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米国内に「サウジがテロの元凶」の警戒論浮上
持田直武 国際ニュース分析

2002年8月14日 持田直武

・サウジは敵、油田の占領、資産の凍結を勧告

 米の保守系シンクタンク、ランド研究所のムラウイーク研究員が国防総省の 国防政策諮問委員会で「サウジアラビアは米国の敵」と決め付ける報告を行な った。7月10日の秘密会の報告だったが、ワシントン・ポスト紙が8月6日 にスクープした。

 それによれば、ムラウイーク研究員は「サウジ出身者がテロ組織の幹部や兵卒 になり、テロ計画や資金調達、理論構成から宣伝に至るまで、あらゆるレベル で活動。米国の敵を支援し、同盟国を攻撃している。中東の悪の核心であり、 最大の仕掛け人、危険な敵対者である」と断定。米国はサウジ政府にテロ対策 の最後通牒を付きつけ「イスラム原理主義組織への資金援助中止や、反米、反 イスラエル宣伝の中止、サウジ情報機関に巣食うテロ分子の摘発、訴追を要求 し、サウジが受け入れなければ、油田を占領、米国内にあるサウジの資産も凍 結すべきだ」と勧告した。


・イラク攻撃後、サウジ問題に取り組むというシナリオ

 報告はまた「イラクのフセイン体制の崩壊によってサウジの変化も可能にな る」と述べ、イラク攻撃がサウジ問題と深く関連していると強調した。その筋 書きは、米軍のイラク進攻でフセイン政権が崩壊、そのあとに親米的な政権が 登場してイラクの石油資源を西側に安定的に供給することを保証する。その結 果、米国はサウジの石油に過度に依存する状況から解放され、真正面からサウ ジのテロ問題に取り組んで、同国の変化を促がすことが可能になるというもの だ。

 国防政策諮問委員会は国防長官に政策の提言をする公式機関、メンバーはクエ ール元副大統領、キッシンジャー元国務長官、シュレジンジャー、ブラウンの 両元国防長官、フォーリー、ギングリッチの両元下院議長など重量級がずらり。 委員長はレーガン政権時代、ソ連共産主義との対決に敏腕をふるったパール元 国防次官補で、この日の秘密会には約20人が出席したという。

 研究員の報告のあと、キッシンジャー氏がただ一人報告に異議を唱える発言 をし、「サウジアラビアは親米であり、中東という難しい地域で行動しているこ とを考慮すべきだ。米国は最終的には彼らとうまくやっていける」と述べた。 これに対して、出席者の何人かが同調、同時に何人かは報告を支持したという。


・サウジは反発、イラク攻撃に反対

 ワシントン・ポストの記事が出たあと、パウエル国務長官はただちにサウジ のサウド外相に電話し、「報告は米政府の政策を反映したものではなく、米政府 の対サウジ政策に変更はない」と釈明。また、ラムズフェルド国防長官も国防 総省の職員を前に同様の説明をし、ショックの拡大を防ごうとした。しかし、 サウジのバンダール駐米大使は「報告内容は事実に反する」と反発。サウド外 相も翌日、AP通信とのインタビューで米国のイラク攻撃にあらためて反対し、 「米軍がサウジを攻撃の基地に使うことは認めない」という強い姿勢を示すこ とになる。

 米国は湾岸戦争の時以来、サウジに空軍を中心に5000人余りの部隊を駐 留させている。しかし、サウジ国内には、イスラム教の聖地に異教徒の軍隊が 駐留することに強い不満があり、サウジ政府はこうした国内世論に配慮して米 軍の行動を大幅に制限。同時多発テロ事件後のアフガニスタン攻撃でも、米軍 機がサウジの基地から直接出撃するのを認めなかった。 しかし、ブッシュ政権が今後イラク攻撃に踏み切る場合、サウジの基地はアフ ガニスタン攻撃の時以上に重要になる。今度の報告で、パウエル、ラムズフェ ルドの両長官が揃って釈明に乗り出したのは、同政権がイラク攻撃を前にサウ ジの協力取り付けにいかに腐心しているかを示している。


・米国内にはサウジ警戒論が拡大

 サウジがテロの元凶と決め付ける見解は、ムラウイーク研究員の報告だけで はない。今年7月だけでも2つの雑誌が同研究員と同じ趣旨の論文を掲載して いる。雑誌の1つは、クエール元副大統領の首席補佐官だったクリストル氏の 編集で、論文の題名は「来るべきサウジとの対決」。もう一つは、米ユダヤ委員 会の編集する雑誌で、論文の題名は「我々の敵、サウジ」である。

 ムラウイーク研究員はじめ、これらの論文の著者はネオ保守派と呼ばれ、最 近次第に影響力を拡大。ブッシュ政権内では、チェイニー副大統領のスタッフ や国防総省の文官の間に同調者が次第に増えている。国防政策諮問委員会委員 長のパール氏もこのグループの主張を熱心に支持し、今回の秘密会にムラウイ ーク研究員を招いたのも同委員長の指示だという。

 ブッシュ政権の当局者の1人はワシントン・ポストのインタビューに答え、 「政権内のサウジに対する見方が急速に変化している」と認めている。それに よれば、以前は「サウジの行動を弁護する雰囲気があったが、最近は現実を直 視し、サウジには問題があるという認識に変わっている」というのだ。


・テロと対決するサウジ政府の基本姿勢に不満

 同時多発テロ事件からまもなく1年、ブッシュ政権は事件の首謀者ビン・ラ ディンと実行犯19人を特定したが、このうちサウジ出身者はビン・ラディン はじめ16人になる。彼らの組織には、ムラウイーク研究員が指摘したように、 幹部から兵卒まで多数のサウジ出身者が加わっている。活動資金の多くはビ ン・ラディンの個人資産や関連企業から出るといわれるが、サウジ政府が各地 のイスラム系慈善団体やモスクに支出する資金が流用されているとの疑いもあ る。

 資金流用の疑いはビン・ラディンのテロ組織についてだけではない。米上院 で最近、民主党前副大統領候補のリーバーマン議員と共和党のスペクター議員 が、「サウジ政府が人道支援の名目で支出する資金がイスラエルに対する自爆テ ロに使われている」と非難した。サウジへの疑念が米国内で今最も関心のある パレスティナ問題にも飛び火してきたのだ。

 サウジ政府の情報機関の信頼度の問題もある。1996年のサウジ駐留米空 軍の兵員宿舎爆破で、米兵19人が死亡した事件でも、容疑者一人がカナダで 逮捕され、米政府がサウジの情報機関に捜査を依頼したことがある。しかし、 はかばかしい回答が得られず、事件の捜査はストップ、容疑者は釈放された。 それ以来過激分子がサウジの情報機関に浸透しているとの疑いが消えていない。


・サウジの石油依存からの脱却が鍵

 第二次大戦後、米歴代政権はサウジの石油確保を至上命令とし、王室の非民 主的体質や特権階級の富の独占、国民の人権問題には目をつむってきた。しか し、そこに過激派のテロを生む素地があったことも間違いない。ムラウイーク 研究員の報告は同時多発テロ事件のあとも、米国がこうした姿勢を取り続ける ことが妥当かどうかを問うものだ。

 しかし、米国の姿勢転換にはサウジの石油依存からの脱却が鍵になる。ブッシ ュ政権が精力的に進めているロシアの石油確保の努力は、そこに目標がある。 その上、さらにイラク攻撃によって、同国に親西欧的な政権が誕生すればその 目標の達成は一層確実になるということだろう。


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