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イラクは安定するか
持田直武 国際ニュース分析

2010年3月28日 持田直武

イラクが政情不安の兆しをみせている。3月7日の総選挙の結果、政界は4会派が分立して大統領と首相の座を争い、新政権の成立は大幅に遅れることが確実。その一方で、米軍は8月に戦闘部隊が撤退、残存部隊も来年末には引き揚げる。イラク政界の混乱が治安の悪化を招かないか、不安が深まっている。


・新政権に向け4会派が入り乱れる

今回の国民議会選挙は03年のフセイン政権崩壊以来2回目。前回の選挙は、スンニ派がボイコットしたが、今回は同派も参加した。議席の定数は325。候補者は60を超える政党や会派から6000人余りが立候補し、投票率は62.4%だった。イラク選挙管理委員会によれば、選挙結果は次のようになった。

                    得票率    獲得議席
1位、アラウィ元首相のイラク国民運動  28.0%  91議席
2位、マリキ現首相の法治国家連合    27.4%  89議席
3位、ジャファリ前首相のイラク国民同盟 21.5%  70議席
4位、タラバニ大統領のクルド人同盟   15.7%  43議席
その他                  7.4%  32議席

議席の過半数は163議席だが、これを上回る会派はなかった。このため新政権は2つ、または3つの会派による連立政権とならざるをえない。憲法によれば、新政権発足までの手続きは次のようになる。新議会が当選者の中から新大統領を選出。新大統領が選挙で最も多くの議席を獲得した会派から新首相を指名。そして、新首相が閣僚を指名する。これら一連の人事を議会が承認して新政権が発足する。だが、この過程で多くの紆余曲折は避けられないというのが大方の見方だ


・鍵はアラウィ元首相の政治力

 新政権の構成で、鍵を握るのは議会の最大会派となったイラク国民運動のアラウィ元首相である。新議会が新大統領を選出すると、次は新大統領がアラウィ元首相を新政権の首相に指名する。そして、この2つの人事は議会が承認することが必要である。問題は、アラウィ元首相が議会でこの承認に必要な過半数の支持を確保できるかになる。元首相はイラク国民運動の91議席を持つが、これだけでは過半数にまだ72議席足りない。それを埋める政治力を持つかが問われることになる。

 前回05年の選挙後にも同様の問題が起きた。この時は当時最大会派だったシーア派の統一イラク同盟がクルド人同盟と連立し、首相に統一イラク同盟のマリキ現首相、大統領にクルド族のタラバニ現大統領を指名することで妥協が成立した。しかし、今は統一イラク同盟がマリキ首相の法治国家連合とイラク国民同盟に分裂。イラク国民同盟は反米強硬派のサドル師が影響力を増し、イランへの傾斜を強めた。一方、クルド同盟も北部自治区で地盤を固め、独自の発言力を強めている。

 タラバニ大統領は今回もクルド人同盟の43議席を切り札に大統領再任を狙う姿勢を隠さない。しかし、アラウィ元首相のイラク国民運動とは反目している。元首相がフセイン政権を支えたバース党員を大量に抱え、北部キルクークなどクルド住民の多い地区のアラブ系住民に浸透しているからだ。タラバニ大統領とマリキ首相が選挙に不正があったとして集計を手作業でやり直すよう要求したのはアラウィ新政権の発足を遅らせ、タラバニ・マリキの現体制の維持を狙う動きとの見方もある。


・政局の混乱が治安悪化を招く恐れ

 こうした中、シーア派の反米強硬派サドル師が今回の選挙で勢力を拡大したことも注目されている。同師は現在イランに滞在中だが、同師に忠実なグループは今回の選挙でジャファリ前首相のイラク国民同盟の傘下で立候補、40議席を確保した。イラク国民同盟が70議席だったのに対し、その過半数を確保、同師の支持グループがイラク国民同盟の活動を左右する力を持つことになった。その結果、イラク国民同盟がアラウィ元首相の連立相手となることはあり得なくなった。

 米オバマ政権は今回の選挙で穏健なアラウィ元首相が政権を握る立場に立ったことを歓迎している。だが、政権の発足には多くの障害があることを承知しているのも間違いない。アラウィ元首相が組閣できるのか疑問と見る向きもある。しかし、米軍はマリキ政権との約束に従って8月末、約4万5000人の全戦闘部隊が撤退。来年末までには、残りの全駐留部隊5万人も撤退する。オバマ政権としては、政局の混乱が長引いて、治安状態が悪化しないか薄氷を履む思いだろう。


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