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6カ国協議 合意の行方
持田直武 国際ニュース分析

2007年6月18日 持田直武

バンコ・デルタ・アジアの北朝鮮資金がようやく落着した。北朝鮮はIAEA要員を招く書簡を送り、6カ国協議の合意に基づいて核施設の活動停止に取り掛かる姿勢を見せた。だが、疑念も残る。北朝鮮外務省はその直前、米が軍拡を続けている以上、我々は自衛のための抑止力を増強せざるを得ないと核抑止力強化を示唆。今後の交渉の多難さを窺がわせた。


・北朝鮮の真意に疑問も

 北朝鮮は16日、IAEA(国際原子力機関)要員の訪朝を要請した。6カ国協議で合意した寧辺の核施設の活動停止と封印をするためだ。バンコ・デルタ・アジアの北朝鮮資金送金問題で遅れていた合意実施が2ヶ月遅れでようやく動き出すことになる。今後の作業手順について、韓国の朝鮮日報は政府高官の話として、「IAEAと北朝鮮が核施設のうち閉鎖する対象や方法で合意したあと、IAEA査察団が訪朝、指定された施設の活動停止と封印をすることになる」と伝えた。時間がどれだけかかるかは、北朝鮮の対応次第で、順調に進めば数日で可能だという。

 問題は、そのあとの北朝鮮の対応だ。核施設の活動停止と封印が終われば、次は北朝鮮がすべての核計画の一覧表を申告し、これを6カ国で協議することになる。この一覧表に、北朝鮮がこれまで抽出したプルトニウムの全量、北朝鮮がこれまで存在を認めなかったウラン核開発計画なども含めるかが焦点になる。北朝鮮の申告に疑問が生じ、日米など5カ国が納得しない場合、協議が行き詰まることは確実。また、北朝鮮がこの申告に関連してあらたな要求を出してくることも考えられる。いずれにしても、この一覧表の申告が次の山場になるだろう。

 日米はじめ各国は、北朝鮮が6カ国協議の合意実施に向け動き始めたものの、本音は核保持をねらっていると疑っている。送金問題が大詰めを迎えた15日には、北朝鮮外務省がKCNA(朝鮮中央通信)を通じて声明を発表、「米国が我国やイランからの攻撃に備えると称してミサイル防衛網を拡大している」と非難。「米が軍拡を続けている以上、我々は自衛のための抑止力を強化せざるを得ない」と強調して、核抑止力強化を示唆した。6カ国協議の合意実施に動く一方で、外務省がこうした声明を出す、その真意はどこにあるのか、疑われてもやむを得ない。


・ブッシュ政権も強硬姿勢に戻る

 こうした疑念を背景に、ブッシュ政権内にも強硬姿勢が目立ってきた。ブッシュ大統領は5日、訪問先のプラハで演説、北朝鮮を「世界最悪の独裁国家」と非難。「政権に反対する国民を厳しく弾圧している」と主張した。ブッシュ大統領は去年11月、ハノイで韓国の盧武鉉大統領と会談した際は、北朝鮮が核放棄をすれば、「朝鮮戦争の終結宣言などすべての面で協力する。それが北朝鮮の国民のためであり、北朝鮮政府のためにもなる」と金正日政権への協力を口にした。プラハでの発言はこの融和姿勢を転換、再び強硬姿勢に戻ったことを示した。

 ポールソン財務長官も金融制裁を今後も続けるとの強硬姿勢を隠さない。同長官は14日、ニューヨークの外交協会で講演し、「今回の一連の事態で、金融制裁が北朝鮮の態度を変化させる効果的な手段であることが分った」と強調。「今後も北朝鮮の違法活動を遮断する手段として使う」との考えを示した。財務省は北朝鮮の偽ドルなど違法行為の捜査を打ち切ったが、バンコ・デルタ・アジアに対する制裁はその後も継続。北朝鮮を国際金融システムから実質的に締め出している。ポールソン長官の発言はこの態勢を今後も続けることを示したものだ。

 米国内では、ブッシュ政権の対北朝鮮融和政策にはかねてから批判があり、送金問題では共和党内からも不満が噴出した。下院外交委員会の共和党筆頭理事ロスリーティネン議員はじめ共和党下院議員6人が12日、送金の合法性に疑問があると主張、議会監査院に調査を要求した。北朝鮮資金は、財務省が愛国法に基づいて捜査している北朝鮮の違法行為の証拠品、それを裁判の結果も待たずに北朝鮮に引き渡すのは国内法や国連の制裁決議を無視しているとの理由だ。与党の共和党議員からの批判だけに、ブッシュ政権としても無視できない重みがある。


・総書記の健康不安も波乱要因か

 北朝鮮資金の送金は終わったが、北朝鮮に対する金融制裁は実質的に続いている。これまでは、北朝鮮がこれに異議を唱えることなく、合意の実施に移るかどうか、安易な判断はできないという見方が多かった。ところが、北朝鮮は「凍結された我々の資金の解除過程が最終段階にあることを確認した」として合意の実施に踏み出した。これまでの「入金を確認するまで」との主張から後退した。ポールソン財務長官をはじめとする圧力派が自信を深めたことは間違いない。これに対し、北朝鮮の抑止力強化派も負けてはいないだろう。

 韓国の国家情報院は5月27日、北朝鮮の核開発についてロシアの見方をまとめて国会に提出した。それによれば、核兵器は現状では兵器として使える水準ではなく、ミサイルに搭載する技術もないという。北朝鮮は61年から核開発を始めたが、ねらいは周辺国、特に米の圧力から体制を守るためだった。この目的は今も同じで、核放棄をするとすれば、米朝関係が完全に正常化し、周辺国も含めた敵視政策が解消したあとと判断しているという。これはロシアの見方だが、これで見る限り、核兵器が抑止力として機能している状況ではない。

 西側の最近の報道は金正日総書記の健康悪化を伝えている。5月半ば、ドイツの医師団が平壌を訪問、総書記の心臓手術をしたという。北朝鮮中央通信が6月7日、総書記が地方視察する模様を写真付きで報じたが、その後も健康悪化の報道は続いている。詳細は不明だが、医師団が急行したのは事実で、憶測を誘う事態があったことは確かなようだ。6カ国合意の実施という微妙な段階を前にして、核兵器がまだ抑止力として機能していないとの判断や、指導者の健康問題が浮上したのである。これが交渉の行方に影響しないとの保証はない。


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