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エジプト動乱、中東に緊張走る
持田直武 国際ニュース分析

2011年2月6日 持田直武

反政府デモがムバラク大統領を退陣寸前に追い込んだ。後継政権がどうなるか、見通しは不透明だ。だが、後継政権下ではムスリム同胞団の台頭などイスラム色が強まるとの見方が多い。反欧米の世論が拡大、イスラエルとの平和条約破棄など過激な主張が強まれば、緊張は中東だけに止まらない。


・オバマとムバラク、退陣時期をめぐって対立

 ムバラク大統領は2月1日国営テレビで演説、「9月の大統領選挙に出馬しない」と述べ、事実上の引退宣言をした。残る任期の間、後継政権への権力移譲を確実にするため協力するという。しかし、オバマ大統領はこの政権移譲計画に不満だった。ムバラク大統領がテレビ演説を終えた直後、オバマ大統領はムバラク大統領に電話して長時間会談。そのあと、オバマ大統領は声明を発表、「権力移譲は今から実施しなければならない」と述べ、ムバラク大統領に事実上の即時退任を要求した。

 これに対し、ムバラク大統領は3日ABCテレビのインタビューに応じ、オバマ大統領が事実上の即時退任を要求したことに触れ「内政干渉だ」と苛立ちを隠さなかった。また、ムバラク大統領はこのインタビューで、オバマ大統領との電話会談の内容にも言及、即時退陣を迫るオバマ大統領に対し、ムバラク大統領が「あなたはエジプトの文化がどのようなものか理解していない。私が今退陣したら、どんなことが起きるか、あなたは理解していない」と反論したことを明らかにした。

 米のマスメディアの論調も米政府の主張を反映して総じて早期退陣論だった。ワシントン・ポストは2月1日付けで「ムバラク大統領が居残ったままで真の変化が可能か」という社説を掲載、次のように論じた。「デモが始まる前、ムバラク大統領が次の大統領選挙に立候補しないと宣言していれば、彼は政治的停滞を打破した功労者として喝采を浴びたに違いない。しかし、カイロはじめ全国で何十万の市民が怒りの声をあげている今、彼が何を譲歩しても秩序は回復できない」。 


・米の課題はムバラク退陣後の空白をどう埋めるか

 反政府デモが全土に拡大したのは1月25日からだが、オバマ政権は最初ムバラク大統領を擁護していた。CNNによれば、クリントン国務長官は25日、「ムバラク体制は安定している」と楽観的だった。しかし、状況が緊迫してくると、同長官は「ムバラク大統領から後継者へ秩序ある権力移行の必要がある」という見解に転換。さらに2月1日、カイロで100万人デモが起きると、オバマ大統領が「秩序ある権力移行を直ちに始める必要がある」と述べ、ムバラク即時退陣論を表明した。

 オバマ政権がこのように逡巡したのは、ムバラク大統領が中東のキーマンとして米の中東政策に協力した実績があるからだ。同大統領は81年10月サダト大統領がテロの凶弾に倒れたあと、副大統領から昇格して大統領に就任。出身母体の軍部の強固な支持を背景にして独裁権力を確立し、アラブ連盟の中心的指導者になった。そして、冷戦時代の親ソ路線の外交を親欧米路線に転換、サダト政権が調印したイスラエルとの平和条約を維持し、米歴代政権の中東政策に積極的に協力した。

 ムバラク大統領の後継指導者も支配体制を確立するには軍部の支持確保が必須の条件となる。エジプトで全土を動かす力を持つ組織は2つしかない。軍部とイスラム原理主義組織のムスリム同胞団である。政党の力は弱く、単独でこの2大勢力に対抗する力はない。53年の独立以来、エジプトの大統領は初代のナギブ大統領からムバラク大統領まで4人だが、全員が軍出身者で、軍部の強い支持が政権維持の柱だった。ムバラク後の新指導者も権力基盤の確立には軍部の支持が不可欠だ。


・イスラム原理主義ムスリム同胞団台頭の危惧

 もう1つの課題はムスリム同胞団の台頭にどう対応するかだ。同組織はこれまで歴代政権の弾圧を受け、ムバラク政権も政党活動を禁止している。しかし、05年の議会選挙では、団員が無所属を名乗って立候補、民選議員444議席のうち、88議席を確保する驚異的な力をみせた。今回の反政府デモにも団員が参加、ムバラク後の後継体制造りに参加する意向を表明している。後継体制下では、政党活動の禁止措置が解かれるのは確実で、同組織が初めて表面に出て政治活動をすることになる。

 ムスリム同胞団の最高幹部の1人、カイロ大学教授のバイユーミ氏は時事通信のインタビューに応じ、ムバラク退陣後の政権で政策の大幅修正を目指す方針を示した。それによれば、79年にイスラエルと結んだ平和条約の破棄、米国の援助拒否、イスラム法シャリアによる裁判制度の導入など内政・外交の大転換が盛り込まれている。実施するとなれば、外交面では米やイスラエルとの対立が必至のほか、国内では年間13億ドル余の米の軍事援助に頼るエジプト軍部との対決も避けられなくなる。

エジプトの歴代政権がムスリム同胞団の政治活動を禁止してきたのは、こうした過激な主張を危険視したからだ。軍部が禁止を強く支持した。しかし、ムバラク後の後継政権下では、この禁止措置は実施できない見通しだ。オバマ政権が進めているムバラク後の暫定政権構想は、ムスリム同胞団などすべての政治勢力の糾合を目指している。米国にとって民主主義の原則尊重の立場は捨てられない。しかし、中東諸国ではそれを奇貨としてムスリム同胞団が勢力を拡大しないか、危惧の念が消えない。


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