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6カ国協議 日米協調の限界
持田直武 国際ニュース分析

2008年10月26日 持田直武

6カ国協議で、日米の溝が深まった。米は日本の反対を押し切って北朝鮮をテロ支援国指定から解除。米はさらにオーストラリアに対し日本に代わって北朝鮮に対するエネルギー支援に加わるよう働きかけた。これに対し、日本は北朝鮮に対する経済制裁の延長を決めた。


・日米基本路線の対立

 国家の責務の第一は国民の安全を守ることだ。その意味で、日本は北朝鮮の核問題と拉致事件を軽視することはできない。北朝鮮の核兵器は今の状況下では日本国民の安全を脅かす脅威である。拉致事件は、日本政府がこの北朝鮮の脅威を軽視し、国民の安全を守ることに失敗した例だ。日本政府は可能なすべての手段を使ってこの2つの問題解決に取り組まなければならない。しかし、現状は日本の期待する方向に事態が進んでいるとは言えない。

 理由の第一は、問題への取り組みをめぐって、日米が溝を深めていることだ。日本が核と拉致問題の同時解決を目指すのに対し、米ブッシュ政権は核問題を優先。同政権は10月11日、日本の反対を押し切って北朝鮮をテロ支援国指定から解除した。日本が拉致問題に進展がないことや、北朝鮮の核申告に対する検証問題でも数々の疑問があることを指摘、米に慎重な対応を求めたが、聞き入れなかった。麻生首相は14日の参院予算委員会で「我々は不満だ」と発言した。

 日本政府は翌15日、北朝鮮に対するエネルギー支援を拒否する方針を継続することを決めた。すでに10日には、北朝鮮に対する日本独自の経済制裁を半年間延長することも決めていた。北朝鮮が拉致問題や核開発の解決に背を向け続けているというのが理由だ。こうした日本の動きに対し、米はオーストラリアにエネルギー支援の肩代わりをするよう打診。日本が抜けた穴をオーストラリアで埋める動きを始めた。日米の路線対立は明らかだった。


・拉致問題解決は6カ国協議の目標

 日本は早くから拉致と核問題の解決が北朝鮮との国交正常化の前提と主張。北朝鮮も02年9月の日朝平壌宣言でこれに合意した。同宣言で、北朝鮮は拉致問題について「日本国民の生命と安全にかかわる懸案問題について、適切な措置をとる」と約束。また、核問題では「日朝双方は核問題の包括的解決のため関連するすべての国際的合意を遵守する」ことで合意した。6カ国協議でもこの項目を05年9月の共同声明に取り入れることで各国が合意した。

 ブッシュ政権も当初は、この日本の立場を強く支持していた。同政権は当時北朝鮮との交渉にあたって「飴と鞭」政策を推進、「鞭」としてマカオのバンコ・デルタ・アジアを舞台にした北朝鮮の偽ドル製造疑惑などを追及していた。拉致問題の追及もこれらと並んで北朝鮮に対する強力な「鞭」となるとみたようだ。だが、北朝鮮がこうしたブッシュ政権の強硬策に対抗して核兵器開発を急ピッチで進め、06年10月に核実験を強行すると、同政権の態度は一変する。

 ブッシュ大統領は核実験から1ヶ月後、韓国の盧武鉉大統領との首脳会談でこれまでの北朝鮮政策を「変える」と言明。「北朝鮮が核開発を完全放棄するなら、米国は北朝鮮と朝鮮戦争の終結宣言をするほか、経済、教育、文化などあらゆる面で協力する」と述べた。そして、ヒル国務次官補が北朝鮮の金桂寛外務次官と核問題で直接交渉を開始。その過程で、バンコ・デルタ・アジアの北朝鮮資金の凍結解除など次々と譲歩を重ねた。交渉の「鞭」を次々と「飴」に変えたのだ。


・日米協調に代わって米朝協調か

 ブッシュ大統領はこの過程で拉致問題についての立場も変えた。それまでは、拉致問題が解決するまで北朝鮮のテロ支援国指定を解除しないとの立場だった。米国家安全保障会議のアジア担当ワイルダー部長も07年4月25日、記者団に対し「拉致問題と切り離してテロ支援国指定を解除することはない」と言明した。その2日後、当時の安倍首相が訪米してブッシュ大統領と会談。同首相が「拉致問題解決を解除の前提にするよう」改めて要請した。だが、米側の答は「ノー」だった。

 3週間後の5月14日、下村内閣官房副長官が説明したところによれば、ブッシュ大統領は安倍首相の要請には直接答えず、同席したライス国務長官に説明するよう指示。同長官が「北朝鮮の拉致事件は、米国人が被害者ではないので、テロ支援国指定解除の前提条件にできない」と答えたという。ブッシュ政権は、強硬策で北朝鮮を追い詰める時は、拉致事件を「鞭」として使い、交渉進展が必要な時は北朝鮮に譲歩する「飴」として使った。

 この立場で、ブッシュ政権は10月11日、北朝鮮のテロ支援国指定を解除した。北朝鮮が勇気付いたのは間違いない。北朝鮮は8月瀋陽で開催した日朝実務者協議で拉致被害者の再調査をし、秋までに結果を出すと約束したが、これを棚上げ。北朝鮮のメディアは最近「日本は6カ国協議に参加する資格はない」として追放を主張している。日米が基本姿勢で溝を深め、米がオーストラリアに日本の肩代わりを求めたことに呼応した主張だ。日米協調に代わって、米朝協調が生まれたかのようだ。


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