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ブッシュ政権の新安全保障戦略
持田直武 国際ニュース分析

2002年10月15日 持田直武

米ブッシュ政権が新安保戦略で「自由と正義」の側に立ち、「人間の尊厳」の擁護者として戦うという目標を掲げた。先制攻撃とミサイル防衛はそのための手段である。米国が唯一の超大国の力をふるってミサイル防衛網を地球上に張りめぐらし、先制攻撃でならず者国家やテロ組織を押さえ込む、俗に言う世界の警察官、または帝国とも言うべき姿が現実味をおびてきた。


・米帝国を連想させる世界規模の安保戦略

 ブッシュ政権は9月20日、政権として最初の「国家安全保障戦略報告書」を議会に提出した。その冒頭で「20世紀、自由主義は全体主義との戦いで決定的な勝利をおさめた」と宣言。この結果、21世紀は世界の各国、各国民が自由の恩恵を享受できる環境が生まれたが、一方ではテロリストや独裁者が大量破壊兵器で平和を脅かす新たな状況も生まれたと指摘。米国の目標は「自由と正義」の側に立ち、「人間の尊厳」の擁護者として、テロリストや独裁者と戦い、世界の平和を守ることだと強調している。

 クリントン前政権が1999年12月議会に提出した「21世紀の国家安全保障戦略」は目標として「米国の安全確保」、「米経済の繁栄維持」、「海外における民主主義と人権の尊重」の3つを掲げていた。当時はグローバリゼーション下の国際競争激化の時代、米国の国益擁護が前政権の最重要課題だったのだ。これに対し、ブッシュ政権は米建国以来の伝統的価値観「自由と正義」、「人間の尊厳」を正面に据えた。

 これを旗印に掲げ、同盟国や友好国を率いて、テロリストやならず者国家と対決するというのだ。国家安全保障戦略報告書は「17世紀、民族国家が生まれて以来初めて世界の主要国がテロを共通の敵として団結した。米国はこの団結を基礎に世界の安全保障を推進する」と述べ、目標を世界の安全保障に置くことを明言している。俗に言う世界の警察官、というより、むしろ異民族を従えて古代世界に君臨したローマ帝国を連想させるものがある。 


・9・11後の新戦略の要、先制攻撃

 ジョージタウン大学のロバート・リーバー教授は国務省国際情報プログラムの電子ジャーナルに掲載した9・11事件一周年の論文で、同事件は日本の真珠湾攻撃に匹敵する衝撃を米国に与え、その衝撃で冷戦以来の安全保障の構図が一変したと主張している。ルーズベルト政権は真珠湾攻撃を契機に全面参戦し、世界の安全保障の流れを変えた。それと同じように9・11事件も冷戦、冷戦後と続いた流れを変え、世界の安全保障は9・11後とも言うべき新時代に入ったというのだ。

 確かに、ブッシュ政権の新安全保障戦略は、冷戦時代の戦略概念を根本から変える新戦略に変貌している。その要の1つが、冷戦時代には自粛していた「先制攻撃の重視」である。この背景には、テロリストやならず者国家の指導者は冷戦時代の共産圏指導者とは根本的に違い、核抑止など冷戦時の戦略は通用しないとの認識がある。

 冷戦時代は、一方が核攻撃をすれば、必ず報復を受けて双方が破滅するという共通の認識が期待でき、先制攻撃を自粛した。核抑止戦略はこの期待の上に成り立っていた。しかし、自爆攻撃を繰り返すテロリストやならず者国家の指導者にこの種の共通の認識を期待することはできない。彼らの攻撃を防ぐには、彼らが引き金を引く前に先制攻撃するしかないというのだ。


・もう1つの戦略転換、使う核兵器の登場

 新戦略のもう1つの特徴は、核兵器が冷戦時代の「使わない兵器」から「使う兵器」に変わったことだ。冷戦時代、米ソは核弾頭2万発余りを保有したが、これは誇示するだけで実は使わない兵器だった。誇示によって抑止効果が生まれ、使わずにすんだのだ。しかし、テロリストやならず者国家にこの抑止効果は働かない。そこで、必要なら核兵器を使うという姿勢に変った。

 新安保戦略報告書は核には言及していないが、国防総省が2002年1月議会に提出した「核戦略見直し報告」は、「生物、化学兵器を貯蔵する地下施設を破壊するため、小型核兵器を開発すべだ」と提案している。これは湾岸戦争や先のアフガニスタン攻撃の経験を踏まえての提案で、攻撃対象としてテロリストやならず者国家を念頭に置いている。  どの国も同じだが、米国も核問題は厳重な国家機密で、米議会がこの国防総省の小型核開発の提案にどう対応したか明らかではない。しかし、議会が新年度予算の編成作業に入る1月に提案が出されたことや、去年ブッシュ政権が包括的核実験禁止条約を死文化して実験再開に道を開いたことなどを考えると、議会はブッシュ政権の提案どおり開発の方向ですでに予算を付け、小型核兵器開発は実施段階に入ったと見るべきだろう。


・地球規模の防衛システム、ミサイル防衛

 国家安全保障戦略報告書はミサイル防衛について「ならず者国家やテロリストが大量破壊兵器で米国や同盟国を攻撃するのを阻止するため、ミサイル防衛を開発する」と記述している。新しく採り入れる小型核兵器や先制攻撃重視の攻撃戦略と並んで、ミサイル防衛が地球規模の防衛システムとして新戦略の柱の1つになることを示している。

 同報告書は今回詳しい説明をしていないが、国防総省ミサイル防衛局のカディッシュ局長は2002年6月25日の記者会見で「アラスカに建設中の迎撃用ミサイル基地が2004年には緊急時に使用可能になる」との見通しを示した。従来の見通しより1年早まり、ブッシュ大統領の1期目の任期中にミサイル防衛の一部が完成することになる。

 そして、将来は同盟国、およびその周辺海域に迎撃ミサイルやレーザー発射の基地、支援の艦船、航空機を配備するほか、敵のミサイル発射を探知する情報収集網を地球上から宇宙にまで設置し、地球規模の防衛システム構築を目指すという。このミサイル防衛計画に対して、中ロ仏などの批判が一時表面化したが、同報告書はロシアがこれまで考えられなかったような協力姿勢に変わったと述べている。しかし、中国には言及せず、対立が残ることを示唆した。


・新戦略と国際法との兼ね合い

 新戦略のもう1つの問題は、先制攻撃と小型核開発が国際法に違反する可能性を指摘されていることだ。従来の国際法の解釈では、先制攻撃は相手国が陸軍、海軍、空軍などを動員して明らかに攻撃準備を始め、危険が迫った場合にのみ許されるという解釈が一般化していた。

 これに対して、国家安全保障戦略報告書はこの伝統的解釈は現在の状況に当てはまらないとの主張だ。テロリストやならず者国家は通常の手段で攻撃するのではない。彼らは姿を見せず、旅客機など文明の利器を悪用し、自分の生命をかえりみることもしない。そこで新戦略では「彼らの目的や、攻撃する能力から、危険度を判断」して、先制攻撃を加えると主張している。

 もう1つの問題は、小型核兵器開発が包括的核実験禁止条約に違反するとの批判だ。新しい核兵器を開発しようとすれば、爆発を伴う核実験が必要というのが常識である。しかし、それは同条約が禁止している。米国はクリントン前大統領が同条約に調印したが、議会が批准を拒否。ブッシュ大統領は昨年同条約に拘束されないという声明を出した。しかし、これで核実験を再開すれば、批判が出るのは必至だろう。


・イラク攻撃が新戦略の最初の試金石

 国家安全保障戦略報告書は「現在、米国は世界最強の軍事力と経済力、政治的影響力を持っている」と自認している。しかし、この力だけで安全保障の目的が達成できるわけではない。テロとの戦いでは、アフガニスタンの拠点を攻撃し、組織への資金の流れを止め、活動家を逮捕訴追するために多くの国の協力が必要だった。その協力取り付けに成功したのは、各国がテロという共通の脅威を認識し、米国の呼びかけに答えたからだ。

 新戦略が目標として掲げた「世界の安全保障推進」を目指すにはこうした国際社会の協力は欠かせない。先制攻撃や小型核兵器を重視する新戦略が効果を発揮するためには、国際社会がそれをどう判断するかにもよる。その点、次に予想されるイラク攻撃はそれを占う最初の試金石になるだろう。

 現在のところ、ブッシュ政権は国連安保理の協力が得られない場合、単独でも軍事行動に出るとの強硬姿勢をとっている。これがイラクを揺さぶる脅しなのか、それとも本心なのかは不明だが、いかなる帝国もそれを構成する各民族が協調しなければ崩壊するという歴史の教訓を想起することも必要だ。


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