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日本人拉致事件の闇
持田直武 国際ニュース分析

2007年7月29日 持田直武

北朝鮮外務省が19日、日本人拉致問題に関する備忘録を発表した。北朝鮮は誠意ある努力をして拉致問題を解決した。しかし、日本は死人を生き返らせよと言うに等しい主張を続けている。これは「日本が問題を長引かせ、核武装をする機会をねらっているためだという内容である。


・拉致事件は北朝鮮の個人による犯行

 KCNA(朝鮮中央通信)によれば、北朝鮮外務省はこの備忘録で「日本人拉致事件は、北朝鮮側の誠意ある努力によってすでに解決した」と断定。その経緯を次のように説明している。「1999年12月、村山元首相を団長とする日本の超党派代表団が平壌を訪問し、日本人行方不明者13人の調査を求めた。北朝鮮政府は問題の人道的性格を考慮し、2002年4月特別調査委員会を組織して全国的な調査を実施した。その結果、1970年代から80年代にかけて、北朝鮮の個人(複数)が何人かの日本人を拉致したことを確認した」。

 「この調査結果は02年9月、平壌を訪問した小泉前首相に伝えた。日本側が提起した行方不明者13人は全員拉致被害者だったこと、このうち5人が生存、8人が死亡したという内容である。首脳会談の席で、拉致事件に対し、公式の遺憾の意の表明がなされた。20世紀前半、日本の軍国主義者が朝鮮国民840万人を強制連行し、100万人余を殺害、20万人の婦女を日本軍の慰安婦にした非人道的罪を犯し、いまだ補償もしないことを考えると、北朝鮮がわずか10人余の日本人の拉致問題解決に努力するのは誠意からとは言え、決して単純な選択ではなかった」。

 北朝鮮外務省の備忘録はこのように北朝鮮が誠意を以って問題解決にあたったのに対し、日本は約束を破ったと次のように非難している。「02年10月15日、北朝鮮は日本側の要求を受け容れて5人の生存者の一時帰国を認めた。ところが、日本政府は10月30日突然約束を破って5人を帰さないと一方的に決定した。拉致問題を解決しようとする誠意に背き、約束を反故にするという、日本の行動が最初に現れた例だった。この決定の背後で、当時官房副長官だった安倍晋三現首相が動いたことがその後明らかになった」


・安倍首相が問題解決にブレーキ

 備忘録はこのあと、北朝鮮が生存者と彼らの子供たち、それに遺骨を日本に送ったことで「拉致問題は解決した」と次のように主張する。「04年5月22日、小泉前首相が平壌を再訪し、生存者の子供たち5人を連れて帰りたいと要求した。北朝鮮はこれを認めた。また、北朝鮮は04年11月、日本の政府合同調査団が北朝鮮を1週間訪問して拉致被害者が死亡した場所を調査することも認め、すべての便宜を提供した。この北朝鮮の誠意ある努力の結果、生存者5人と彼らの子供たち7人が日本に渡った。また、横田めぐみさんの遺骨も日本に送った。これで、拉致問題は解決した」。

 だが、日本はこの北朝鮮の主張を受け入れなかった。備忘録は、この背後で安倍首相が動いていると次のように主張する。「問題解決を否定する最初の兆候は、横田めぐみさんの遺骨をにせものとする主張の浮上だった。当時、自民党幹事長代理だった安倍首相は04年11月17日、東京で講演して北朝鮮を口汚く罵った。そして、彼の取り巻きが『横田めぐみさんの遺骨はDNA鑑定の結果、2人の他人の遺骨と判明した』と主張。この主張に呼応して、安倍幹事長代理が北朝鮮に対する人道支援の中止を呼びかけた。人道支援は小泉前首相が訪朝して約束したものである」。

 備忘録は、日本が実施した遺骨のDNA鑑定に疑いがあるとも主張する。「日本は04年12月、DNA鑑定書を北朝鮮に送ってきたが、その鑑定方法や説明内容は矛盾だらけだった。鑑定書には、鑑定者や立会人の署名もなく、鑑定した施設のシールも付いていないという信じ難い文書だった。この鑑定結果に対する疑問が内外で高まると、日本は鑑定の責任者ヨシイ・トミオ氏を科学警察研究所の別のセクションに移動させ、外部との接触を遮断した。横田めぐみさんの夫は妻の遺骨がにせものと鑑定されたことを怒り、日本に返還を要求したが、日本は応じていない」。


・日本の意図は核武装のための環境づくり

 備忘録は、安倍首相が拉致問題で騒ぐのは、これを利用して日本の核武装をねらっているためだと次のように主張する。「拉致問題は13人の安否の確認で解決したにも拘わらず、安倍グループは他にも多数の拉致被害者がいるという話をでっち上げている。これは、安倍首相をはじめとする日本の極右勢力が、敵対関係にある北朝鮮の核兵器保有を口実にして、日本の軍国化、核武装化を実現しようとしているためだ。その目的達成のために、拉致問題を利用して日朝関係の正常化を阻み、6カ国協議が朝鮮半島の核問題を解決するのを阻止する考えなのだ」。

 備忘録はこのような主張を連ねたあと、日本の主張は「死人を生き返らせて返せ」と言うに等しく、日本がこのような主張を続ければ朝鮮半島の核問題も解決しないと次のように主張している。「安倍首相は拉致問題で北朝鮮が誠実な対応をしないなら、北朝鮮に対する一切の支援をしないと決定した。もし、日本がこの方針を貫くことを許されるなら、朝鮮半島の核問題は永久に解決しないだろう。同様に、拉致問題も解決しないだろう。死人を生き返らせることはできないのだから当然である。核武装化を目指す日本の極右勢力はまさにこれをねらっているのである」。


・日本外務省は事実関係を歪曲と反論

 この北朝鮮外務省の備忘録について、日本外務省は25日「拉致問題は解決したと主張していることや、多くの事実を歪曲し、一方的に述べている点で受け入れることは全くできない」と反論する声明を出した。日本政府はすでに帰国した5人を含め、現在17人を拉致被害者と認定。北朝鮮に対し、残っている被害者の即時帰国、真相究明、および拉致実行犯の引渡しなどを要求している。また、認定した17人のほかにも、拉致の可能性のある行方不明者が多数いるとの認識もあり、調査を要求している。こうした日本の主張から見れば「問題は解決した」という北朝鮮の主張は全く受け入れ難いものだ。

 拉致実行犯についても、備忘録は「北朝鮮の個人(英語でIndividual Koreans)という言葉使いで、政府とは関係のない一般人が個人として犯行に及んだと主張している。しかし、02年9月の首脳会談では、金正日総書記は「特殊機関の一部が妄動主義、英雄主義に走ってこういうことを行ってきた」と述べ、北朝鮮の政府機関の一部が犯行に及んだことを明確に認めた。同総書記はその上で「責任ある立場の人々は処罰された」と責任者の処分を行ったことも明らかにした。今になって、これを覆し、政府と関係のない一般人の犯行と主張しても、日本は受け容れることはできない。

 また、拉致問題は解決したと主張する根拠として挙げている拉致被害者の数についても疑問がある。備忘録は「1999年12月、村山元首相を団長とする日本の超党派代表団が訪朝した際、行方不明者13人の調査を要求した」と主張。その調査の結果、5人が生存、8人が死亡と確認した。生存者と家族が帰国したので、問題は解決したと主張している。しかし、村山元首相の訪朝時、日本は赤十字を通じ、北朝鮮に対して行方不明者として8件11人の安否を照会中で、村山元首相が13人の調査を要求したという事実はない。


・解決に向けての手がかりなし

 北朝鮮外務省の備忘録は時々の外交懸案に関して過去からの経緯を辿り、今後の方針を示すもので、声明よりレベルが高い文書と見なされている。最近の例では、05年3月2日の核開発問題に関する備忘録がある。北朝鮮はこの中で、米の敵視政策に対抗するため核開発をしたと主張。米が敵視政策で譲歩すれば、核開発で譲歩すると示唆。05年9月の核放棄の共同声明につながった。今回の備忘録がどのような役割を持つのか、予断できないが、非難ばかりが目立ち、日本から見て解決へ向けての手がかりと思えるようなものは何も見つからない。


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