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米大統領選挙戦 オバマ再選が懸かる医療保険改革
持田直武 国際ニュース分析

2012年4月8日 持田直武

米連邦最高裁がオバマ大統領の医療保険改革法を憲法違反と判決する可能性が強まった。最高裁が3月末に行った口頭弁論で9人の判事のうち5人が違憲の立場から論戦を展開した。判決は6月末に出る予定である。違憲の判決が出れば、オバマ大統領には大きな打撃になる。


・審理の焦点は保険加入を義務付ける項目

 医療保険制度の改革は「チェンジ(変革)」を掲げて当選したオバマ大統領の目玉公約である。米国は先進国で唯一国民皆保険制度が無い国だが、同大統領はこれを変えようとした。米国は建国以来自由な市場経済を国是とし、政府が市場に介入するのを極端に嫌う。保険も民間保険が市場を支配し、国民の約3分の2が民間保険の加入者だ。政府管掌の公的保険としてメディケア(65歳以上の高齢者医療保険)とメディケイド(低所得者医療保険)があるが、加入条件を満たすのは国民の約29%。その結果、国民の約15%、4500万人は主に経済的理由で無保険である。

 オバマ大統領の医療保険改革法の狙いはこの無保険者を無くすことだった。同大統領はその方法として日本の国民健康保険のような「公的保険を新設し、無保険者を加入させる案」を考えた。ところが、同大統領がこの案を柱とする法律原案を議会に提出すると、共和党保守派や保険業界が政府の市場介入として強硬に反対。同大統領は公的保険では議会の承認は不可能と判断、公的保険の項目を削除した。その代わり「無保険者が政府の補助金を受けて民間保険を購入するのを義務とし、違反者に罰金を科す」という項目を新設し、民間保険による国民皆保険を目指すことになった。

 医療保険改革法はこうした修正を経て10年3月民主党が上下両院で多数を占める議会を通過した。しかし、共和党や保険業界など反対派が矛を収めたわけではない。同年秋の選挙で改選を迎えた共和党議員の多くが同法の撤廃を公約したほか、共和党の知事グループ2つが同法を憲法違反として提訴した。1つは、無保険者の民間保険購入を義務とするのは、憲法に規定した「国民の通商自由の権利」を侵害するという理由。もう1つは、医療保険改革で妊娠中絶など産児制限に反対している宗教団体も従業員の産児制限の費用を保険で負担しなければならなくなるが、これは憲法が保障する「信教の自由の権利」の侵害に当るという理由である。


・5対4で憲法違反の可能性強まる

 連邦最高裁判所が現在審理しているのは上記2つのうち前者「無保険者の民間保険購入を義務とする項目」についてである。同法が10年3月発効したあと、「小さい政府」を主張する共和党知事26人が同項目を憲法違反として連邦地裁に提訴。バージニア州やフロリダ州連邦地裁は違憲判決を下した。一方、オハイオ州の連邦高裁は合憲の判決を出すなど判断が分かれた。このためオバマ政権が連邦最高裁判所に違憲立法審査を要請。最高裁判所は3月26日から3日間関係者を呼んで口頭弁論を開いた。出席したのは、オバマ政権の立場を代表する法務省のビリリ訟務局長と訴訟を提起した26州の代表。最高裁判所からはロバーツ長官はじめ9人の最高裁判事が出席した。

 この口頭弁論で法務省のビリリ訟務局長は「医療保険改革法は憲法の『議会は各州間の通商を調整する』という規定に基づく律法で合憲だ」と主張した。9人の判事団のうち民主党大統領が任命した4人はこの立場を肯定する弁論を展開した。しかし、共和党大統領が任命した判事5人は保険購入の義務付けに疑問を表明した。憲法は「議会が無保険の国民に民間保険の購入を義務付ける立法をする権限」を与えていないというのだ。3月29日のワシントン・ポスト(電子版)は「最高裁の判決はオバマ大統領に大打撃を与えることになるだろう」と報じた。判事団のうち過半数を超える5人が医療保険改革法を憲法違反と考えていることがはっきりしたからだ。

 判決は6月末に出るが、その場合次のような4つの可能性がある。その1は医療保険改革法の全体を合憲とする判決。2は同法の全体を違憲とする判決。3は同法の1部を違憲とする判決。4は、同法が完全に施行される14年まで判断を延期するという判決である。同法の完全実施は14年度だが、一部はすでに実施されている。その中には、子供が26歳になるまで両親の保険が使えるという項目や産児制限の費用を全額保険でカバーする項目など日常生活に直結した分野もあり、最高裁判所が違憲判決を出せば混乱は避けされないという見方が多い。


・オバマ大統領の歴史的快挙が消滅か?

 オバマ大統領は4月2日ホワイトハウスで記者会見し「最高裁が違憲判決を出さないと確信している」と強調した。同大統領はこの会見で違憲判決は「議会が過半数で可決した法律を最高裁が覆す前例のない措置」と主張。さらに「選挙で選ばれた議会が賛成多数で可決した法律を選挙で選ばれていないグループが覆すなどあってはならないことだ。法曹界にはかつて、司法ファッショなど抑制のない行動があったと聞いているが、そんなことは起きないと確信している」と述べた。3権分立下の米国大統領としては最高裁に対する圧力と受け取られかねない異例の発言だった。ニューオーリンズ連邦高裁の判事の1人は4月3日ホルダー司法長官に対して質問状を提出し発言の真意を質すなど波紋が広がっている。

 オバマ大統領がこのような発言をしたのは6月に違憲判決が出た場合、再選への打撃は避けられないと見ているためだ。同大統領は再選戦略の柱の1つに医療保険改革法を据えてきた。両親の保険で26歳までの子供をカバーする制度や、避妊ピルなど産児制限の費用を保険で負担する制度を早々と実施に移したのも、秋の選挙を前にして若者や女性票の確保を狙ったのだ。同時に米国で初めて皆保険制度を導入した大統領として歴史に名を刻むことを狙ったことも間違いない。だが、最高裁判所が違憲判決を出せば、これらは雲散霧消することになりかねない。裁判所が改革法の1部のみを違憲とし、残りを合憲とした場合でも、共和党が選挙で勝てばその存続を許さないだろう。


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