メインページへ戻る

米・イランがイラクで対決
持田直武 国際ニュース分析

2007年2月11日 持田直武

イランがイラクに勢力を広げている。イラン中央銀行がバグダッドに支店を開設する計画や、イラン軍がイラク治安部隊の訓練にあたる計画もある。米は警戒し、米軍がイラン外交官の身柄を拘束する事件も起きた。マリキ首相は米テレビに「けんかは外でやってくれ」と苦言を呈しているが。


・イランがイラク戦後復興の主導権をねらう

 イランのクミ・イラク駐在大使は1月28日ニューヨーク・タイムズのインタビューで、「イラン・イラク両国の経済と安保の協力拡大計画」を明らかにした。それによれば、経済面では、イラン中央銀行がバグダッド支店を開設するほか、農業銀行、市中銀行3行も支店を新設する。また、イランからイラクへの電力供給や、灯油の輸出、農業改良計画への協力などもある。イラクへの外国銀行の進出はフセイン政権崩壊後初めてだが、イラク政府はすでに許可したことを認めている。

 クミ大使はまた安全保障面の協力について、「治安維持に必要な装備の提供やイラク治安部隊の訓練、そのための軍事顧問も派遣する」と述べた。また、両国が「治安維持のための合同委員会」を組織し、国境のパトロール強化なども提案したという。同大使は「イランはイラクの戦後復興で主要な役割を果たす」と強調。「その際、米国をはじめ世界のすべての企業の参加を歓迎する」と語り、米に代わってイラク戦後復興の主導権を握るとの意欲を露わにした。

 これに対し、米国務省のマコーマック報道官は28日「イランは、イラクで否定的な役割しか演じていない」とイラクの行動を非難したが、クミ大使の発言内容には立ち入らなかった。しかし、ブッシュ政権はイランとは核開発問題で厳しく対立しているほか、イラク問題でもイランが介入して混乱を煽っていると非難を続けてきた。同政権が今回のクミ大使の発言をイラン介入の青写真と受け取り、警戒感を強めるのは間違いないと見られている。


・ブッシュ政権はイランとも臨戦態勢

 ブッシュ大統領は昨年暮れからイランを軍事的に牽制する一連の措置を取った。ペルシャ湾には空母アイゼンハウアーとステニスの2隻を派遣。また、湾岸のアラブ諸国にはパトリオット・ミサイル供与し、イランからの攻撃に備えた。その一方で、F−14戦闘機の備品をこれら諸国に販売することを中止した。備品がイランに流れ、同型戦闘機の修理に使われるのを懸念したのだ。その上で、イラク駐留米軍に対し、イラクで活動するイランの工作員を射殺、または拘束する権限を与えた。

 このブッシュ政権の強硬姿勢を反映する事件が昨年暮れから頻発している。12月21日には、米軍がバグダッドにあるイスラム革命最高評議会のハキム議長の邸宅を急襲し、邸内にいたイラン人2人を拘束した。2人がイラン革命防衛隊員で、邸内にあるシーア派民兵バドル軍団の事務所で工作活動をしたとの理由だ。1月11日には、米軍は北部クルド地区アルビルにあるイラン領事館を急襲、イラン人5人を拘束した。5人はイランの外交官を名乗っているが、米側は5人がイラン革命防衛隊員で米軍に敵対する活動をしたと主張している。

 こうした米軍の行動に復讐したとも思える事件も起きた。1月20日、バグダッド西南部のカルバラにある米軍基地に、米軍の服装をして流暢な英語を話す約30人の男たちが訪れ、会議中の米兵とイラク兵のうち米兵だけ5人を射殺して逃げた。犯人は捕まっていないが、米軍がアルビルでイラン人5人を拘束したことに対する報復という見方もある。2月4日には、イラク軍の制服を着た男たちが、バグダッド市内でイラン大使館の二等書記官を拉致する事件も起きた。同書記官はイラン国立銀行支店の開設にため敷地を調査中だったという。


・困惑するイラク政府

 米・イランの直接対決のほか、両国の意を汲んだ勢力による代理戦争の様相もあることが分かる。特にカルバラの米軍基地の事件では、米軍が通常使う車両7台で基地に乗りつけ、流暢な英語を使って検問を通過したことから見て、イラン革命防衛隊が直接手を下した犯行か、あるいは同防衛隊が訓練したイラク人による犯行とみられている。また、イラン国立銀行支店の敷地の調査中に拉致されたイラン大使館二等書記官の事件はこうしたイランの勢力の拡大を嫌うスンニ派などの勢力による犯行であることも間違いない。

 イラクのマリキ首相は1月31日CNNテレビのインタビューで、「米とイランがイラク国内で争うことは許せない。イラクの外で問題を解決してもらいたい」と両国を牽制した。イランと協力関係にあるシーア派出身のマリキ首相としては異例の発言である。しかし、同派の議会幹部は「イラク再建に役立つ提案を歓迎する」とイランの進出を支持する。だが、その結果、米・イランの確執が拡大、シーア派とスンニ派の溝がさらに深まる恐れがあることも間違いない。

 また、米・イランの確執はクルド族も無縁ではすまない。米軍がクルド地区アルビルで拘束したイラン人5人の問題では、クルド族側はアルビル領事館所属の外交官と主張して、釈放を要求している。しかし、米側はイラン革命防衛隊の工作員と主張、釈放には応じていない。米側は、アルビル領事館が正式な外交資格を持つ施設かどうかも問題にしており、これを深追いするとクルド地域の独立問題にまで発展しかねない。マリキ首相が警戒するのも当然なのだ。


掲載、引用の場合はこちらからご連絡下さい。


持田直武 国際ニュース分析・メインページへ

Copyright (C) 2007 Naotake MOCHIDA, All rights reserved.