船でゆらゆらカリブ海

門限15分前に外から見た船。大きくてキレイだった。

4日目 サンファン(プエルトリコ)

朝10時にプエルトリコの港サンファンに到着。ここは19世紀の終わりにアメリカがスペインと戦争をしてぶん取った島なんだそうだ。アメリカの自治領だから通貨はドルで英語もけっこう通じる。レストランもショップもぜーんぶアメリカ人向けに作られているという感じがした。
船はスペイン領時代に栄えた旧市街のそばに停泊するので、この日はオプショナルツアーには参加せず、町をぶらぶらお散歩。船では前日にブランドショップのマップが配られていて、ラルフローレンやコーチなんかのショップの前にはアメリカ人が行列を作っていた。自分の住んでいる町にも店はあるだろうに、不思議な光景だ。(プエルトリコは買い物が無税なので、ちょっぴりは安いみたい)



昼はスペイン領時代には修道院だったというホテル・エル・コンベントで食べた。中庭にテーブルが出ていて、おシャレなバーカウンターもあっていい雰囲気なんだけど、朝から雨が降ったり止んだりしていたのでオープンエアのガーデンは濡れてびしょびしょで座れなかった。
メニューはアメリカではおなじみのグリルした肉がたっぷり入ったラップやサラダがメインという感じ。こういうカリビアンメニューはアメリカではデリや屋台でおなじみだ。このエリアからの移民が多いからね。


町にはインフォのゼッケンをつけ、うろうろする観光客に「何か知りたいことはありませんか?」と尋ねる女の子が立っていた。念のため「中華か日本料理のレストランはありませんか?」と聞いてみたら、一生懸命調べて「ドラゴンフライというレストランが、アジアンとカリビアンのミックスですよ」と教えてくれる。地図に印までつけてもらったので昼のうちに場所をチェックして、夕食を食べに行ってみた。
開店直後の6時過ぎに行ってびっくり。店の前には行列ができている。何とか中に入れたけど、薄暗くて変な仏像があって、小さなテーブルがぎっしり詰まっていて、よく言えばおシャレ、はっきり言えば怪しいつくりの店だ。メニューは「焼きうどんマンゴー風味」とか「エビの天ぷらタコス ワサビソース」とかそんな感じで、客も注文を取りにくる従業員もほとんどがアメリカ人だった。
そう、ここは何だかニューヨークにもありがちな、妙なジャパニーズ風レストランにそっくりだったのだ。それもビレッジの端っこのあたりにある、いかにもゲイのウエイターがしなしなと注文を取りに来て、客は若いアメリカ人ばっかりっていう感じの。カリブ海くんだりまで来て、ビレッジ体験ができるとは思わなかったけど、よく考えればプエルトリコはアメリカからは3時間ほどで来られるアメリカ人の定番観光リゾート。繁華街のレストランがこうなっちゃうのも仕方ないのかもね。

ここで食べた寿司ロールは、海苔がちゃんと外側に巻いてある正しいニッポンの海苔巻タイプで、何より久しぶりの酢飯がすっきりとお腹に収まって大変おいしゅうございました。

そうこうしている間に、7時半になってしまった。今日の出港は夜8時で、「遅れたら自分の責任で次の寄港地○○まで来てください。XXXマイル先になります」なんて毎回言われてしまうのだ。慌てて船に戻って聞いたら、「残りあと15人」とのことだった。私たちよりルーズな人が、あと15人はいたってことで、でも町で買い物に夢中になっていたりつい飲みすぎたりしたら、時間を忘れちゃうってこともあるだろう。そういう時はどうするんだろう? 別の日に甲板から見ていたら、出港時間を過ぎても帰ってこない人を船はタラップを開けたままちゃんと待っていた。最後の人は15分遅れで、ピアまで誰かのタクシーに乗っけてもらって来て大慌てで走ってきた。さぞかしあせっただろうなあ。

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