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6カ国協議 北朝鮮が核保有容認を要求
持田直武 国際ニュース分析

2008年6月8日 持田直武

北朝鮮が核保有容認の要求を表面に出した。廃棄はプルトニウム核施設に限り、核兵器と核分裂物質は含まないという。ブッシュ政権は最近、核施設を無能力化し、核分裂物質のこれ以上の生産を阻止することに交渉の重点を置いていた。北朝鮮はこれを受け容れるが、核兵器は廃棄せず保有を続けるというのだ。


・北朝鮮が核保有の本音を表面に出す

 北朝鮮が虎の子の核兵器を簡単に手放さないことは容易に想像できる。金桂寛外務次官はじめ複数の北朝鮮高官がこの本音を米のプリチャード元朝鮮半島問題担当大使に語ったことが明らかになった。同元大使は4月22日から4日間にわたって北朝鮮を訪問、同外務次官はじめ複数の北朝鮮高官と会談した。帰国した元大使は5月29日、ワシントンで開かれた討論会でその内容を明らかにした。それによれば、同外務次官はじめ北朝鮮側高官は核廃棄に関連して次のように発言したという。

 北朝鮮高官の発言(1)
「4月のシンガポール会談で、我々はプルトニウム核施設の検証について協力することに合意したが、核分裂物質や核兵器については何も要求されていない。我々は核兵器の数などを明らかにする考えはない」

 北朝鮮高官の発言(2)
「プルトニウム核施設の廃棄には3年かかる。この間、米国がクリントン政権時代に約束した軽水炉を建設するよう期待する」

 プリチャード元大使の質問
「北朝鮮は何時核兵器を廃棄するのか?」

 北朝鮮高官の答(1)
「米国は北朝鮮が核保有国である事実に慣れてもらいたい。」

 北朝鮮高官の答(2)
「米朝関係が完全に正常化した段階で、核兵器の廃棄について交渉することを考える」


・ヒル次官補の交渉が核保有の余地を与える

 この北朝鮮側の発言は6カ国協議の交渉を根底から覆す内容と言ってよい。現在の6カ国協議は、05年9月の共同声明に基づいて進められ、北朝鮮の核廃棄と朝鮮半島の非核化を最終目標にしている。北朝鮮もこれに合意し、共同声明では次のような3項目を約束した。

「6カ国協議共同声明で北朝鮮が約束した3項目」
1)朝鮮半島の非核化
2)すべての核兵器、および既存の核計画の放棄
3)核不拡散条約(NPT)、および国際原子力機関(IAEA)の査察への早期復帰

 北朝鮮高官がプリチャード元大使に語ったように、核兵器と核分裂物質の長期保有を続けるとすれば、上記の約束は実現しないことになる。米国務省はこうした北朝鮮側の発言は「北朝鮮が外交交渉でよく使う常套手段」として取り合わない態度を取っている。元大使を利用して米国から譲歩を引き出すための発言に過ぎないという。しかし、元大使はヒル国務次官補が進めている現在の交渉が、北朝鮮に核保有の主張を許す余地を与えていると指摘し、警告している。


・譲歩に譲歩を積み重ねた結果

 ヒル国務次官補の交渉は大詰めを迎え、まもなく北朝鮮が核計画の申告を提出するとの見方が出ている。北朝鮮は昨年10月の6カ国協議合意に基づいて昨年末までに、すべての核計画の申告をする約束だったが実行しなかった。そこでヒル次官補と金桂寛外務次官が4月8日、シンガポールで改めて会談。今回の申告はこのシンガポール会談の合意に基づいて行うことになった。昨年10月の6カ国協議合意と4月のシンガポール合意を比較すると次のように米が大きく譲歩したことがわかる。

「昨年10月の6カ国協議の合意」
1)北朝鮮は12月31日までに(ウラン核開発を含む)すべての核計画を完全かつ正確に申告する
2)北朝鮮は核物質、核技術およびノウハウを国外に移転しないと再確認する

「4月8日のシンガポール合意」
1) 北朝鮮は抽出したプルトニウムの全量、および米が検証するのに必要な抽出記録を提出する
2) ウラン核開発やシリアへの核移転をめぐる米の懸念を北朝鮮は認める

   昨年10月の6カ国協議の合意では、米はすべての核計画の正確な申告を求め、その中にウラン核開発を含ませていた。だが、4月8日のシンガポール合意では、ウラン核開発を申告から外し、米が懸念を持つことを北朝鮮が認めるだけになった。また、シリアへの核移転疑惑も事実とすれば国際安全保障面からも無視できない問題だが、これも米の懸念を北朝鮮が認めるだけになった。


・ブッシュ退任後の6カ国協議に重荷を残す

 ブッシュ政権の対北朝鮮核交渉は1期目の対決から2期目の交渉路線へと大きく変わった。それを主導したのがヒル国務次官補だ。対決政策では、北朝鮮が核計画を全面廃棄しない限り、交渉もしないとの強硬姿勢だったが、ヒル次官補はこれを全面転換。核兵器製造の原料となるプルトニウム生産停止を第一の目標に据え、そのためには他の関連事項を無視した。北朝鮮核問題がブッシュ大統領の唯一の外交実績となる見通しが強まると、このヒル次官補の動きは加速した。

 ブッシュ大統領はヒル次官補の交渉を支援するため北朝鮮の偽札疑惑が解決していないにも拘わらず、バンコ・デルタ・アジアの資金凍結を解除。また、4月のシンガポール合意では、北朝鮮が存在を否定しているウラン核開発を申告対象から外す譲歩も認めた。6カ国協議開始のきっかけになったウラン核開発がこれで焦点から外れた。金桂寛外務次官はじめ北朝鮮高官がプリチャード元大使との会談で核保有容認の要求を表に出したのは、こうした米側の動きを見た上のことだろう。

 北朝鮮は6カ国共同声明で、すべての核兵器、および既存の核計画の放棄に合意したが、放棄の時期は決めなかった。また、北朝鮮高官はプリチャード元大使との会談で軽水炉建設の要求も出した。軽水炉建設には10年余り、数十億ドルの建設費が必要という。ヒル次官補が交渉を進めれば、北朝鮮のプルトニウム核施設の廃棄という限定的目標は達成できるかもしれない。しかし、核兵器の廃棄や軽水炉の問題など未解決の問題が山積、ブッシュ退任後の6カ国協議が重荷を背負うことになるのは間違いない。


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