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米大統領選挙 ハッカビー旋風
持田直武 国際ニュース分析

2007年12月23日 持田直武

共和党のハッカビー候補が旋風を巻き起こしている。同候補は、妊娠中絶や同性結婚に反対、銃規制にも反対、ダーウィンの進化論にも疑問を隠さない。共鳴したキリスト教福音派グループが草の根運動を開始。1月の立候補以来、1桁台だった支持率が11月から急上昇。1月3日のアイオワ州党員集会を制する勢いになった。


・泡沫候補が旋風の目玉に大変身

 ハッカビー前アーカンソー州知事は今年1月28日、大統領選挙の立候補宣言をした。その直後、ラスムッセン社が全米の有権者を対象に実施した調査によれば、同候補の支持率は4%だった。その後も下記の表が示すとおり、1桁台の支持率は変らなかったが、12月になって1位に躍り出た。

ラスムッセン社の調査(全米対象)
調査日    2月5日  6月11日  8月5日  9月9日 12月2日
ハッカビー    4%    2%     4%    5%   20%
ジュリアーニ  32%   27%    27%   19%   18%
ロムニー     8%   10%    14%   11%   12%
マケイン    18%   10%    10%   13%   11%
トムプソン    −    28%    22%   28%   11%

 ハッカビー候補の急浮上は、全米のトップを切って1月3日に党員集会を実施するアイオワ州で特に顕著だった。下記の表はワシントン・ポスト紙が実施した同州における世論調査の結果だ。

ワシントン・ポスト紙の調査(アイオワ州)
調査日     7月31日   11月18日   12月17日
ハッカビー      8%      24%      37%
ロムニー      26%      28%      27%
トムプソン     13%      15%       9%
ジュリアーニ    14%      13%       8%
マケイン       8%       6%       6%  

 ハッカビー候補がこの勢いを維持すれば、アイオワ州の党員集会で勝つとの見方が多い。次の焦点は、8日に行われるニューハンプシャー州の予備選挙だが、ラスムッセン社の12月18日の調査によれば、同候補のニューハンプシャー州での支持率は11%で、ロムニー候補やジュリアーニ候補に次いで4位。まだ、同州では有権者に名前が浸透していない。しかし、同候補がアイオワ州で勝てば、その勢いで支持率も上位に浮上し、今後の展開が有利になると見られている。


・キリスト教の教えに忠実な主張

 ハッカビー候補が浮上した理由の1つは、同候補の主張がキリスト教福音派を惹き付けたことだ。同候補は福音派の元牧師。聖書の教えに忠実で、神が宇宙や人間を造ったとする天地創造説を支持。公教育の場では、ダーウィンの進化論とともに天地創造説も取り上げるべきだと説く。また、最近の米国社会が政治と宗教の分離をはじめ、神を遠ざける傾向を強めているとも主張。公共の場で「メリークリスマス」と言うこともはばかれると不満を隠さない。

 この信念を反映、ハッカビー候補は社会政策では、妊娠中絶反対、同性結婚反対、銃規制反対という共和党保守派の証である3点セットを忠実に支持する。また、同候補は家庭を重視する立場から離婚にも反対。アーカンソー州知事時代の2001年には、離婚を避けるための「結婚盟約法(Covenant Marriage Act)」を制定した。夫婦が盟約に署名すると、離婚の危機に襲われたとき、カウンセリングを受けることや、離婚訴訟を自粛することなどを規定している。

 教育についても、ハッカビー候補は学校教育を拒否して家庭で教育することを重視する「ホーム・スクーラー(Home Schooler)」の主張に理解を示している。「子供の教育は親が選択するもので、政府が選択するものではない」と主張。知事時代には、ホーム・スクーラーの指導者をアーカンソー州教育委員会の委員に任命した。連邦教育省の推定では、ホーム・スクールで教育を受ける子供は03年度、全米で110万人。父兄はキリスト教福音派の信者が多く、地域ごとに連絡組織もある。


・キリスト教福音派の一部が支持にまわる

 ハッカビー候補の支持率急上昇は、このホーム・スクーラーのグループが支持にまわったためだ。ホーム・スクールで教育を受けている子供はアイオワ州では約9,000人。父兄のほとんどはキリスト教福音派の活動家で、子供の教育をめぐって政府と対決し、草の根の動員力を持つことで知られる。ピュー・リサーチ・センターの調査によれば、福音派はアイオワ州の共和党支持者の38%に上るが、最近になってこの3分の2がハッカビー候補の支持にまわったという。

 この勢いが続けば、ハッカビー候補はアイオワ州で勝てる。しかし、その後の各州党員集会と予備選挙を勝ち進むには、資金と組織が必要だが、下記の表で見るとおり、同候補は資金面で他の候補に遠く及ばない。

「9月31日、連邦選挙管理委員会に届け出た献金総額」
共和党
ハッカビー候補    234万ドル
ジュリアーニ候補 4,725万ドル
ロムニー候補   4,525万ドル

民主党
クリントン候補  9,093万ドル
オバマ候補    8,026万ドル

 ハッカビー候補の献金額が桁外れに少ないのは同候補の基本姿勢が反映している。同候補は共和党保守派だが、その主張はブッシュ大統領らの主流派と違い、企業など経済界に冷たい。多額の献金を集めるには、企業と関係の深いファンドレイザーの協力が必要だが、同候補はこれが欠けている。アイオワ州では、ホーム・スクーラーが同候補の姿勢に共鳴して草の根活動を展開しているが、こうした活動だけで大統領に当選した例はこれまでない。

 選挙には、資金とともに組織も必要だが、ハッカビー候補にはこれもない。12月の初め、同候補が記者団と夕食をともにした時のことだ。話題は1日前に情報機関が発表したイランの核兵器開発中止だったが、同候補はこれをまったく知らなかった。スタッフが少なく、新聞を読む暇もなかったのだという。キリスト教福音派が組織として支援体制を組めば別だが、今のところ支援に動いているのは同派のホーム・スクーラーで、同派全体はまだ動いていない。


・マスメディアのあら探しに耐えられるか

 もう1つの課題は、今後活発化するネガティブ・キャンペーンに耐えられるかだ。候補者が頭角を現すと、必ずこの洗礼が待っている。ハッカビー候補もアイオワ州で優勢が伝わると、一部メディアは同候補のアーカンソー州時代の疑惑を蒸し返した。その1つが、副知事時代の献金疑惑である。ハッカビー候補は93年同州の副知事に就任するが、年俸は2万5,452ドル(約287万円)。米の特別公務員の給料は安いが、アーカンソー州は特に安く、知事の年俸は当時3万5,000ドルだった。

 ハッカビー副知事が息子の大学授業料が払えないと嘆くと、これを聞いた友人が「アクション・アメリカ」という基金を設立。同基金が副知事に講演を依頼し、謝礼を払った。講演は保守派の理念を説く内容で、賛同した10人余りが献金。この献金者の1人が大手タバコ会社のオーナーだったが、これが非難の的になる。当時、クリントン大統領が医療改革を推進、その中にタバコ税を増税、喫煙を減らす計画があった。オーナーは副知事を使ってこの計画の妨害を計画したとみられたのだ。

 ハッカビー副知事は96年に知事に就任、基金も閉鎖した。しかし、講演料の無届けなど16件の倫理違反を指摘され、1,000ドルの罰金を払った。このほか、知事時代に恩赦で釈放したレイプ犯が、釈放後レイプ殺人を犯して自殺した事件があり、犯罪に甘いと非難されている。大統領選挙では、ブッシュ大統領はじめ各候補は厳しいマスメディアの詮索とライバル候補のネガティブ・キャンペーンに曝された。今回も同じで、ハッカビー候補もこれを潜り抜けないと前に進めず、旋風は旋風だけで終わることになる。


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追記
ハッカビー候補が書いた本に「ナイフとフォークで墓穴を掘るのはやめよう」原題「Quit Digging Your Grave with a Knife and Fork」(Center street社)がある。
ハッカビーは10冊ほど本を書いていますが、これは知事時代、医者に体重を減らさないと十年持たないと忠告され、一気に50キロ減量した記録です。
私は読んでいませんが、おもしろそうです。



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