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米の中東曲芸外交
持田直武 国際ニュース分析

2007年8月6日 持田直武

ブッシュ政権がアラブ諸国に膨大な武器援助を約束した。ねらいの1つは、サウジアラビアとの関係修復。スンニ派大国のサウジアラビアはイラクのシーア派マリキ政権に不満で、独自の立場からイラクのスンニ派に肩入れを始めた。ブッシュ政権はこれを押さえ、イランの脅威阻止という共通目標で協力関係を再構築する計画だ。だが、米がマリキ政権を支えたままでそれが可能か、疑問は多い。


・ねらいはサウジアラビアの協力取り付け

 米国務省が7月30日発表した援助計画によれば、ブッシュ政権は今後10年間にサウジアラビアやクウェートなど湾岸のアラブ諸国に200億ドル、エジプトに130億ドルの武器売却をする。中心となるサウジアラビアには、新型戦闘機や衛星誘導爆弾、新型艦艇などを供給する。ねらいは、イランの勢力拡大という共通の脅威に対抗し、イラク安定化やパレスチナ和平に協力を求めることだ。ブッシュ政権は同時にイスラエルに対しても軍事援助を今後10年間に300億ドルと大幅に増額する。アラブとイスラエルの軍事バランスを維持するためである。

 ブッシュ大統領はこの計画推進のため7月31日、ライス国務長官とゲーツ国防長官の2人をサウジアラビアに派遣。援助計画の焦点がサウジアラビア政府の協力取り付けであることを内外に示した。サウジアラビアは、ブッシュ政権がイラクで一方的に武力行使したことに反発、今年3月にはアブドラ国王が米軍のイラク駐留を「違法占領」と非難した。26日のニューヨーク・タイムズによれば、サウジアラビアはその一方で、イラクのスンニ派勢力に対する資金援助やスンニ派部族長との接触を開始、外国人武装勢力がサウジアラビアからイラクに侵入する例も増えた。

 サウジアラビアがこのような行動を取る背景には、イラクのマリキ政権に対する強い不信がある。今年2月、米のカリルザド駐イラク大使(現国連大使)がリヤドを訪問した際には、サウジアラビア側は「マリキ首相はイランの代理人だ」と主張。それを示す秘密文書を見せたという。これに対し、米側は「文書はにせもの」と反論したが、サウジアラビア側は納得しなかった。マリキ首相が多数派のシーア派を基盤にし、シーア派大国イランがそれを支援しているのは疑いようのない事実。これに対し、サウジアラビアは少数派のスンニ派住民が迫害されると危機感を隠さない。


・外国人武装勢力の40%はサウジ出身者

 サウジアラビアのサウド外相は1日、ライス、ゲーツ両長官と会談したあと記者会見し、バグダッドに大使館を開設するため調査団を送るなど、イラクとの関係改善を約束した。しかし、スンニ派への支援問題では、サウド外相は「米側の批判には驚いた」と語り、事実ではないと主張した。しかし、ニューヨーク・タイムズによれば、外国人武装勢力の40%がサウジアラビア人のほか、自爆テロ犯人のほとんどもサウジアラビア出身。また、毎月60−80人の外国人武装勢力が国境を越えてイラクに侵入するが、その半分はサウジアラビア国境から侵入するという。

 ライス、ゲーツ両長官のサウジ訪問では、米提案のパレスチナ和平会議にサウジの出席を取り付けるという目的もあった。同会議は、ブッシュ大統領が今秋の開催を目指して提案したもので、サウジアラビアが出席すれば、同国がイスラエルと同席する最初の会議となる。両長官の出席要請に対し、サウド外相は「会議が実質的な内容を討議するなら出席する」と条件付きの参加を表明した。実質的な内容とは、会議がパレスチナ難民問題やエルサレムの地位の問題、パレスチナ国家の国境問題、西岸のイスラエル入植地の撤去問題の4つを討議することを意味している。

 ブッシュ政権の武器売却計画は今秋議会に提出するが、承認には、サウジアラビアがこのパレスチナ和平会議への出席やイラクの安定、イラン封じ込めなどに積極的に協力することが条件になる。しかし、サウジアラビアは国境で武装勢力を阻止することには消極的、またパレスチナ和平会議の出席問題でも慎重と見られ、米議会内に不満が高まる恐れもある。イランに対する姿勢でも、米がシーア派のマリキ政権を支えながら、イラン封じ込めを目論むのに対し、サウジアラビアはイランとマリキ政権を一体と見て対決姿勢を見せるなど基本的に違う。


・地元の利害を軽視するブッシュ政権の論理

 ブッシュ政権はイラク安定化のためには、マリキ政権の強化が不可欠とみる。これに対し、サウジアラビアなどアラブのスンニ派諸国は、マリキ政権の強化がイラク国内のスンニ派を不利にしないか警戒している。だが、ブッシュ政権はイランの勢力拡大という共通の脅威を軸にして、各国との協力体制を構築する計画なのだ。各国指導者が欲しがる武器がその見返りで、利害の対立は棚上げされている。イラクと長い国境を共有するトルコでも、ブッシュ政権は同じ様な動きをしている。

 著名なコラムニスト、ロバート・ノバク氏は7月30日のワシントン・ポストで、ブッシュ政権はトルコに米特殊部隊を派遣、クルド族の独立運動を抑えるためトルコ軍と秘密の共同作戦を始めたと伝えた。詳細は秘密だが、ブッシュ政権担当者が作戦の概要を議会関係者にすでに説明したという。クルド族はトルコ、イラク、イランなどに居住し、各地で独立運動が激化。イラクでは、米軍占領後、クルド族居住地域は半独立状態になった。隣接するトルコのクルド族がこれに刺激され、ゲリラ組織が活動を再開した。トルコ政府はこれを押さえるため、米特殊部隊と合同作戦を開始したのだという。

 イラクのクルド族は、米国をフセイン政権の迫害から解放した恩人として感謝しているが、トルコ領内で同胞の独立運動を抑えることに不満なのは間違いない。利害が錯綜する中東では、彼方立てれば此方が立たずの状況が多く、利害の調整が難しいのは事実だろう。しかし、ブッシュ政権は、イラクではシーア派のマリキ政権を支え、一方でシーア派大国イランと対決する。また、イラクではクルド族の独立に好意的だが、トルコでは弾圧に加担しているのだ。これは地域の各国や民族には理解し難いに違いない。


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