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米債務上限引き上げ法成立 草の根運動の勝利
持田直武 国際ニュース分析

2011年8月7日 持田直武

米議会が債務総額の上限引き上げをようやく議決、政府は債務不履行を回避した。だが、この議決を得るためにオバマ大統領は共和党の主張を大幅に受け容れた。その多くは草の根運動ティー・パーティの主張である。今回の債務問題をめぐる抗争で、勝ったのはティー・パーティとの評価が出る所以だ。


・共和党の債務人質作戦の成功

 米議会が政府の債務総額上限を議決する制度を取り入れたのは1962年だ。その後、政府の要求で上限の引き上げを74回実施した。議会内に反対もあったが、引き上げは無条件で決まった。今回、債務不履行の危機寸前の騒動になったのは、共和党が上限引き上げの条件として政府支出の大幅削減を要求したためだ。債務総額は5月16日に上限に達したところだった。オバマ政権が新規国債を発行するには、議会が上限引き上げを議決する必要がある。共和党がこれに待ったを掛けたのだ。

 共和党は昨年秋の中間選挙で下院の多数を獲得し、議会運営の指導権を握っている。上限引き上げの期限は8月2日。共和党が引き上げに応じなければ、オバマ政権は債務不履行に陥り、危機が世界経済に波及するのは間違いなかった。米政界はすでに来年秋の大統領選挙と議会選挙の前哨戦に入っている。共和党は上限の引き上げをいわば人質にして、オバマ大統領に政府支出の大幅削減を要求したのだ。草の根運動ティー・パーティが全国各地で集会を開いて共和党を背後から突き上げた。


・ティー・パーティの勝利

 オバマ大統領と民主、共和両党の協議は8月1日ようやく決着。8月2日の期限ぎりぎりに債務上限引き上げ法が成立した。米政府の債務不履行の危機は回避できたが、オバマ大統領はこの過程で共和党が要求した大幅な支出削減を呑まざるを得ない立場に追い込まれた。その多くが、実はティー・パーティがこれまでの草の根運動の中で主張してきたものだった。このため米のテレビや新聞は、今回の債務上限引き上げ問題で「勝ったのはティー・パーティ」と評価するものが多かった。

 ブッシュ前大統領のスピーチ・ライターだったマーク・ティエッセン氏も「ティー・パーティが勝った」と評価する1人である。同氏は8月1日のワシントン・ポスト(電子版)に論評を寄稿。その中で、同氏は「ティー・パーティが勝った」と評価する理由として「債務総額の上限を引き上げる際の条件の中に、政府支出の大幅削減や、憲法を修正して均衡予算を制度化することなど、これまでティー・パーティが主張してきた要求の多くが採り入れられたこと」を挙げている。


・ティー・パーティ・チルドレン87人の影響力

 債務上限を引き上げる際の条件を決めた民主、共和両党の協議は、5月から始まり共和党が終始指導権を握った。しかし、上記のマーク・ティエッセン氏は「その協議で共和党指導部が主張したのは、基本的にティー・パーティの主張だった」という。ティー・パーティがこのような影響力を持ったのは、昨秋の中間選挙で共和党が下院の主導権を握るのに貢献したからだ。この選挙でティー・パーティは共和党の下院議員87人の当選を手助けし、共和党内に大きな政治的影響力を持つことになった。

 債務問題でも、ティー・パーティは早くから無条件の上限引き上げに反対。引き上げる場合は、政府が大幅な支出削減を約束するよう主張してきた。今回の協議でも、同運動指導部は「支出削減と均衡予算の制度化を憲法に加える決議をするまで上限引き上げを支持しない」という誓約書を作成。ティー・パーティ・チルドレンをはじめ共和党大統領候補のロムニー元マサチューセッツ州知事など多数の署名を集め、オバマ大統領だけでなく、協議に参加した共和党指導部にも圧力をかけた。


・狙いはオバマ大統領の再選阻止

 ティー・パーティ運動は元来税金の使途を監視する保守派の草の根運動だった。それが、オバマ大統領が就任した09年から活動を拡大。昨秋の中間選挙で共和党が下院の過半数を獲得するのに貢献。さらに今回は債務上限引き上げ法の制定に大きな役割を演じた。運動の狙いについて、ティー・パーティの活動家幹部ジュドソン・フィリップ氏は6月28日のワシントン・ポスト(電子版)に論評を寄稿、「ティー・パーティの狙いは「政府支出の膨張を阻止することだ」と主張している。

 フィリップ氏はこの中で「米政府は必要もない多数の支出先に膨大な予算をばら撒いている。上院議員や下院議員はそのばら撒きで再選を保証される。債務総額の上限引き上げを無条件で認めれば、ばら撒きが際限なく続き、政府の支出は際限なく膨張する。ティー・パーティの目的はこれを阻止ることだ」と言う。ティー・パーティから見れば「政府支出を膨張させる」のは民主党だ。従って、フィリップ氏が「政府支出の膨張を阻止する」と言うのは、「オバマ大統領の再選を阻止する」と言うのと同じだ。


・S&Pは米議会と政府に失望、米国債を格下げ

 だが、政府支出を膨張させたのはオバマ政権だけではない。ブッシュ前大統領もイラク戦費やリーマン・ショック後の金融危機対策で膨大な赤字を計上。債務総額は01年の同大統領就任時の5.7兆ドルから退任時には10.6兆ドルに膨らんだ。オバマ大統領は09年1月の就任から2年半だが、前政権から引き継いだ景気刺激策などもあって早くも3.7兆ドルの債務を加算。今後も昨年成立の新医療制度への補助金の膨張などで今後1年半の任期中さらに2兆ドル余りの債務が加算する見通しだ。

 今回、共和党やティー・パーティの主張で成立した債務上限引き上げ法はこの債務の膨張を転換させる役目を担うことになる。だが、外部の評価は厳しい。大手格付け会社S&P(スタンダード&プアーズ)は5日、米国債の格付けを最上級のトリプルAから一段階引き下げた。債務上限引き上げ法では「米の中長期的な財政運営の安定に不十分。財政再建をめぐる溝が深く、米政府と議会の能力についても悲観せざるを得ない」という評価だ。オバマ大統領は債務不履行の危機は回避したが、その間の混乱を見れば、国債の評価が下がるのは仕方なかった。


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