン政府当局は、この救援資金が旅客機テロ計画に使われた疑いがあると見て調べている」と伝えたが、パキスタン外務省報道官は否定した。


・11年前のアル・カイダのテロ計画の再演

 捜査当局は今回の旅客機テロ計画について、内容をまったくと言ってよいほど伏せている。明らかにしたのは、飲料などの液体を爆発物とし、英国発米国行きの米旅客機約10機が狙われたということだけだ。乗客の機内持ち込みを制限するのに必要な最小限の情報しか出していない。逮捕した犯人グループについても、公式な情報公開はほとんどない。しかし、そのわずかな情報から、今回のテロ計画が95年、フィリッピンで発覚したアル・カイダのテロ計画と瓜二つであることがわかる。

 フィリピンには当時、アル・カイダ幹部のラムジ・ユーセフなどビン・ラディンの腹心数人が滞在、次のテロ計画を練っていた。ユーセフは93年、ニューヨークの世界貿易センター・ビルの爆破事件で指名手配され逃走中。フィリピンでは、仲間と2人でマニラのアパートを借りていたが、95年1月にその部屋で火事があり、警察が出動した。ユーセフは逃げたため、それを不審に思った警察がパソコンを調べると、のちにボジンカ計画と呼ばれる旅客機大量爆破計画やローマ法王暗殺計画などが保存されていた。しかも、旅客機爆破計画はマニラ空港でテスト済みだったこともわかる。

 このボジンカ計画が今回の英国の旅客機爆破テロ計画とほとんど瓜二つだった。双方とも、爆破には、飲料などの液体を使うこと。米に向かう旅客機10−12機を対象にすること。そして、ボジンカ計画では、首謀者のユーセフがテロ実行日の1ヶ月前、フィリッピン航空の客席に爆発物を仕掛けて爆破させ、日本人乗客が死亡するテストまで実施したことがわかった。ユーセフはこのあとパキスタンに逃げ、アル・カイダのアジトで逮捕、現在は米で終身刑に服している。今回の旅客機テロ計画は、9・11事件の5周年を機に、アル・カイダがこのボジンカ計画の再演をねらったことは明らかだった。


・敵をつくる米国の唯我独尊

 ブッシュ大統領はイラクを「テロ戦争の最前線」と位置づけ、「イラクの戦いが、米へのテロ攻撃を防いでいる」と主張している。今回の旅客機テロ計画は幸い実行に至る前に阻止できたが、これはイラクでの戦いのおかげとは言い難い。むしろ、イラクでの米の行動は、テロを勢いづける温床になっていると見ざるをえない。米外交協議会のシニアー・フェロー、スエイグ氏が15日のロサンゼルス・タイムズで論じているように、「9・11時件後、米の唯我独尊の振る舞いが、米国の倫理的立場を低め、友人を失くし、敵をつくっている」と見たほうがよい。

 レバノン南部の戦闘が停戦になった時、破壊された地域に真っ先に駆けつけたのはヒズボラのメンバーだった。ニューヨーク・タイムズによれば、彼らは、破壊された自宅を前に呆然としている住民を助け、1家族当たり1万ドルの現金を配布して、家賃を払い、家具を買う手助けをしているという。イランがこの資金を出していることも隠していない。米ブッシュ政権はヒズボラをテロ組織と決め付け、イランをテロ支援国家と規定して対立しているが、レバノンでは今後米国よりヒズボラやイランの支持者が増えることは間違いない。

 英の旅客機テロ計画に加わったパキスタン系若者たちも、パキスタン大地震救済の募金をし、被災地では救援活動に加わっていた。パレスチナのハマスも反米、反イスラエルの強硬路線を取る一方で、学校、病院を運営するなどの慈善活動で、民衆の支持を固めている。イラクの反米強硬派サドル師も最近は自派の支配地域で慈善活動を広めているという。ブッシュ政権が軍隊を派遣して居丈高に叫ぶ民主主義より、イスラムの民衆にとっては身近な組織の慈善活動のほうが有難いのだ。


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