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イラン核開発加速、問われるオバマ大統領の統率力
持田直武 国際ニュース分析

2012年11月26日 持田直武

米大統領選挙投票日の直前、イスラエルがイラン核施設攻撃の「最終判断」をする動きをみせた。危機はイラン側の変化によって回避されたが、同じ危機はこの夏以降ふたたび起きる恐れがある。国際社会はこの問題にどう対応するのか。オバマ大統領の統率力が問われることになった。


・回避された米大統領選挙前の重大危機

 イランの核開発が着々と進んでいる。国際原子力機関(IAEA)が11月16日公表した報告書によれば、イランが中部フォルドウの山中に建設していた地下核施設がこのほど完成し、ウラン濃縮用の遠心分離機約2800台の設置が終わった。2月までに設置した約700台はすでに稼動、純度20%の濃縮ウランを生産している。イランには濃縮施設がナタンツにもあり、両施設がこれまでに生産した純度20%の濃縮ウランは合計233キロに達した。核兵器の製造には純度20%の濃縮ウラン200キロから250キロが必要で、イランはこの必要量を手に入れたことになる。

 だが、イランはウラン濃縮の目的は発電や医療用など平和利用のためと主張、核兵器開発を否定している。これまでに製造した純度20%の濃縮ウラン233キロについても、このうち96キロは研究用原子炉で使う核燃料棒に転換したと主張している。濃縮ウランの製造工程は平和利用、核兵器用とも純度20%までは同じだが、核兵器用はこのあと純度90%まで濃縮する必要がある。研究用原子炉の燃料に転換したというイランの主張が事実とすれば、核兵器に転換可能な20%濃縮ウランは137キロに減少し、核兵器製造に必要な量を下回ったことになる。

 イスラエルのバラク国防相も10月30日付きの英紙デーリー・テレグラフ(電子版)のインタビューで「イランの核兵器開発が一時後退した」との見方を示した。同国防相はさらに「この結果、イスラエルも『最終判断』を8ヶ月から10ヶ月延期した」と述べた。イスラエル政府当局者が「最終判断」と言う場合、イランの核施設を空爆する最終判断を指している。同国防相は「イランの変化がなかったら、11月6日の米大統領選挙前に重大な危機を迎えていた可能性があった」と断言。イラン核施設空爆をめぐる危機がイラン側の変化によって回避されたことを暗に認めた。


・イスラエルは核施設空爆の予行演習

 イスラエルは最終判断延期の直前、イランの核施設空爆の予行演習を実施した。演習の標的になったのはスーダンの兵器工場だった。実施は10月23日夜、バラク国防相がイラン核施設空爆の最終判断延期を明らかにする1週間前のことだ。イスラエル空軍機がスーダンの首都ハルツーム南部にある兵器工場を爆撃、スーダン情報省によれば工場は炎上2人が死亡した。イスラエルはこの兵器工場がイランのミサイルを製造してパレスチナ自治区ガザに送る拠点になっていると主張していた。空爆はこれを阻止し、同時にイラン本土の核施設空爆の予行演習をすることだった。

 スーダン情報省は当初「襲来したイスラエル軍用機は4機」と発表したが、規模はその3倍にあたる大編隊だった。英紙サンデー・タイムズは28日西側軍事筋の話として「参加したイスラエル軍機は合計12機」と伝えた。それによれば、主力の攻撃隊はF15戦闘機4機でそれぞれ1トン爆弾2発を搭載、他に護衛役のF15戦闘機が4機、墜落など不測の事態に備える救出用CHヘリコプター2機、妨害電波を出す空軍機が1機、給油機1機、合せて12機の大編隊だった。

 この編隊がイスラエル南部の基地を出発、紅海を南下してスーダン領空に侵入、計画どおり空爆を実行した。飛行距離は往復3860キロ、合計4時間の飛行だった。途中エジプトの領空近くを飛行したが、気付かれた気配はなかった。救出用ヘリコプターは事前に空爆現場近くに潜入して待機していたが、これも気付かれなかったという。編隊が飛行した距離はイスラエルからイラン核施設のある同国中央部までの距離とほぼ同じだ。


・イラン戦闘機は米無人偵察機を銃撃

 このスーダン空爆のあと、ペルシャ湾上空ではイラン戦闘機が米軍の無人偵察機(ドローン)を銃撃する事件が起きた。米国防総省によれば、事件が起きたのは11月1日。イスラエルのバラク国防相がイラン核施設を空爆する「最終判断」の延期を明らかにした2日後である。無人偵察機がイラン領から25.6キロ離れた公海上で通常の偵察活動を実施中、イランの戦闘機2機が数キロ追跡、2回にわたって銃撃を加えた。被弾しなかったが、イランが米の無人偵察機を攻撃するのは初めてだった。

 米政府は第三国を通じてイランに強く抗議したが、事件には疑問も残った。イラン戦闘機が無人偵察機を2回も銃撃を加えながら何故撃墜しなかったかという疑問だ。無人偵察機は非武装でイラン戦闘機なら容易に撃墜できる。国防総省のリトル報道官は報道陣が「何故撃墜しなかったと思うか」と質問したのに対し、「撃墜しようとして射撃したと思うが、詳しくはイランに聞いて欲しい」と答えた。攻撃は米大統領選挙の投票日まで5日間という切迫した時に起きた。イラン戦闘機が無人偵察機を撃墜すれば、米世論は反発し、強硬な中東政策を主張する共和党のロムニー候補が有利になるのは明らかだった。

 オバマ大統領の再選が決まったあと、ワシントン・ポストはテヘラン発の記事で「イラン国民はオバマ大統領の再選に安堵している」と伝えた。その1つの例として、同紙はイランで最もポピュラーなインターネット・サイト「アスリラン」に、1人のブロガーが「少なくとも今後4年間、戦争はないだろう」という意見を寄せたことなどを挙げた。しかし、イスラエルはイラン核施設空爆の「最終判断」を一時延期しただけで取り消したわけではない。ネタニャフ首相も来年夏までにイランの核兵器保有を阻止するための「Red Line(超えてはならない限界線)」の設定を主張している。


・問われるオバマ大統領の統率力

 米国のキッシンジャー元国務長官は11月17日のワシントン・ポストにイラン核開発について寄稿、「オバマ大統領はイラン核問題を緊急の最優先課題にするべきだ」と主張した。「イランのウラン濃縮能力が加速し、核兵器製造の時間が近づけば近づくほど外交で解決する時間は少なくなる」というのだ。このため「P5+1(国連安保理常任理事国+ドイツ)、または米国がイランのウラン濃縮能力を規制するプログラムを一方的に作ってイラン側に提示するべきだ」と提唱している。キッシンジャー元国務長官は「これは戦争へのRed Lineではない。これを守らなかったからと言って、各国が戦争の火ぶたを切るというものではない」と説明した。しかし、イラン、イスラエルがどう受け取るか予測の限りではない。

 オバマ大統領は9月25日の国連総会演説で、「イランが核兵器を入手するのを阻止するため、米国はあらゆる必要な措置を取る」と約束した。軍事的選択肢も排除しないという従来からの姿勢だ。また、外交解決についても、「問題を外交で解決する時間は残されている」と述べたが、同時に「時間が無限にあるわけではない」とも述べ、事態が緊迫の度を加えていることを言外に示した。次の危機はイスラエルの「最終判断」の期限が切れる6月以降、その時オバマ大統領は外交解決に向けて各国をまとめられるか、統率力を問われることになる。


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