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米朝核合意の岐路
持田直武 国際ニュース分析

2002年6月19日 持田直武

・焦点は核査察の実施

 米のプリチャード朝鮮半島和平担当大使が6月15日、ニューヨークで北朝鮮の朴吉淵国連大使と会談、米朝協議再開の瀬踏みをした。これに先立ってパウエル国務長官は北朝鮮に対して、1)大量破壊兵器の拡散防止と長距離ミサイルの破棄、2)援助食糧の国民への確実な配布、3)通常戦力の削減、4)核査察の実施、以上4項目を要求すると発言。前任のクリントン政権が一交渉、一テーマに絞り、最後はミサイルの拡散防止 しか要求しなかったのに較べ、ブッシュ政権の強気の姿勢をあらためて示した。問題は北朝鮮がこれにどう答えるかである。

 北朝鮮にとっては、4項目のどれも難題であり、ブッシュ政権が満足するような答えがすぐに出せるようなものではない。中でも、焦点は核査察の実施だ。米側はこの夏までに北朝鮮がIAEA(国際原子力機関)の核査察を全面的に受け入れなければ、クリントン政権時代の1994年に結んだ米朝核合意(枠組み合意)の実施に支障が出ると主張。いわば、この夏に期限を切る形で査察の受け入れを要求する構えだ。


・日本も一役買う軽水炉建設に暗雲

  核合意は、北朝鮮が核兵器の開発を放棄し、核査察を受け入れる代償として、北朝鮮に軽水炉(発電用原子炉2基)を提供することや、米朝の関係正常化などを決めた。そして、米のイニシャティブで日、米、韓、EUなどがKEDO(朝鮮半島エネルギー開発機構)を組織。軽水炉の費用46億ドルを負担する他、米は軽水炉が完成するまでの間、毎年重油50万トンを北朝鮮に無償供与することになった。また、日本は軽水炉建設の分担金として10億ドルをすでに支払った。

 工事は遅れながらも今年夏に土地の整備工事を完了、1基目の建設用地にセメントを流し込む段階に進む。ここで査察の問題が起きた。核合意では、軽水炉の重要な原子力部品の引渡しを行なう前、北朝鮮はすべての核物質に関し、IAEAが必要と考える措置を受け入れなければならないと決めている。つまり、IAEAの思うとおりに査察を認める必要がある。それを完全に実施するためには、遅くともこの夏には現地で査察を開始する必要があるというのだ。

 しかし、北朝鮮は査察問題でこれまでIAEAを満足させたことがない。さまざまな理由をつけて、査察時間を制約し、あるいは肝心な場所や施設への立ち入りを制限した、とIAEA側は主張してきた。また、米国内にも、北朝鮮はすでに核爆弾1個か、2個分の核物質を製造して密かに保有しているという見方もある。従って、IAEAの査察はこの疑惑を晴らすことができるものでなければ意味がないという。北朝鮮がそれを受け入れない場合、この夏のセメント注入は延期され、軽水炉建設は停止されかねない状況なのだ。


・核合意の破棄論が台頭

 軽水炉を提供することにしたのは、北朝鮮が当時保有していたソ連供与の黒鉛炉に較べ、軽水炉はプルトニウムを取り出しにくく、従って核兵器の製造が難しくなるという理由だった。しかし、その軽水炉でもまったく取り出せないわけではない。ウオール・ストリート・ジャーナル紙は6月12日の社説で、提供予定の軽水炉でも稼動後15ヶ月で広島型の核爆弾50個分の核物質330kgを取り出せるとの専門家の意見を紹介し、核合意は「ミサイルをだれにでも売り飛ばすような貧困国に核開発の能力を与える愚行」と批判、合意を破棄すべきだと主張した。330kgが妥当な推定かどうかは別にして、このような主張がブッシュ政権下で強まっていることは確かだ。

 これに対して、クリントン政権下でこの合意をまとめたガルーチ前国務次官補は同じ12日の講演で、ブッシュ政権の現在の姿勢を批判、「北朝鮮の核とミサイルを交渉によって抑制するという従来からの選択肢を排除し、結果的に北朝鮮に核開発とそれを運搬するミサイル開発を許すことになる」と反論。核合意を維持し、交渉での問題解決を主張した。(ロイター電、12日)

 核合意は調印した当時から議会共和党の保守派などが強く批判。米が供与する重油の予算審議にあたってさまざまな条件や制限をつけた。合意を調印した当時の韓国の金泳三前大統領は1999年6月、東京一橋大学での講演で「当時の北朝鮮は金日成主席が死去した直後であり、まもなく崩壊するという見方でクリントン大統領と私は意見が一致していた」と語った。建設した軽水炉はいずれ統一朝鮮のために役立つという甘い判断が合意の背景にあったのではないかとの推測を裏付ける発言だった。  


・完成の遅れと建設費の増加も難題

 もう一つの問題は軽水炉の建設が大幅に遅れ、それに伴って費用が雪だるま式に増加しそうなことだ。合意では軽水炉は2基のうち、最初の1基は2003年を目標に引き渡し、残る1基はその1年か2年後に竣工する、と約束している。しかし、工事の開始前、提供する軽水炉を「韓国式」とするかどうかで対立したことなどが影響、現在の見通しでは完成が5年以上遅れることは確実の情勢という。また、工事費も現地を視察した欧州議会の議員が倍増するという試算を発表したことがある。この他、核合意は米朝両国の連絡事務所の設置や経済面も含めた米朝の関係正常化に触れているが、これらもほとんど実現していない。


・日本政府の対応も必要

米朝協議は再開されれば、ブッシュ政権下で初めてだが、その前途はきびしいと言わざるをえない。焦点の核査察問題で話がこじれれば、最悪の事態は核合意の破棄ということになりかねない。今年12月の韓国の大統領選挙では、北朝鮮にきびしい姿勢をとるハンナラ党の李会昌前総裁が当選する可能性が高く、そうなればブッシュ大統領と強硬路線で足並みを揃えることは確実だろう。朝鮮半島情勢は流 動的になり、日本への影響ははかりしれないことも確かだ。

 日本政府は軽水炉の建設にすでに10億ドルを支出済みだが、合意破棄となればその後始末をどうつけるかを問われる。日本の企業の中には軽水炉の部品の下請けを約束しているところもあり、合意破棄は政府間だけの問題ではない。又、日本は拉致疑惑をはじめ米国とは違う問題を北朝鮮との間に抱えている。日本政府としてもこれらを見通した上で、日本の国益を踏まえた対応を取ることが必要になる。


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