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オバマ大統領が示した核廃絶の青写真
持田直武 国際ニュース分析

2009年4月19日 持田直武

オバマ大統領が5日の演説で、「核兵器のない世界」を提唱した。同大統領は「米国は核兵器を使用した唯一の国として、それを実現する道義的責任がある」と断言。「米一国では成功しないが、その行動を主導することができる」と意欲をみせた。米大統領が核廃絶を呼びかけるのは初めて。実現に向かうか、単なる夢想となるか、国際社会の力を結集できるかが鍵になる。


・核兵器の役割が変わる

 核兵器の登場以来64年、核保有国はこの間2回にわたって核兵器の廃絶を目指すことを約束した。1回目は1968年7月、国連総会が核拡散防止条約(NPT)を採択した時。当時の核保有国、米英仏中ソの5カ国は「核武装の解除(complete disarmament)に取り組む」と約束した。2回目は2000年5月、米英仏中ロの5カ国がNPT再検討会議で「核兵器の廃絶を明確に約束する」最終文書に合意した時だ。だが、核保有国がこの約束実行に動いたことはない。

 オバマ大統領が提唱した「核兵器のない世界」は、この約束の実行を呼びかけたことになる。背景には、核兵器の持つ意味が変わっている現実がある。同大統領は「冷戦時代の思考」と指摘したが、当時核兵器は米ソ間の戦争抑止のため不可欠という位置付けだった。しかし、冷戦が終結した今、大国同士の核戦争の可能性はほとんどない。イラクやアフガニスタンでテロ組織との戦闘が続くが、ここで核兵器は使えない。米国にとって、核兵器は今や使えない兵器となったのだ。

 その一方で、テロ組織が核兵器を持ちかねない新たな脅威が生まれた。オバマ大統領は5日の演説で、「世界の安全保障にとって最も喫緊、かつ深刻な脅威はテロ組織が核兵器を手にすることだ」と断言した。パキスタンや北朝鮮、イランなど政情不安の新興国が核開発を進め、状況によって核兵器がテロ組織に渡る可能性も否定できない。同大統領は、この脅威を除去するには、米はじめ各国が核兵器の役割を再検討し、「核兵器のない世界」を実現するしかないと主張する。


・核廃絶にむけて3つの柱

 オバマ大統領はこの「核兵器のない世界」実現のため3つの柱を設定した。1つは、「冷戦時代の思考」を棄て、安全保障戦略における核兵器の役割を縮小することだ。その具体的措置として、米ロの核軍縮交渉を開始、今年中に核弾頭の大幅削減合意を目指す。また、核兵器の材料となる濃縮ウランやプルトニウムの生産を全面禁止するカットオフ条約の推進や、核実験の全面禁止を決めた包括的核実験禁止条約の批准を米議会に働きかけ、遅れている同条約の早期発効を目指すという。

 2つ目の柱は、核拡散防止条約の強化し、核兵器の拡散を防ぐことだ。そのための措置として、国際監視体制を強化し、違反した国家に対する制裁の強化や、正当な理由もなく条約から脱退する国に対する罰則を新設する。その一方で、国際核燃料銀行を設立、各国が平等に核の平和利用に接する機会を保障し、同時に核拡散の恐れをなくすことを目指している。条約違反や脱退に対する罰則の強化は、脱退して核開発を続ける北朝鮮のような例を防ぐことを想定している。

 第3の柱は、核兵器がテロ組織に渡るのを防ぐ対策である。オバマ大統領は「世界には管理が不完全な核物質が多数ある」と断言、これがテロ組織に渡るのを防ぐ国際協力体制を4年以内に確立すると約束した。そして、当面の緊急措置として核の闇市場を解体し、核関連物資の取引や輸送を阻止する。また、大量破壊兵器の拡散防止構想(PSI)や国際核テロ阻止構想(GCNT)を常設的な機関とするよう提案。これらの問題を検討する世界安保サミットを来年、米国で開催すると約束した。


・国際社会の力を結集できるかが鍵

 このオバマ大統領の提案に対する反響はまちまちである。核兵器の材料生産を全面禁止するカットオフ条約や包括的核実験禁止条約の支持者は活気付いている。中でも、包括的核実験禁止条約はクリントン政権時代に調印したが、共和党が反対して批准に必要な上院議席3分の2を確保できなかった。しかし、昨年秋の選挙で支持派が民主党を中心に60議席を確保、共和党から7人が賛成に回れば批准できる。批准をめぐる議論が活発化して核廃絶に焦点があたるのは間違いない。

 だが、核廃絶に否定的な見方が根強いのも事実だ。ウオール・ストリート・ジャーナル紙は7日「オバマ大統領を幻想主義者」と決め付ける社説を掲載。同大統領が核使用の道義的責任を認めたことについて「広島に謝罪したのと同じ」で、原爆投下を決断した「トルーマン大統領の功績を侮辱した」と厳しく批判した。米国以外でも、中国の環球時報が7日「空想」と揶揄する内容の報道をしたほか、ロシアやインドなどの反響も芳しくないものがあった。

 オバマ大統領は5日の演説で「廃絶が短時日で達成できるとは思わない。20世紀、我々は自由のため戦ったように、21世紀は核の脅威のない世界実現のために協力しなければならない」と決意を表明した。日本は過去15年間、核廃絶決議案を国連総会に提出、核廃絶運動では実績がある。決議支持国は毎年増え、昨年は国連加盟国192カ国のうち173カ国が賛成した。核廃絶が空想に終わるか、実現に動くかは、この国際社会の動向が鍵となる。そのために、日本ができることは多い。


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