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イラク戦争、強まる米軍撤退論
持田直武 国際ニュース分析

2007年7月16日 持田直武

共和党幹部がブッシュ政権のイラク政策を批判、米軍の削減を要求した。民主党も下院に戦闘部隊の撤退案を提出し可決した。世論調査では、国民の68%が現在のイラク政策に反対、ブッシュ政権に政策転換を求めている。ブッシュ大統領が政策転換に追い込まれるのは確実となった。


・上院共和党幹部が大統領に叛旗

 共和党のルーガー前上院外交委員長とワーナー前軍事委員長が13日、ブッシュ大統領に対し、米軍の削減を含むイラク新政策の立案を要求した。国防予算の修正案を提出し、その中で大統領に10月16日までに新政策を議会に提出、年末までに実施するよう求める。また、両議員は、イラクでの大統領の戦争権限についても、議会の承認を改めて求めるよう勧告する。議会は5年前、開戦決議をしたが、フセイン政権崩壊後は状況が変ったという理由だ。共和党幹部の両議員がイラク政策に正面から反対するのは初めて、今後の議会の動きに影響するのは必至となった。

 米下院ではすでに12日、民主党が提出した撤退法案を賛成223、反対201で可決した。現在イラクに駐留している米軍約16万人のうち、すべての戦闘部隊を来年4月末までに撤退させる。残りの部隊は、イラク軍の訓練やテロ対策、駐在する米外交団の警護などの新任務に就くという内容。これまで、米軍は最前線に出て戦闘の中心となってきたが、この作戦を全面的に転換、米軍は後方支援にまわることを要求している。下院が撤退を求める法案を可決するのは、今年になってこれが3度目。上院の動きと並行して大統領との対決色を次第に強めている。

 だが、これで法案が通過するとの保証はない。共和党のブッシュ支持派が上院でフィリバスター(議事妨害戦術)を展開して採決を妨害、撤退要求のほとんどを葬るからだ。これを阻止するには、上院100議席のうち60議席の賛成が必要だが、民主党は無所属系を加えても51議席で、数が足りない。大統領の拒否権を覆す3分の2にはさらに届かない。今回も、下院は撤退案を可決したが、上院のフィリバスターで阻まれるか、これを避けて議決しても、大統領が拒否権を行使して葬る公算が高い。ルーガー、ワーナー両議員の動きは、この閉塞状況を変えるインパクトを秘めている。


・米世論は圧倒的に撤退支持

 世論の高まりも、もう1つのインパクトになっている。ニューズウイークが13日に発表した調査によれば、68%がブッシュ大統領のイラク政策に反対である。そして、撤退を支持するとの答が64%に上った。反比例して、同大統領の支持率は29%と歴代大統領の最低水準に落ち込んだ。同時に議会に対する支持率も急落した。13日のAP通信の調査によれば、議会の支持率は24%。昨年5月の調査に比べ、11%も低下した。イラク混迷の責任は、大統領の政策にあるが、それを許している議会にも責任があるとの不満が増えているのだ。

 この状況を見て、議員が浮き足立っている。中でも、来年に選挙を控えた共和党議員がブッシュ離れを起こした。上院では、これまでに上記のルーガー前外交委員長はじめ7人が大統領に叛旗を翻したが、このうち6人は来年に再選を控えている。ルーガー前委員長の動きを見て、さらに多くの共和党議員がブッシュ離れを起こしかねない。上院が11日に開催したイラク派遣兵士の派遣期間を制限する法案審議では、56対41でフィリバスター阻止まであと4票と迫った。ブッシュ離れがさらに拡大すれば、同大統領も議会に屈服せざるをえなくなる。

 ブッシュ大統領もこの状況を無視しているわけではない。同大統領は11日、クリーブランドで演説、9月に出る米軍増派の報告を見て新たな方針を決めると主張、それまで事態を見守るよう訴えた。しかし、翌12日に公表した増派の中間報告は、中立的な内容だったが、評価が甘すぎるなどと散々な不評。この状況では、9月の最終報告でブッシュ大統領は政策転換をせざるをえなくなるとの見方が強まった。増派の結果を9月に報告することは、もともと議会が決めたが、今やブッシュ大統領が駐留継続か撤退かを判断する期限となった。


・国際社会は性急な撤退を警戒

 共和党の造反議員と民主党議員の合計が、上下両院とも大統領の拒否権を覆す3分の2を越えれば、大統領は議会に対抗する力を失う。大統領は米軍撤退に反対でも、議会が可決すれば、撤退を実施せざるをえなくなる。しかし、イラクはじめ国際社会は、これを懸念している。イラクのゼバリ外相は9日の記者会見で、「米軍が性急に撤退すれば、イラクは内戦になり、国家は分裂、周辺諸国を巻き込んだ戦争になる」との危機感を表明した。14日になって、マリキ首相が「米軍が何時撤退しても、イラク軍が対応する」と強気の発言をしたが、信用する向きは少ない。

 スンニ派の指導者ハシミ副大統領は声明を発表、「一般市民は自衛のため武器を持つ権利がある」と主張し、政府に対し武器の配布を要求した。スンニ派は、イランがシーア派に武器を供給、同派民兵を訓練していることを警戒している。そして、そのスンニ派にはサウジアラビアとヨルダンが支援の姿勢を隠さない。また、上記ゼバリ外相によれば、「トルコもイラクの北部国境に14万の大軍を集結している」という。トルコは、イラクのクルド族の動きがトルコ領内のクルド独立運動を刺激するのを警戒、場合によっては介入するとの構えを崩さない。

 ブッシュ政権が米軍撤退を決めれば、これらが一気に表面化する恐れもあり、中東全域が不安定になりかねない。オーストラリアのダウナー外相は9日、オーストラリア放送で「混乱を避けるには、国際社会の協力が必要だ」と主張、国際社会の取り組みを提案した。中東が国際社会の中に占める重要な立場を考えれば、イラク問題だけでなく、イランの核、パレスチナ和平など、中東問題の包括的解決を目指す国際的な取り組みが必要である。イラク駐留米軍の問題もそうした展望の中で解決するべきなのだ。


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