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パレスチナ分裂の危機
持田直武 国際ニュース分析

2007年6月24日 持田直武

パレスチナがアッバス自治政府議長の西岸地区とイスラム原理主義ハマス支配下のガザに分裂した。ハマス武装勢力がガザの自治政府治安部隊を制圧、支配権を奪った。アッバス議長は逆手を取って、ハマスをガザに封じ込める作戦に出た。欧米やイスラエル、それにエジプトなどはアッバス議長を支持。一方、イラン、シリアなどがハマス支持。パレスチナ再分割の危機となった。


・発端は国家安全協議会の責任者人事

 アッバス自治政府議長は3月20日、新設の国家安全協議会責任者にモハメッド・ダーラン氏を任命した。だが、これがハマスの反発を招くことになる。同氏は故アラファト議長時代からガザの治安責任者として辣腕を振るったことで知られた。ハマスの関係者多数を逮捕、投獄し、拷問したと言われる。この人事の3日前、アッバス議長はハマスとファタハ両派による挙国一致内閣を組織、両派は対立解消に向かって動き出したばかりだった。しかし、この人事で、ハマスは再び態度を硬化。ガザにある自治政府の治安機関とハマス活動家の衝突が頻発した。

 問題の国家安全協議会は、アッバス議長がパレスチナ自治区全域の治安を統括する機関として新設した。責任者にダーラン氏を任命したのは、同氏がガザ地区の治安責任者として実績を挙げたと評価したためとみられた。ガザは、ハマスの発祥の地であり、反発はハマスを支持する住民の間にも広がった。ハマス武装勢力がガザの自治政府機関と衝突する事件が急増。6月14日には、同武装勢力が自治政府の治安警察本部を占拠するなど、ガザの自治政府主要機関をすべて制圧。ハマスがガザの支配権を実質的に握ることになった。

 激怒したアッバス議長は14日、非常事態宣言を布告。挙国一致内閣を解散してハニヤ首相を始めとするハマス閣僚を追放、ハマス軍事部門を非合法化した。そして、西岸のラマラに非常事態内閣を設置した。これに対し、ハマスはアッバス議長の措置を非合法として認めず、挙国一致内閣の存続を主張、話合いを要求している。しかし、同議長はハマスを「反逆者」と決め付けて交渉を拒否。この結果、パレスチナ自治区は、アッバス議長の非常事態内閣が支配するヨルダン川西岸とハマスが支配するガザに実質的に分裂することになった。


・各国が介入して分断恒久化の恐れ

 ハマスはガザの自治政府機関を制圧したが、パレスチナ自治区の分裂を望んでいるわけではない。一方、アッバス議長もハマスをガザに封じ込めて、排除する手を打ったが、西岸とガザを一体とするパレスチナ国家の構想を変えたわけではない。しかし、両派がこのまま西岸とガザに分かれて反目を続ければ、分裂は恒久化しかねない。パレスチナほど各国、各民族の利害が錯綜する地域はない。今の状況が続けば、イスラエルとアラブ諸国、米欧など各国がそれぞれの思惑に従って介入することは十分考えられる。すでに、その兆候は現れている。

 各国の立場は、今回の事態で3つに分かれた。1つは、米とイスラエル、エジプトなどで、アッバス議長を全面的に支持する立場だ。ブッシュ大統領は19日、訪米したイスラエルのオルメルト首相と会談、記者会見で「パレスチナの過激派を排除することが、米・イスラエルの共通の戦略だ」と述べ、アッバス議長のハマス排除政策を全面的に支持した。オルメルト首相も「アッバス議長と今後は定期的に会談して協力する」と約束。ハマスを排除して、アッバス議長と和平交渉を進める姿勢を見せた。この会談に先立って、米国務省はハマス内閣に停止していた経済支援をアッバス議長の非常事態内閣あてに再開することを決めた。

 エジプト政府も、アッバス議長、オルメルト首相、ヨルダンのアブドラ国王をエジプト東部の保養地シャルム・エル・シェイクに招き、25日からパレスチナ自治区の新事態に対する対応策を協議する。エジプトとヨルダンはアッバス議長が挙国一致内閣を組織すると直ちに支持を表明した。25日からの会議では、各国がアッバス議長に対する具体的な協力方法を検討するものと見られている。エジプトは国内にハマスの兄弟組織ムスリム同胞団を抱え、かねてからハマスの動きがエジプトに飛び火することを警戒していた。


・イラン、シリアの動きも焦点に

 ハマス(イスラム抵抗運動)は87年、エジプトのイスラム原理組織ムスリム同胞団の影響下で生まれた。パレスチナで第1回インチファーダが起きた時だ。ハマスはイスラエル打倒を掲げて自爆テロを展開。一方で、医療や教育など社会福祉にも力を入れ、06年1月の自治評議会選挙で、過半数を獲得して政権を手にした。しかし、政権の座に就いても、イスラエル打倒の立場を変えなかった。このため、米欧、イスラエルもハマスをテロ組織とする立場を変えず、今回の事態ではアッバス議長のハマス排除方針を支持することになった。

 こうしたハマス排除の動きに対し、サウジアラビアはハマス排除に反対し、政権への復帰を求めるという、もう1つの立場を取っている。サウジアラビアは、これまでアッバス議長とハマスの間に入って仲介を続け、今年3月ハマスを加えた挙国一致内閣が発足した際の裏方役を務めた。今回の事態でも、サウジアラビアは、挙国一致内閣の解散に反対し、アッバス議長とハマスの話し合いを主張している。ロシアは、このサウジアラビアの立場を支持し、26日に開催する、いわゆるカルテット(パレスチナ問題に関する米、EU、ロシア、国連の4者協議)では、挙国一致内閣の復活をカルテットの統一方針とするよう主張するという。

 もう1つの動きとして注目されているのが、反米強硬派のイラン、シリアの動きである。両国は、今回のアッバス議長の措置に反対し、直接ハマス支援に乗り出す動きを見せている。イランは、政権を取ったハマスが米欧の援助打ち切りで苦境に陥って以来、多額の援助を続けてきた。今後、アッバス議長のハマス排除政策が続けば、ハマスだけでなく、ハマスの支持母体であるガザの住民が一層の苦境に陥るのは確実。その場合、イラン、シリアがどれだけの支援ができるかの問題もあるが、両国の影響力が増すのは間違いない。レバノンに拠点を置く、ヒズボラーなど、他のイスラム原理組織も黙っていないに違いない。


・ハマスのイスラエル打倒取り下げが話し合いの鍵

 上記3つの動きのうち、望ましいのは、挙国一致内閣を復活させるサウジアラビアの提案だ。しかし、これが実現するためには、ハマスがイスラエル打倒の主張を取り下げなければならない。パレスチナとイスラエルの共存を認めてパレスチナ問題を解決するという方針は今やアラブ世界でも広く認められている。こハマスがこれに応じなければ、米・イスラエルは、ハマスをガザに封じ込めるだけでなく、勢力せん滅をねらって、対決が続くことになるだろう。イラン、シリア、ヒズボラーなどが介入すれば、ガザはもう1つの武力対決の場となりかねない。


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