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米政府は債務不履行を避けることができるか
持田直武 国際ニュース分析

2011年6月6日 持田直武

米の初代大統領ワシントンは政党を嫌った。1796年の国民あて退任の辞で、政党のセクショナリズムは国家にとって危険だとさえ警告した。だが、米議会では今、民主、共和両党がこの警告を無視し、債務残高の上限引き上げをめぐって泥沼の対決を続けている。8月2日までに合意しなければ、米政府はデフォルト(債務不履行)となり、日本も大打撃を受けるというのだが。


・債務不履行の可能性高まる

 米議会下院は5月25日、連邦債務残高の上限引き上げ法案を否決した。議席総数435に対し、引き上げ反対が318、賛成は97で、反対が圧倒的だった。同法案は共和党執行部が提案したが、内容は民主党の主張そのもの。本会議では共和党議員全員が反対して否決した。いわば駆け引きのためのマッチポンプ法案である。翌日、オバマ大統領と共和党下院議員団が会合する予定だった。共和党はその前に民主党の主張が通らないことを誇示し、大統領から譲歩を引き出そうとしたのだ。

 米の連邦債務残高は5月16日に法定の上限14兆2,940億ドルに達した。ブッシュ政権時代からのテロ戦争の戦費、オバマ政権になってからの金融危機対策費などで財政赤字が嵩み、今年度も1兆6,000億ドルもの赤字が出る。これを賄うには、債務残高の上限を引き上げて赤字国債を発行する法改正が必要だが、議会が日本同様のねじれ状態で混迷。米の格付け会社ムーディーズは6月2日、デフォルトの可能性が高まったとして米国債の格付けの引き下げを検討すると発表した。

 米国債はドイツや英国の国債と並んで評価は最高のトリプル「AAA」だが、中でも米国債は別格だ。世界経済を支える機軸通貨ドル、しかも世界政治のリーダー米国が発効する国債だ。その信認を背景にして、これまで日本はじめ各国の中央銀行や世界の投資家が最も安全な投資対象として購入してきた。その米国債の信認が揺らぐ事態になったのだ。3日のニューヨーク・タイムズ(電子版)は「事態はホワイトハウスや議会が考えているよりも深刻だ」と危機感をあらわにした。


・債務不履行についての危機感は薄い

 米国債の格付け引き下げの検討は、大手格付け会社S&P(スタンダード・アンド・プアーズ)も4月に表明した。それから2ヶ月後、上記ムーディーズが格下げ検討を表明したが、その理由はS&Pよりはるかに厳しくなった。ムーディーズは議会が債務残高の上限を引き上げても、それが財政赤字を削減する包括的な方策を伴わない場合や、合意が7月中旬以降にずれ込んだ場合には、米政府は短期間だが債務不履行に陥る可能性が高いと分析。米国債の格下げを検討する理由としている。

 ガイトナー財務長官も「債務不履行になれば、ダメージは先の金融危機の比ではない」と警告し続けている。米政府が債務不履行という事態になれば、影響は米国内に止まらず、世界を震撼させる事態になるのは間違いない。金利は急騰、米国債とドルは急落、消費者物価の高騰なども避けられず、その影響は世界各国に波及することは確実とみられている。日本経済は米ドルと緊密にリンクし、日本政府は米国債を大量に抱え込んでいる。そのダメージの大きさは想像を絶するものになるだろう。

 だが、米国内では債務不履行の場合のダメージについて危機感はあまりない。ワシントン・ポストが5月25日発表した調査結果によれば、調査した米国民の48%は債務不履行のダメージについて分からないと答えた。分かると答えた50%余のうち、債務不履行を危惧する国民は37%。債務不履行よりも、債務残高の上限引き上げで債務がさらに増えることを危惧する国民が52%だった。債務不履行が引き起こすダメージよりも、政府の債務が増えることのほうが心配なのだ。


・下院共和党が上限引き上げの鍵を握る

 米議会で民主、共和両党が争っているのもこの2点だ。民主党は債務残高の上限引き上げをまず実施し、債務削減策はあとで決めると主張。債務不履行の火種を先ず消したい。一方、共和党は債務の上限引き上げと同時に債務削減の基礎となる財政改革の方針も決めるという立場だ。財政改革で予算支出を削減し、小さい政府の実現を目指すのが共和党の伝統的政策。オバマ政権が焦眉の急とする債務総額の上限引き上げに合意するのと引き換えに、共和党はこの伝統的政策の実現を狙っている。

 米議会は、下院は共和党、上院は民主党が支配するねじれ状態である。債務残高の上限引き上げは下院の共和党が反対する限り実現しない。このためオバマ大統領は5月両党指導部に呼びかけ、バイデン副大統領を座長とし両党代表が参加する債務削減検討会議を設立した。同会議が債務削減策を法案にまとめ、債務総額の上限引き上げ法案と同時に議会で採択することを目論んでいる。共和党の支持を得るための苦肉の策だが、民主、共和両党の主張の差は大きく会議の進捗状況ははかばかしくない。

 この会議の主要な課題は、政府の歳入を増やし、支出を削減することだ。だが、それには税制改革や社会保障制度の改革など、民主、共和両党が厳しく対立する問題で合意が必要だ。法案化の期限は8月2日まで。ワシントン・ポストは5月28日「民主、共和両党が債務削減で合意し、債務残高の上限を引き上げるには、障害が余りにも多すぎる」と次のように伝えた。「彼らは異なる経済理論を持ち、税制で対立、予算で対立、医療制度で対立、会議のスケジュールでも対立している」。


・民主、共和両党の価値観の対決

 債務総額の上限引き上げ問題で、議会の民主、共和両党が対立するのを反映し、支持母体の草の根も対立を強めている。5月26日に行われたニューヨーク州の下院補欠選挙がそれを如実に示した。選挙では民主、共和両党と無所属の3人が争い、争点の1つは債務削減問題だった。中でも、政府予算の15%余りを支出する高齢者向け医療保険の改革問題に関心が集まった。共和党は債務削減策の1つとして、この保険を2022年までに現在の政府管掌から民間医療保険に移す政策を打ち出した。

 民主党が選挙戦でこの政策を高齢者遺棄政策と批判。立案者のライアン下院予算委員長が高齢女性を手押し車に乗せ、崖から突き落とすテレビコマーシャルを流した。選挙区は共和党の伝統的地盤だったが、このコマーシャルの反響は大きく、新人の民主党候補が共和党の現職を破って当選した。高齢者医療保険(MEDICARE)は1965年、民主党のジョンソン大統領が創設した米の医療福祉制度。共和党内の保守派は社会主義の制度として忌避し、民営の医療保険に変えることを狙っていた。

 今回の債務総額の上限引き上げに関連して、バイデン副大統領の債務削減検討会議が取り上げるのは、この医療保険はじめ多岐にわたる。その中には、上記の医療保険の問題や税制改革の1つである富裕層に対する特別減税(レーガン減税)の廃止問題など民主党と共和党の政治哲学にかかわる問題も多い。削減検討会議はこうした問題を抱えて8月2日までに結論を出せるのか。格付け会社ムーディーズは6月2日、出せない可能性が高まったと判断した。


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