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イラク駐留米軍撤退の見通し
持田直武 国際ニュース分析

2008年8月3日 持田直武

イラクのマリキ首相が民主党オバマ候補と会談、同候補が掲げる米軍の早期撤退案を大筋で支持した。米世論も圧倒的に早期撤退支持。オバマ候補が当選、米軍早期撤退が実現する見通しが強まっている。共和党マケイン候補は性急に撤退すれば、状況は一瞬にして覆ると第二のサイゴン陥落の事態もあると警告するのだが。


・面子を潰されたブッシュ大統領

 オバマ候補がバグダッドでマリキ首相と会談したのは7月21日。今回の旅行に同行した民主党リード上院国防委員長と共和党のヘーゲル上院議員も同席した。オバマ候補は翌日ヨルダンで記者会見し、マリキ首相が米軍の撤退問題について「2010年末までの撤退を期待している」と語ったことを明らかにした。オバマ候補が掲げている公約、当選した場合、政権発足後1年6ヶ月以内に主要部隊が撤退させるという案に同首相が大筋で同意したことになる。

 ホワイトハウスのペリノ報道官は記者会見で、このオバマ候補の動きについて「好ましくない」と不快感を表明した。野党の大統領候補が米軍派遣国の首脳と会談、選挙公約の早期撤退に支持を取り付けたのだ。米軍駐留については、駐留を認めた国連安保理決議が今年一杯で期限切れになる。このため、ブッシュ政権とイラク政府が来年以降の駐留について今年3月から交渉中だったが、協議は難航。その難航理由の1つが、撤退期日の問題だった。

 イラク政府はかねてから米軍の早期撤退と撤退期日の設定を要求している。だが、ブッシュ政権は期日の設定に反対だ。これまでオバマ候補を始めとする民主党の撤退期日設定の要求を強く拒んできた経緯や、イラク現地の治安状況を無視して人為的に撤退期日を決めるのは危険という軍首脳部の意見があるためだ。こんな時、オバマ候補が選挙公約の1年6ヶ月以内の撤退案でマリキ首相と大筋で意見が一致した。ブッシュ大統領の面子が潰れたのは間違いない。


・マケイン候補にも手痛い打撃

 ブッシュ大統領も撤退期日の設定にまったく耳を貸さなかったわけではない。7月17日にはマリキ首相とテレビ会談をして、「米軍の削減に関して『日程展望』を策定することで合意した」と発表した。日程展望(General Time Horizon)という聞きなれない言葉を使っているが、要は米軍の削減目標を明示することだという。ブッシュ政権がイラク政府の要求する撤退の日程表(Timetable)策定に一歩近づく妥協案を出したものだ。この結果、マケイン候補が苦しい立場に立った。

 APによれば、クリントン政権の国連大使だったホルブルック氏は「この事態はマケイン候補に手痛い打撃だ」と語った。マケイン候補は米軍の撤退問題ではブッシュ大統領とともに慎重だった。しかし、マリキ首相がオバマ候補の早期撤退案に大筋で合意。ブッシュ大統領も削減の日程展望を策定すると譲歩、マケイン候補は孤立した。ホルブルック氏はオバマ候補が当選すれば、国務長官に就任すると噂される同候補の外交顧問。オバマ政権下で米軍撤退の采配を振るう立場になる。

 マケイン候補も今年5月、当選した場合のイラク政策を発表。2013年1月までの任期内に勝利を収め、主要部隊を撤退させると約束した。その場合も、現地軍司令官の進言に基づいて撤退し、あらかじめ撤退日程を決めることはないと断言した。マケイン候補は27日のCNNのインタビューでも、この考えを強調。ブッシュ大統領がマリキ首相と合意した「削減の日程展望」についても「現地の軍事情勢に基づいていなければ危険」と述べ、事前に日程を決めることに反対した。


・第二のサイゴン陥落の事態は起きないか

 マケイン候補が撤退日程に反対するのは、イラクの状況がまだ不安定で流動的なことが背景になっている。同候補は上記CNNのインタビューで「昨年の兵力増派は成功したが、まだ情勢は流動的だ。我々が撤退の日程表を決め、この流れを逆流させることになれば、ようやく手にしかけた勝利が一瞬にして覆る」と述べた。ベトナム戦争では、北ベトナム軍が米軍の撤退を待って大攻勢に転じ、サイゴンが陥落した。こうした事態が起きないとの保障はないと言うのだ。

 イラク駐留米軍のペトレアス司令官もバグダッドでオバマ候補と会談した際、撤退日程の策定に反対を表明した。これに対し、オバマ候補はヨルダンでの記者会見で「大統領はより幅広い立場から判断しなければならない」と述べ、早期撤退の立場を崩さなかった。ワシントン・ポストの調査(7月13日)によれば、米国民の63%がイラク戦争は戦う価値がないと答えている。オバマ候補にとって、今は米軍司令官の忠告よりも有権者の世論の方に耳が傾くようだ。

 だが、米軍が撤退したあと、イラクの治安が安定を保つとの保障はない。確かに7月の米兵の戦死者は5人、1年前の66人に較べ大幅に減った。自爆テロもほとんどない。米軍撤退の期日が決まれば、敵対勢力は一層鳴りを潜め、治安は表面安定するに違いない。しかし、スンニ派とシーア派の対立、イランが介入する動きなど紛争の芽は消えていない。米の国内世論に圧されて性急に撤退すれば、第二のサイゴン陥落の事態が起きないと言い切れない。


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