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米大統領選挙 スキャンダル報道の破壊力
持田直武 国際ニュース分析

2011年11月20日 持田直武

米国では選挙にスキャンダル報道が付き物である。スキャンダルにどう対応するかで候補者の力量が分かると、その効用を説く向きもある。今回の大統領選挙でも、共和党のケイン候補がスキャンダル報道の直撃を受けた。同候補は共和党の主要候補8人のうち唯一のアフリカ系で政治思想は保守派。世論調査で支持率トップにおどり出たところでスキャンダルが浮上した。


・火付け役はワシントンの政治専門紙

 スキャンダルにもいろいろあるが、ケイン候補の場合セクハラ疑惑だ。最初に報じたのはワシントンの政治専門紙「ポリティコ」。同紙はレーガン大統領の元補佐官フレデリック・ライアン氏が会長、ワシントン・ポスト紙の記者だったジョン・ハリス氏が編集長となって07年創刊した保守派の政治紙である。新聞の発行部数は3万2000部だが、テレビ版やインターネット版を持ち、鋭い切り込みの硬派の記事で知られている。その同紙が10月30日夜のインターネット版で、「ケイン候補が部下の女性少なくとも2人に不適切は行為をして訴えられた」と報道した。

 それによれば、疑惑の事件が起きたのは1990年代。ケイン候補がピザ・チェーン店「ゴッドファーザーズ」の会長を辞任して、全国レストラン協会の会長に在職した1996年から99年の出来事という。ポリティコ紙は事件の1つとして、レストラン協会がホテルでイベントを開催した際、ケイン候補が部下の女性1人に性的行為を要求した例を挙げた。この女性は同じようなセクハラを受けたもう1人の女性とともにレストラン協会の幹部に事件を訴えた。その結果、協会と女性2人の間で示談が成立、女性2人は補償金を受け取って退職したという。


・セクハラ被害者が記者会見で詳細に証言

 このポリティコ紙の記事がインターネットで流れるとメディア各社が追跡報道を開始し、報道合戦になった。世論調査でケイン候補がロムニー候補を抑えて支持率1位に躍進した時である。報道各社の取材も熱気を帯びた。ポリティコ紙は報道にあたって被害者の名前や補償金の額などは伏せたが、追跡報道はそれらを一つひとつ明らかにしてしまう。その過程で被害者を名乗る女性も2人から4人に増えた。その被害者の1人で、シカゴに住む女性は7日著名な女性弁護士を伴って記者会見し、ケイン候補が彼女に対して行ったというセクハラ行為を詳細に語った。

 それによれば、彼女は96年からシカゴにある全国レストラン協会の教育基金部門で働き、97年6月解雇された。当時ケイン候補は同協会の会長で、彼女とは会議や夕食会の席で何度か会ったことがあった。解雇されたあと、彼女は会長の事務所があるワシントンに出向き、会長と直接会って再就職を依頼した。会長はその席で、彼女のスカートの中に手を入れて股間に触れたほか、同乗した車では彼女の頭を押さえて自分の股の間に押し付け性行為を要求した。彼女が「こんなことのためにワシントンに来たのではない」と抗議すると、会長は「何か仕事が欲しいのだろう。違うか?」と言ったという。彼女は自分でホテルを予約していたが、会長と会ったあと戻ってみると部屋は最上級のクラスに変更されていたと主張した。


・ケイン候補は全面否定だが、疑惑は消えず

 こうした女性側の主張に対し、ケイン候補は「私はセクハラをしたことはない。疑惑報道は根拠がない」と真っ向から否定。「被害者と称する女性に会ったこともない」とも主張した。しかし、メディアは同候補の主張をくつがえす証拠を次々と報じた。「セクハラをしたことはない」という同候補の主張についても、全国レストラン協会は97年に2人の女性職員と示談書を交し、3万5000ドルと4万5000ドルの補償金を支払った事実を明らかにした。当時会長のケイン候補がこれを知らない筈はなかった。また「女性と会ったこともない」という主張についても、シカゴのラジオ番組のホストが「記者会見した被害者の女性とケイン候補がシカゴのパーティで会って話すのを目撃した」と報道した。見たのは疑惑報道が出る1ヶ月前のことだという。事実ならケイン候補の主張が崩れることになる。

 こうした疑惑報道がケイン候補の支持率に影響しない筈はない。報道で疑惑が広まる直前、CNNの調査ではケイン候補の支持率は30%で2位のロムニー候補の23%を大きく引き離していた。しかし、ケイン候補の支持率はその後じりじりと低下。疑惑報道が出た2週間後(11月11−13日)のCNNの調査では、1位はロムニー候補で24%、2位はギングリッチ候補で22%、ケイン候補は3位に下がって支持率14%に落ちた。また、共和党員の10人に4人がCNNの調査に対し、ケイン候補のセクハラ疑惑を深刻に捉えていると答えた。ケイン候補が今回のセクハラ疑惑で致命的な打撃を受けたのは明らかだった。


・共和党保守派の混乱深まる

 ケイン候補の失速は共和党のフロント・ランナーとして3人目だった。最初のフロント・ランナーはティー・パーティ運動の支持を受けた下院議員バックマン女史。議会内にティー・パーティ議員団を組織し、同運動のスポークスマン役だったが、夏ごろから同運動との関係が悪化、同運動の一部組織が絶縁状を付き付けた。次の対抗馬として登場したのがテキサス州知事ペリー候補。ところが、同候補は大統領候補討論会で失言を連発。9日の討論会でも、同候補は公約として掲げた商務省、教育省、エネルギー省の3省の解体のうち、商務省、教育省までは滑らかに口にしたが、エネルギー省は思い出せず、「ウーン」と言ったまま立ち往生した。会場は大笑いしたが、これら3省の解体は共和党保守派が「小さい政府」を目指す機構改革の重要項目。保守派の星と言われた同候補にとっては極めて深刻な失態だった。

 ペリー候補のあと、ビジネスマン出身のケイン候補がフロント・ランナーとして登場したが、上記のようなセクハラ疑惑で後退。同候補は政治家としての経験もない上に全国的な選対組織も持たないため早くから長期戦を戦うのは難しいと見られていた。フロント・ランナーに浮上したのも同候補の主義、主張や政策に対する評価の結果ではなく、共和党保守派の持ち駒不足の結果と見る向きも多い。政治紙ポリティコが同候補のフロンと・ランナー浮上と同時にセクハラ報道に踏み切ったが、その背景に政治的意図があったのは間違いないだろう。

 ケイン候補の失速のあと、保守派のフロント・ランナーとして登場したのはギングリッチ候補である。同候補は68歳。1995年から4年間下院議長に在職した共和党の長老、議長時代にクリントン政権の予算編成に反対して政府事務所を閉鎖に追い込むなど辣腕政治家としても知られる。保守派だが、議長を退任したあと、コンサルタントとして多額の報酬を受け取ったことや、最初の夫人がガンで死の床にある時、離婚請求をしたなどの報道もくすぶり、スキャンダルになりかねない弱点も多い。今後も支持率が上昇すれば、メディアの詮索報道が熱気を帯びるのは確実。ギングリッチ候補がこれを乗り切れるかどうかダイナマイト抱えたような候補だ。


・共和党保守派の不満分子が第三党に走る?

 共和党の大統領候補指名争いは穏健派のロムニー候補に対し、保守派の誰が対抗馬になるかが焦点となって展開してきた。同党は党員の70%が保守派、残りが穏健派である。大統領候補者は保守派が7人、穏健派はロムニー候補が1人。これまでの展開は、穏健派がロムニー候補支持で態勢を固めたのに対し、保守派は対抗馬が次々と失速し、現在4人目のギングリッチ候補が登場した。だが、同候補も弱点が多く、対抗馬の立場をいつまで維持できるか危ぶむ見方が多い。保守派が今の混乱を脱することが出来なければ、穏健派のロムニー候補が共和党の大統領候補の指名を獲得することになる。その場合、同候補の政治傾向やモルモン教徒であることを嫌う共和党保守派の一部党員が超保守の第三党候補などに投票するとの見方もある。


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